いや、ああなつたら私は、つまり東京へ置いてはその機密を守つて行くことが非常にむずかしいから、向うへ置いておいて、そうしてこれは証拠隠滅をはからなければならぬとなれば殺すだろうし、それとも山田君の言つていることが大した証拠もなければ、まだ何とか野心をつなごうというようなところもあつたかと思う。この処置を決定する期間を向うへ持つて行つたのだ、私はそう解釈しております。
いや、ああなつたら私は、つまり東京へ置いてはその機密を守つて行くことが非常にむずかしいから、向うへ置いておいて、そうしてこれは証拠隠滅をはからなければならぬとなれば殺すだろうし、それとも山田君の言つていることが大した証拠もなければ、まだ何とか野心をつなごうというようなところもあつたかと思う。この処置を決定する期間を向うへ持つて行つたのだ、私はそう解釈しております。
それは山田君の持ち出した私の書いた手紙というものが、これは動かしがたいものとして社会に明らかにされてしまつたからであります。
秘密を守つてくれと言うて私を帰したのです。
私はかつて共産党に属しておつたことはあります。ですが、最近また入党したということは、どうも共産党に入党したのだから逮捕してもいいというような宣伝ではなかろうか、こう想像しております。党には入りておりません。
治安維持法事件そのものです。
当時私が調べられるときに、一応そのことに関して手記を出したことがあります。そのことは私の恥すべき過去です。
私は手記は書きましたが、共産党に反対したり、それを批判したり、寝返つておいて何か悪態をつれというようなことはやつたことはありません。
それがこの事件とどういう関係があるのでしようか。 〔「証人は疲れておるんだから、もつと本体を聞けよ。」と呼ぶ者あり〕
恥ずべきということは、当時仕事をしておつた自分として、あの困難な時代に遂に強く自分の信念を守り通せなかつた、そのことを恥ずべきと言つたのであつて、共産党に対して何か悪いことをした、いわゆる今日CIDやそのほかの手先になつて働いている人たちのようなことをやつた、そういう意味ではありません。ですから私はその後のことを見ていただけばいいのです。私は自分のそういう過去の弱さというようなものを取返すためには、一生懸命にやつて来たつもりです。
最初はよくわかりませんでしたが、しかしあとから筋道を追つて考えてみますと、ずうつと系統的にねらいをつけておつたということは言えるように思います。それはしかし私がかつて共産党から落ちたということでねらいをつけたというのではなくて、かえつて将来の平和陣営の中においてある種の役を買わせ得る、何とかしてそれを買い取りたいという反戦同盟の活動、これに目をつけたことが原因だと思います。
それは計画的につかまえたという印象であります。
最初に言われた時間の順序からしてお話が少し違うように思います。自殺の前に、私は山田に何もやつたこともありませんし、品をきいたこともありません。山田は、私がもう自分一人がきれいに死ぬということで片づけるよりしかたがない、そう思つて私のやつた行為で彼も感動したということから近づきになつて行つたのです。そのとき最初に手紙を出したのを山田に頼むようになつたのも、山田という人をぼくはどれほど信用が置けるかということをかなり長く注意し、話をし、いろいろなことを教育もしたわけです。そうしていよいよどうもあすこから別のところへ持つて行かれそうだというときに、もうおれの運命はこれでおしまいだ。何者かにはかられているということを言つてやつたのです。はか
どうもそういう御質問が何のために出るのか私了解しかねるのですが、私は別に自由主義陣営を敵にするとか、共産主義者だけを味方にするとか、そういうばかな問題の立て方が今日の日本に一般に行われているのかどうか、それを私は知らないのです。私としては日本の独立、平和という点から、国内について見ましても、国民のあらゆる人々が団結しなければならない。国民は共同防衛を持たなければならぬということを考えております。従つて私が敵というのは、それに敵対する関係にある一部の人をさすのです。権力をさすのです。国際的にも同様に解釈していただければけつこうです。
よく聞きとれませんでしたので、もう一ぺん話してください。
そうです。
たいてい十二、三分くらい。それから疲れがないときにはまた藤沢の方へ向つて行つて、そして疲れれば電車に乗つてそのまま帰るというやり方をしております。
片道半くらいたいてい歩いておりました。
やはりいつもと同じ程度だと思いますが、記憶しておりません。
一キロ足らずだと思います。
あの辺の駅と駅の間隔は数百メートルですから、非常に近いのです。