昨年の夏、田中総理がアメリカへ行かれてニクソン大統領と会われることになりました。その出かけられる前に宮内庁のほうと一応御連絡、お打ち合わせがありまして、その結果、その共同声明にありますような表現になっておる次第でございます。
昨年の夏、田中総理がアメリカへ行かれてニクソン大統領と会われることになりました。その出かけられる前に宮内庁のほうと一応御連絡、お打ち合わせがありまして、その結果、その共同声明にありますような表現になっておる次第でございます。
大平外務大臣が御訪米のことに関して白紙というような表現がおありだったようでありますが、これにつきましては、要するに昨年の夏の共同声明にありますような線で、お互いに日本もアメリカも、それから日本国内の内閣側も宮内庁側も了解をしているわけであります、が、しかし、そこにありますように、近い将来双方の都合のいい時期に訪米をすることを希望するというような表現があるわけであります。近い将来というのはいつかということもわかっておりませんし、双方の都合のいい時期というようなのも、まだいつにするかというような具体的な話は全然出ておりません。したがって、外務大臣は、その問題についてまだ具体的な話が出ていないから、そこで白紙というふうに表現されたのではな
近い将来というのは、時間的に言いますと、ほんとうに言いますと、ずっとこれから先、ある程度の遠くない近い時期というので、たとえば何年とか確定するのはむずかしいというのが普通の解釈のようでございます。常識でまあ判断をするということだと思います。 それから双方の都合のいい時期というのは、双方の大統領、それから天皇陛下の個人的にからだのあいておられるということの御都合のほかに、両国の国内のいろんな情勢なども都合がいいというようなことも含まれるというふうに考えられております。
私は、先ほど小坂総務長官がお話しになりましたと全然同じ意見を持っておるものであります。で、いま先生がお読み上げになりました衆議院での私の答弁の要旨でありますが、外国がどういうふうに見ているかというようなことからその話が出てきておりまして、そこであるいはその点数の悪い点が出ているのかと思いますが、外国人には何かわかりにくいものですから、そういうようなふうな見方をしているということを申し上げたのだと思います。しかし、これは日本の憲法において、天皇は象徴であられるということをはっきり書いてあります。主権の存する国民の総意に基づくものであって、国政に関する権能を有されないというような点も十分承知をいたしまして仕事を進めておるつもりでございま
天皇陛下が御訪米になるというような問題について、どういうふうに決定するかという手続上のことでございますが、これはいわゆる天皇陛下が象徴としてのお立場で公にアメリカを御訪問になるということでありまするので、この皇室に関する国家事務を扱うわれわれとしては、公的なこととしていろいろ検討をいたします。その上部機関に内閣がございますから、内閣のほうでもそういう点はいろいろ研究をされるということであります。 なお、一方、天皇陛下の御意思の関係でありますが、これは実際上おもむかれますのは天皇陛下でありますから、御意思を無視するということは、これはこういう事柄の性質上よろしくないことでありますから、そういう点も勘案いたしまするが、しかし、そうい
いろいろ御貴重な御意見を拝聴して感謝いたしておりますが、外国の皇帝、国王と日本の天皇は非常に違っておられる点も十分承知していないといかぬと思っております。タイの国王のことについてはいろいろお話がありました、またエチオピアの皇帝のことについてもお話がありましたが、やはりそういう方は主権を持っておられる方でありまして、そういう点は、日本の天皇のように象徴であられて、国政に関する権能を有されないというのとは、だいぶ違っておられますので、そういう点は違いを十分承知しながら、しかし人間的な点、そういう点で参考になる点はわれわれとしてもその点を十分参考にして、いまおっしゃいましたように、お若い方について人間的にりっぱに伸びていかれるように考える
まあ、石原さんがどういうような資料でそういうふうにお書きになっているか、ちょっと存じませんのですけれども、想像しますと、天皇陛下が終戦後、昭和二十年の秋、連合軍司令部のマッカーサー元帥を御訪問になっております。その際に、この戦争に関して自分は、責任を十分とっていいと、自分の身はどうなってもよろしいというようなことをおっしゃったというのが出ております。これは、幣原さんがマッカーサー元帥をその後訪問された際にマッカーサーから聞いたということで、雑誌なんかに紹介されておる記事があります。それを私が存じでおります。そういうようなことを、あるいは石原さんは、もとにしてそういうふうに書かれたんじゃないかと思いますが、しかし、新しい憲法ができます
七方でございます。
この内廷費は、先ほどもお尋ねがあって申し上げましたように、天皇、皇后両陛下、それから皇太子、同妃両殿下、それから浩宮さま、礼宮さま、紀宮さまと、七方の私的な面の日常の諸経費ということになるわけであります。それで、皇太子殿下のほうの御一家の分もその中に一緒に含まれておりまするが、しかし御生活は東宮御所と、別途のところで御生活になっておりまして、その内廷費のうちでお内輪的に予算を立てる際に、皇太子殿下のほうの必要なのはこれぐらいという大体の計算はいたしておりまして、いわゆる部屋住み的になっておられる生活をなさっているというようなことではないのでございます。
歴史家に調査をしてもらいましたところ、現職の天皇、皇后両陛下のようなお立場におられて金婚式を迎えられた方は、日本の皇室の歴史にはないわけであります。
小野田さんが無事にお帰りになることは心からうれしく思っております。 いまの天皇陛下との拝謁の関係でございますけれども、これは戦争犠牲者の方いろいろな方があられまして、いままでその方々に個人的に、個々にお会いになりましたという前例は全然ございませんのです。遺族の方の府県代表とかいうので、ある程度団体でお会いになっていることはございます。そのこと、それから今度、小野田さんがお帰りになる際に、静かにお迎えしたいというようなお気持ちもありますし、全然前例のないようなことはやらないでお迎えをされるほうがいいのじゃないかというふうに、事務を扱っておるわれわれとしては考えておる次第でございます。 なお、陛下の拝謁のことにつきましては、昨年
