ここに持っておりますというのは、確かにそういうものがあるということを申し上げるつもりで申しました。
ここに持っておりますというのは、確かにそういうものがあるということを申し上げるつもりで申しました。
昭和四十九年度における日本輸出入銀行の業務状況につき、概要を御説明申し上げます。 まず、昭和四十九年度の貸付額は七千百八十億六千二百七十一万余円で、年度当初の事業計画における貸付予定額七千九百億円に比較すると、九%ばかり下回りました。 このように、貸付額が予定より減少いたしましたのは、国際的な景気の後退等の影響により、海外投資及び輸出に対する貸付が予定より少なかったこと等によるものであります。しかし、これを昭和四十八年度の貸付額六千百七十三億二千百六十八万余円に比較いたしますと、一六%程度の増加となっております。 以下、昭和四十九年度の貸付額の内訳につきまして、金融種類別に前年度との比較において申し述べます。 まず、
昭和四十九年度における日本輸出入銀行の業務状況につき概要を御説明申し上げます。 まず、昭和四十九年度の貸付額は、七千百八十億六千二百七十一万余円で、年度当初の事業計画における貸付予定額七千九百億円に比較すると、九%ばかり下回りました。 このように、貸付額が予定より減少いたしましたのは、国際的な景気の後退等の影響により海外投資及び輸出に対する貸し付けが予定より少なかったこと等によるものであります。しかし、これを昭和四十八年度の貸付額六千百七十三億二千百六十八万余円に比較いたしますと、二八%程度の増加となっております。 以下、昭和四十九年度の貸付額の内訳につきまして、金融種類別に前年度との比較において申し述べます。 まず
輸銀融資の全日空からの申し込みの日付、それからその申込金額、それから融資承諾をいたしました日付、それからこの承諾額、これは承諾限度額でございまして、この限度で貸すという形で承諾をいたしたものでございます。したがって、貸付実行に当たっては、実際の送金額によってこれを確認いたしまして、そうしてこの送金額に基づいて貸付実行を行う、こういう仕組みになっております。 貸し付けの実行は、四十八年度から四十九年度にわたって機体及び機材が引き渡されまして、そしてその引き渡しを確認をいたしまして、書類その他で確認をいたしまして、そしてその送金所要額に基づいて貸し付けを実行する、こういう形になっておりまして、この六機分につきましては、四十八年度から
機体だけでございませんで、機材、エンジンその他の機材が到着いたしますと、引き渡しに応じてその所要の送金額に基づいて貸し付けを実行いたしておりますので、実は機体は六機でございますが、貸付実行はそれより回数が多い、こういう形になっておりますために、ただいままとめて申し上げた次第でございます。
第二回の四機分につきましての貸し出しの実行額は、承諾いたしました貸付限度額と同額でございまして、すなわち百四億四千万円及び三千六百万ドル、こういうことでございます。
当時の見積額は一億四千万ドルでございます。
実際の全日空からの支払い総金額は約一億三千百万ドルでございます。約九百万ドル、当初のこの見積もりの一億四千万ドルより減額を生じております。
全日空とロッキード社の間の契約には、経済変動に伴う価格の調整項目、調整条項がございまして、いわゆるエスカレーションクローズというものでございます。その後の物価その他の変動を見て、これで調整をするわけでございまして、このような調整クローズは、相当な期間に製造する設備等の契約に、航空機以外にもあるものでございますが、それによって、その経済情勢の変動の想定の違いによりまして調整価格が約七百万ドル減少いたしております。 先ほど九百万ドルと申し上げましたが、そのうちの七百万ドルは、想定されたほど契約時と、そして引き渡し時の間に物価等が上昇しなかった、こういうことに基づきまして、価格調整の結果減額になったものでございます。 第二に、一部
