五分ばかり実は休憩させていただきたいのです。さつきから掛けておりまして息が切れて参りましたから……。
五分ばかり実は休憩させていただきたいのです。さつきから掛けておりまして息が切れて参りましたから……。
これまでの点間違いありません。一言言わしていただきたいのは、からだのことを心配してくださるのはたいへんありがとうございますけれども、今日は無理をして、ぜひともこの問題に対して、私の所信を述べたいと思つてやつて来ましたから、いい加減にアメリカの謀略工作の出先の方で、ぼくの問願を簡単に処理するというようなやり方でなしに、やはり私どもとしては、この問題は日本国民に対する帝国主義者の人権蹂躙であり、国権の問題であると思いますし、そのアメリカと対決することこそ問題であつて、その芝居に対決することは私としては意思ではないのです。従つてそこに見えておる人物は私はちつとも知りませんけれども、その人の支離滅裂なことに関しては、むろん皆さんが御関心のこ
ええ。
染めております。
別に事実としてつけ加えることはありません。
ええ。
会つておりません。
ありません。
これに関しましては、本事件の一番大切な点である米国の戦後における日本への謀略活動というものをお話しなければならないと思います。米国の謀略活動ということになつて来ますと、これはむろん昨今に始まつたことではないのです。しかし日本人は、そういう点については戦後しばらくの間、そういう意味で非常に純朴だつた。彼らのやり口というものは、東条の時代でさえもやらなかつたようなやり口をやつているということについて、日本人はこれまでそういうことに対してあまりに経験を持つていなかつたということのために、この事件の輪郭を明らかにするにはまずそのことから始めなければならぬ。しかしこれは、今になつてはもう大体世界的にもアメリカのやり口がはつきりして来ましたし、
ですから、そのことを明らかにすればそこから出て来ると思います。 その機関を見ましても、第一にはそれこそ過激な手段、それから経済的な謀略、たとえば今回の東独におけるああいつた食糧を輸送するといつたような手段で策略をめぐらす、それから一種の謀略宣伝、そうした三つの部門にわかれての陰謀が大きな規模でやられておるのです。その機関を通して米国は、――これは蒋介石の例をとれば一番典型的ですが、蒋介石政権内において、そこの特務機構と結んで大量の……。
今のところから続けて行けばそこに行きますから……。蒋介石機関内における戦後のそういつた布置のために、大量に外国人の養成をやつております。それから共産党なんかの脱落分子、裏切り者、それから各国人民内のそういつたいろいろな弱い分子、脱落して行つた売国的な者、そういつた者を買収し、脅迫し、そうしてそれを手段として今度は逆に、その国民とそういつた戦後に立ち上ることの予想される人民の運動というものを切り離す宣伝に使うとか、あるいはいろいろなそういう心理的効果をねらつた謀略をやるということが計画的にやられておつた。私は戦後の日本の状態を見まして、ソ連の引揚者というようなものの中から、ことに日本の当時の警察の状態を見ますと、警察にしろ、政府にしろ
それはこれまでの多くの証人たちによつて明らかにされておると思いますが、私はずつと自由を拘束せられて一室に閉じ込められておつた。しかもそれは武装した番人によつて包囲されておつた、外界との関係は完全に遮断されておつたという事実だけではつきりしておると思います。
私はこの人物と別に問答をする必要はないと思います。この人物がさつきから他愛もないことを言つておる、そのことに関して若干の事実を申し上げておきましよう。第一に私に会つたときの服装からしてこういうことを言つています。第一回目に会つたというときの服装、八月三十日に私は開襟シヤツを着てズボンをはいてやつて来たと言つているのですが、それによりますと、大体私は夏の間こういうズボンをはいて歩いたことがないのです。ズボンそのものを持つていないのです。私はいつも半ズボンでぶらぶらしている、そういうことも事実と相違する点です。それから会つたときに何だか――それからこのことは前もつてお断りしておきますが、この人は次次にしばらくの間に……。一番最初には、私
お答えいたします。その点に関しては、私は確かに過去において警察のある種の取調べの態度に対しては、拒否の態度をとつて来た。そして最近までは、しばらくの間は安静に療養するために非人道的な追究は回避して時を待つたのです。そのことは当時の状況をお話すればよくわかると思います。これはさつきの問題とも関連して来ますが、大体私は非常に重い病気で、そしてまだ一日に十五分――これは私が無理に医者からせびりとつたのですが、その程度の散歩でもちよつと無理なのです。さつき私が東京くんだりでたびたびかけまわつて行動しているようなことを言いましたが、これはお医者さんに聞いてみてくだされば、そんなばかなことができるかどうかすぐわかる。それはもちろんたまに一回くら
あとは簡単に申します。
私並びに国民の権利を守つてくださるという国会の努力に対しては感謝しております。あなたのその善意もぼくは感謝しております。従つて私は国会のこの問題の取り上げ方を非常に尊重しておるのです。従つて私はさつきの言葉を続けなければならぬのです。問題の焦点に触れようとしているときにあなたはおはずしになつたようであります。
質問にはその中で答えます。国会がこの問題を取上げてくれておるときに、その結論が出る前に、そつちへ焦点を移して広汎に宣伝をしようとするような意図が、非常に明白に見えておる。ですから私は、当時国会がこの問題を取上げ、結論を出してくださることを待つておつたわけです。ところが国会がその問題について一時休止しているすきに、焦点をはずした形でのいわゆるスパイ宣伝、それでもつて警察が私のところへやつて来る。それで私は、別に警察の調べや何かを恐れたり拒否したりする理由はありはしないのですが、ただそういう謀略的なやり方には反対するのです。そして病気は重態であつた。その重態である病人に対して、むりやりに得体の知れない医者を差向けたり、それからまたそうい
私は法律家ではないから専門的なことはわかりませんが、どうも田嶋さんのおつしやることは見当はずれのように思われます。たといどういう嫌疑をかけられておるにしろ、日本の国民が、外国の占領当局に国権を蹂躙されておる、そしてそれが戦後におけるる日本の一つの重大問題であるということがわかつておる場合に、それを人にけちをつけるという方法でもつてそういう問題をはぐらかすということは私は許すことができないことである。むしろ疑惑そのものはそれ自体として別の問題です。人権蹂躙の問題は、たといその問題をだれがどうでつち上げに成功するとしても、人権蹂躪の問題は取消すことのできない問題だし、これは国民全般の問題です。
私は、こういう汚名に対しては私の正義を守つて闘うということはありましたが、自分がスパイだのにそれを押し隠さなければならぬというふうなたわけたことを言うわけはありません。
いつぼくがどこえ行つたときの服装ですか。