いま余暇というのを聞いたのは、発想の転換をしたら一体どうなるかという例のために聞いたわけです。 私は、去年の七月以後、古代ギリシアを、いままた古代ローマをやっておるわけです。古代ギリシアをやっておりますと、いまから約二千四、五百年前に、これはけんらん豪華な文化をつくっておるわけです。で、そのときにギリシア人は、余暇というものを非常に大切にしておるのです。なぜ余暇というのを大切にしておるかということを私も勉強さしてもらったのですが、余暇という時間には、心を学び、からだを鍛えた、いわゆるアウトドア・スポーツだとか、それからいま言う信仰だとか、いろいろなことをやったわけですね。働くといういわゆる経済行為は、どっちかというと従なる目的—