いまお尋ねの仁徳天皇御陵の関係でありますが、特に外堀の浄化のことについてでございまするが、この仁徳天皇御陵のお堀につきましては、そこへ従来から農業用水が入っておりまして、そこへたまって、またそれが外へ出てかんがい用水にもなるというような作用を以前はいたしておりましたのですが、その周辺が非常に開発されて住宅がたくさんできまして、一方農業のほうはほとんどあの付近はなくなってきております。したがって、この農業用水の流れていたところへ住宅なんかからの下水が流れ込んで、それがこの御陵のお堀に入ってくるというようなふうに最近変化をしてきました。そのためにお堀の水がきたなくなってきたわけでありますが、これに対しましては、御陵としては被害者の立場で
この外堀の関係について、先ほど、周辺の下水道の関係がよくなりますと、入ってくるきたない水がなくなって、きれいな水だけ入ってくるようになりますれば、外堀の水はきれいになるということを申し上げたわけでありますが、なおそこのしゅんせつの関係、つまりこのたまっておるどろをしゅんせつするというような関係、これは全般の御陵についてそれぞれやっておりますけれども、仁徳天皇御陵については、なお一そう実情を調査いたしまして、そういうことをできるだけ早くやるように努力したいと思いますが、事情をひとつ調べまして、一そうひとつ努力したいと思っています。
御陵の整備、特に付近の緑化計画とマッチするようにという点は、従来も努力しておったつもりですけれども、今後も一そう努力したいと思いますが、ただ御陵でありますので、御陵そのものを公園にして、お堀にボートを浮かべるというようなことは、やはり御陵の性質上どうかと思いますし、特に、世界的な一つの有名な御陵でございますので、御陵としての昔からの姿はやはりそのまま残していく、一方文化財的な意味もございますから、そういう点はあまり変更しないほうがいいというふうに考えているのでございまするけれども、しかし、根本の点でそういうことを腹に含みながら、付近の緑化計画とマッチするように、なお市民の方があそこでいまも散歩をよくしておられるようではございまするけ
先ほども申し上げましたように、御陵の性格として、御陵としての尊厳を保持するという点もございまするし、一面また文化財としての十分保存ということも考えるという、そういう線に沿って、できる範囲のことがあれば、それをやるというふうなことを研究してみたいと思いますので、そのあたりの基本の点は、ひとつ御了承をいただきたいと思います。
この御陵の北側の道路の問題、何年か前にそういうことがございまして、その際、この御陵のいわゆる兆域地を削るということは、やはりこれはもとの姿をこわすことになるものですから、そうでないようにということを申し上げて、たしか少し迂回をした道をつくられたことを聞いたことがございます。いま先生のおっしゃいますのは、その道とは違うのかもしれませんけれども、御陵の姿はこわさないでおかないといけないと思いますので、ほかのいろんな重要文化財についても、文化庁あたりでいろいろ御指導になっておって、これに似たような例も聞いておりますが、そういう場合、道路をちょっと曲げてつけてもらうということがよくあるようですが、仁徳天皇御陵についてもそういう一般の法則と違
昭和四十九年度における皇室費の歳出予算について、その概要を説明いたします。 皇室費の昭和四十九年度における歳出予算要求額は、二十億一千四百十八万一千円でありまして、これを前年度予算額二十一億七千百四十二万六千円に比較いたしますと、一億五千七百二十四万五千円の減少となっております。 皇室費の歳出予算に計上いたしましたものは、内廷に必要な経費、宮廷に必要な経費及び皇族に必要な経費であります。 以下、予定経費要求書の順に従って、事項別に申し述べますと、内廷に必要な経費一億三千四百万円、宮廷に必要な経費十八億七十二万四千円、皇族に必要な経費七千九百四十五万七千円であります。 次に、その概要を説明いたします。 内廷に必要な
この減りました理由は、主として皇室用財産維持管理費の中の施設、営繕の経費が減っておるのであります。それは、この物価対策として、総需要抑制の線に沿って、財政政策上できるだけ節約をするというようなことで、そういう関係上、営繕で新しくやるというようなものを差し控えたということによるのがおもであります。
まことに御理解深い御所見を承りまして感謝いたしますが、この予算の編成にあたりましては、先ほどもちょっと申しました、総需要抑制というようなそういう線もあり、そういう点も含みながら組んだわけでありまして、その招宴費なり交際費の増額の金額が少ないという点もございますが、これはいろいろの点をくふうをいたしまして、従来のいろいろの料理の内容を落としたりするようなことのないようにして、いわゆる先生がおっしゃいました、みみっちいことのないように、われわれ大いに努力いたしたいと思っておりますので、先生の御意見の意を体して、十分努力いたしたいと思います。
英国の王室の経費の立て方が、わが国の経費の立て方と非常に違っておるものでございますので、きちっとした比較がなかなかむずかしいのでございますが、英国の一九七二年の王室費というものを見ますと、これは九十八万ポンド、日本の金で六億八十万でありますが、これの中には、いまお話の招宴費ですとか、その他いろいろ宮中での経費、それになお宮廷の側近奉仕の人の俸給も入っております。宮内庁関係ですと、それは宮内庁費のほうにいっておるというようなことで、ちょっと違っておる点があります。 そういうことでございますが、なお英国の王室の関係を調べますと、いま申しましたような、そういう王室費の中に含まれる以外の公的な活動の経費として、国内、国外の公的旅行費をは