移設についての地元の意見も検討していき得るということで今おっしゃっております。これは移設する、アメリカさんがつくった施設ですから撤去してどこかに移設する、そういう意味だと思うのです。それを検討し得るということは、そうおっしゃったのですから、いろいろ予算も伴いますね。お金も必要でしょう。これは防衛施設庁がやるのですか、どちらがやりますか。
移設についての地元の意見も検討していき得るということで今おっしゃっております。これは移設する、アメリカさんがつくった施設ですから撤去してどこかに移設する、そういう意味だと思うのです。それを検討し得るということは、そうおっしゃったのですから、いろいろ予算も伴いますね。お金も必要でしょう。これは防衛施設庁がやるのですか、どちらがやりますか。
防衛庁長官、昨年の十一月に我が党の石田委員長が沖縄に行かれまして視察しました。私も同行しました。その結果、今、都市型訓練施設として、向こうさんも丁寧に説明しましたが、これは非常に不適当であるという判断のもとに、すぐその足でアメリカの海兵隊の司令官のところに行きまして、沖縄というこんなに小さなところで代替地を求めて移設だ何だ、これはできません、基地をかえるなんということは不可能だ、こういうことを話しましたら、アメリカさんは、向こうの司令官は、いや代替地なしでも返すことも自分らは検討しているという話もあったわけです。 それで、今のお話なんですけれども、これは基地の中、アメリカの都市型訓練施設ですから、それを移設、これは運用上の問題と
一事が万事そういう無神経な、とにかく復帰の日をわざわざ選んでやってみたり、水が断水している、そこにヘリコプターから来てやってみたり、またそれを容認する施設庁、防衛庁、政府、これは本当に同責任だと思うのです。だから、さっき申し上げました、長官もおっしゃいましたが、いわゆる県民の非常に危険であるという数字にあらわれてくる、このように思うわけであります。 そこで、次に、これも沖縄が返還されて、昭和四十七年五月十五日ですから、その翌年、四十八年――沖縄が返還されるときに佐藤・ニクソン共同声明がありました。基本的な沖縄返還の方針は、日米合意した共同声明のいわゆる核抜き本土並み、沖縄は返還される、基地の態様については本土並み、そういうことに
それでは施設庁長官に重ねてお伺いしますが、今日米間で協議、交渉といいますか、二十三カ所を実質対象にしている。本来ならば、二十年近くも来たのだから二十三カ所みんな返してもらいたい、こう我々は望むのです。しかし、これまでずっと新聞とか皆さんの国会での答弁等じっと見ていますと、一挙に二十三カ所返還はこれはちょっとどうかなという感じもします。大体考えられることは、すぐ返せるというようなもの、あるいは移転先が見つかってからでないと中期的に無理だというもの、あるいはここ当分無理だなというもの。二十三カ所のうち、すぐあるいは移転先あるいはしばらく無理だな、こう大体三つぐらいに分けられるのかなと思いますが、いかがですか。
それは個別に今ここで発表はもちろんされないし、外務省もやっていないのに我々できるわけないという論理なのでしょう。 そこで、これは防衛庁長官にお伺いしたいのですが、今交渉しているのは日米合同委員会、その下のまた下部機関がありまして、その下部機関でお互いに実務者同士盛んにやっているわけです。アメリカさんの方は、これは次の司令官にかわったときにやってくれ、自分の代にこんなことをやられたら自分は非常にまずいというような論理なのです。だから、そういう次元で物事をやっていますと余り期待できるような返還は私は無理じゃないかという感じもするのです。それで、やはりこの辺で、日米合同委員会があります。キャップはどなたか知りません。チェイニー国防長官