最初の一億四千万ドルという価格の見積もりが行われましたのは、これは契約時、申し込みの以前の時点でございます。したがいまして、契約時から——先ほどおっしゃいましたように、最終の飛行機の機体が入りましたのが四十九年の六月二十五日でございます。したがいまして、この間は、一年以上の期間が契約時から見ますと、あるわけでございます。想定のもとにたりました時点から見ると、あるわけでございまして、この間がかなり物価等の変動の激しい時期であったというようなことから、想定された価格がそういう点を大きく見積もっておったわけでございますが、それほどの指数等の上昇がなかったということで調整されたものでありまして、この点はその当時の契約の内容、 エスカレーショ
エスカレーションクローズは申すまでもなく、その後の引き渡しまでに至る間の物価その他の変動というものを見て行うものでございますので、そのクローズがあるということは、その後の変動は、契約当時においては見込んでおらない、その点についてのその変動は、想定は立てますけれども、しかしその想定と食い違いというものは必ずあるということでエスカレーションクローズがあるわけでございます。したがいまして、その時期等において想定が著しく、相当大きく変わるという場合と、そうでない、それほど変わらないという場合があるのは当然でございますが、この時点におきましては、そういう意味の変動というものは非常に大きかったのではないか、私はそういうふうに考えております。
融資の実行に当たりましては、送金の所要額、それをあらゆる証票によって確かめまして、送金所要額に基づいて、その八割ということになりますが、これを融資実行いたしておるわけでございます。したがいまして輸銀が融資いたしました金額、これは確実に送金をされているというふうに、われわれは確信をいたしている次第でございます。したがいまして、ここで、私がいま申し上げました総計九百万ドルの減額がございますが、それ以外の値引きというものについては承知をいたしておりません。
値引きという言葉でございますが、先ほど申しましたように、もともとの契約にそういうクローズがあって、そうしてそういうエスカレーションクローズに基づいて価格を調整した結果というものが、先ほど申し上げた数字でございます。それ以外の値引きというものは全然ないと確信をいたしております。
第二次分につきまして、融資承諾額と貸し付けの実行額の間に差が生じなかったのは先ほど申し上げたとおりでございますが、これは当初の見積額が九千万ドルであったのに対しまして、実際の支払いにおきましては、先ほど申し上げましたような諸項目の間に、双方の増減の要因がございまして、その結果、融資の限度額と実際の支払い額が同額になった次第でございます。それ以外の値引というような点につきましては、これは第一次の六機と同様に全然ございません。
旧南ベトナムに対します貸し付けはございました。現在も残高がございます。五十一年の三月末で現在十二億七千万円の残高を持っております。で、これは昭和四十五年に政府交換公文に基づきましてジーゼル発電設備を対象とする借款を行いました。それに基づくものでございます。北ベトナムに対する貸し付けは、まだ具体的な話が参っておりませんので、まだそこまで至っておりません。統一後ももちろんございません。
北朝鮮に対しましては、従来通常の延べ払い輸出に対する金融、輸銀融資というものは行われておりまして、現在五十一年三月末で輸銀融資の貸付残高が十一億円という状態……
ええ、北朝鮮です。
北ベトナムではございません。北朝鮮でございます。 この前の五月の二十四日の本委員会におきまして、寺田先生からその北朝鮮の政府あるいは政府機関、あるいは北朝鮮の政府銀行、そういったところへ直接貸すことはできないかというような御質問がございましたが、これはまあ相手側からの要請もございませんし、また国交のないところに対してそういうものを認めた例は実はないわけでございます。その点は、国交がないということが一つの問題点であると思いますが、通常の、相手方に直接貸す場合でなくて、日本側の輸出業者に融資をする延べ払い輸出につきましては、政府の輸出承認等の手続がとられており、かつ所要の頭金の入金等が行われておるというようなものに対しては、これを行
あの記事を拝見いたしまして、覚えのないことではございましたが、なお私を含めます役員及び職員につきまして四十七年から調査をいたしておりまして、あの記事に該当するような事実は全くございません。
そういうことはいままでのところございません。