確かにいろいろな問題点があることは当然考えられますが、今申し上げているのは沖縄が返還されて日米安保協で十四、十五、十六で合意されたものですら今もって解決しない、これは一つですね。これは国会決議とか佐藤・ニクソン会談とかそういう方針に基づいて作業を進めてきて、これが一向に解決しない。さらに今度はチェイニーさんもアメリカの議会で報告しましたように、今後三年間で一〇%から一五%削減しようという新しい状況もある。これは全然手つかずですね。そういうことでせっかく決められたものですら進まないということについていら立つとともに、一体何を政府はやっているのかという感じを持つわけです。 それで今度は松本長官にお伺いしますが、移設を条件に合意したと
別に代替地はどこにしなくちゃならぬということはないということでありますが、県内だろうが県外だろうがこれは指定できるわけないです。ただ一つ申し上げたいのは、例えば那覇軍港です、那覇港湾施設、これは非常に前から、ここの半分、全部米軍が使っています。この那覇軍港は今ほとんど使われていないですね。これはチェイニーさんがこの前来たときにずっとヘリで回ったときに、アメリカさんの兵隊さんをわざわざトラックでそこにたくさん持ってきて、いかにも使っているのだぞと見せるためにやった。帰ったらさっともういなくなった。それくらいで、とにかく行かれたらよくわかりますが、少なくとも三分の二常時あいています。これを移設する、だれも受け入れません。米軍の軍港が来る
ちょっと私はそれに反論したいのです。御存じのとおり在日米軍基地の占用しているのは七五%ですよ、沖縄県に集中しています。七五%というのは本土の三倍ですよね、一県に集中しているわけですから。しかも沖縄返還のときに佐藤・ニクソン会談でも核抜き本土並み、核抜きは当然として、そういうものがあっていろいろやっているにもかかわらず、実質的には、現実的には沖縄で代替地を見つける以外にないのだという論法ならいつまでたっても沖縄の基地返還というのは無理だと思うのです。これは私、申し上げておきます。 そこで一つ、これは防衛庁長官にお伺いしたいのですが、いずれにしても早晩大詰めに来て返還される、そういうムードですが、返ってきた基地、これは防衛庁が使うと
基地の整理縮小、整理統合縮小ですか、返還、これは何せ沖縄は防衛庁長官も御存じのとおりやたらと多い。それはトラブルのもとですから、そこを、返ってきた、はい待ってましたとばかりに、待ってましたかどうかはわかりませんが、自衛隊が今度は使うとなりますと、これは何のために返還要求もしてやっているのか問題ですから、こういうことがないように、長官、ひとつ後々のためにも一言おっしゃってください。
前提ということで、ちょっと危惧が残ります。 あと四分くらいしかありませんので、一つこれだけちょっと確認しておきます。今私が米軍基地の返還返還と盛んに申し上げています。返ってくると今度は地主さん、いわゆる地権者、これが返ってくると困るんだ、我々の生活どうしてくれるかという論理が働きまして、その辺がまた難しいところなのです。それはアメリカさんは、いやもういいですよ、これは返します、それで終わりです。ここは使ったのだからコンクリートもあれば何かいろいろある。それはしばらくの間、防衛施設庁がちゃんと借りて提供したのですから、引き取った防衛施設庁は、そのままほったらかすわけにいかぬ。多少原状回復するような形にはなっていますが、これとてもず
この問題はまたいろいろ論議したいと思います。 時間がありません。最後に一点。これは二月十七日だったと思いますが、沖縄県で自衛隊さんが災害救助のために宮古島へ行って救助しようとしたら、その寸前に墜落して、自衛隊の三名、医者も入れて四名亡くなったのです。だから、救助のための自衛隊機というのはそんなにもろいものなのかと我々素人考えで思うのですが、その事実関係、その原因はどういうことでこうなったのか、それをお伺いして質問を終わります。
質問を終わります。
沖縄開発庁長官にお伺いいたしますが、今月、沖縄県の方で沖縄振興開発計画、一一次振計についての総点検報告書というのを発表しているのですが、これはいろいろな研究課題、そういうものを網羅しまして相当分厚い報告書なのですが、長官もごらんになったと思いますけれども、いかがでしょうか、お伺いいたします。
局長、ごらんになりましたか。
では、今沖縄開発庁が総点検している進捗状況と申しますか、それはどういうふうになっておりますか。
沖縄の第三次振興開発計画、いろいろ準備しておられますけれども、今非常に沖縄で関心の高まっている問題は、大臣もおわかりのように米軍基地の返還問題ですね。いわゆる米軍基地が返還される、返還されてその跡地をどう利用するか、また地主、いわゆる地権者に対する地料とかそういうもののいわゆる補償体制は大丈夫なのか、あるいはまた基地が返還されますと、そこに働いている日本人従業員、いわゆる基地の雇用員の削減もそれ相応にあるいは並行して出てくる可能性もあるわけですが、その辺の雇用問題というようなさまざまな問題があるわけです。 ですから、返還された土地の跡利用、沖縄振興開発上どう位置づけて今後三次振計の中に織り込むことが――さまざまな問題が出てくるわ
土地の返還された跡地の利用については、当然県なり市町村なりが、地域の問題ですから独自に意見も聞きながら作成する、これは当然だと思うのですが、それはそのとおりで結構なんです。問題は、返還される段階で地権者、いわゆる地主、例えば普天間飛行場ですね、あれは地主が約二千名ぐらい、それで年間地料が約三十一億、こういう地料の問題。例えば普天間飛行場に例をとりますと、宜野湾市が今長官がおっしゃるように、利用計画をつくる。もし仮に、普天間飛行場がいつの時点で返還されるかわかりませんが、しかし、今の空気からすると、もう春の終わり、夏の初めとかという話もありますし、あるいはそのとおり返ってくるのかどうかまだ定かではありませんけれども、いずれにしても、跡
いや、そこなんですよ。ある意味では、沖縄開発庁は非常にずるいと申しますか、とにかく米軍基地は地位協定によって政府が提供します。それで、もう要らないから返還される。返還の時点において、米軍は復元補償も何もする必要はない、条約上そうなっていますね。そうすると、その土地をいわゆる地権者から借りて米軍に提供したのは防衛施設庁ですよね。だから、その復元補償とか、まさか飛行場をコンクリートのまま返されたってどうしようもないのですから、これはもちろん防衛施設庁がやる、それも本当にそういう責任、ちゃんと制度上の補償があるのかどうか、それが一つありますね。 今度は沖縄開発庁、沖縄振興開発を担当していらっしゃるわけですから、今おっしゃる跡地の利用と
役所の役割もよくわかりますけれども、今までのお話を伺っていますと、利用計画はちゃんと地元で考えてください、そのとき何か相談があればこちらも助言はしますという程度じゃ、この問題は済まないのですよね。御存じのとおり、今、世界的には冷戦終えん体制ということで、沖縄の基地についても、チェイニー国防長官も議会に対して、沖縄を中心にして五、六千名を削減する、基地も返還するというような話が出てきていますから、早急にやはり政府として、開発庁としての方針を決めていただかないと、この地主あるいは軍雇用員、みんな不安がっているわけですね。これは、よかれあしかれ基地経済というものも沖縄には現実にあるわけですから、そこで沖縄県も苦慮しているわけです。 そ
いや、それは先ほどから伺っていてわかりますが、この際、沖縄開発庁がこれをきちっと制度化して、あるいは立法措置が必要なのかも含めてきちっとしたものをつくっていただく、これは早急にやっていただかないと混乱するばかりだと思うのですね。 そこで、お聞きになっていただきたいのですが、そういうこともありまして、沖縄県の方では、沖縄振興開発特別措置法、沖振法の中に、軍用地跡地利用促進のための特別措置という制度を一章設ける、いわゆる沖振法改正といいますか、追加一章、そういう特別措置の制度を入れるべきである。 その内容は、一つは、軍用地の返還計画、いわゆる整理縮小、二番目は、軍用地の返還方法の特例に関する条項、三番目は、軍用地跡利用計画の策定