今御指摘のSSK構内の通行権問題等にかかわるお尋ねでございますが、これらの問題につきまして、米側の使用実態を詳細に把握した上で、SSKの要請と米側の使用実態を勘案いたしまして、円満な解決が図られるよう引き続き努力をしてまいりたい、こう考えております。 以上でお答えとさせていただきます。
今御指摘のSSK構内の通行権問題等にかかわるお尋ねでございますが、これらの問題につきまして、米側の使用実態を詳細に把握した上で、SSKの要請と米側の使用実態を勘案いたしまして、円満な解決が図られるよう引き続き努力をしてまいりたい、こう考えております。 以上でお答えとさせていただきます。
伊藤委員にお答えをいたしますが、この使用期限の問題につきましては、私は、稲嶺知事並びに名護市長におかれては、多年にわたる沖縄の御苦労、県民の御苦労、そしてまた米軍施設が県土の中で多くを占めておるその実態に触れまして、このたびの御決断は大変大きな決断であった、苦渋の決断であったろう、こう察するものでございます。そういう中で、私は、県民の声というものを踏まえながら知事、市長はこの使用期限の問題について申し述べられた、こういうことであろうと思いますし、それが今後どういう形で移転建設が行われるか、その後どのくらい時間がかかるか、そしてまた、十五年という問題はこれからいろいろ相談し合っていかなきゃならぬ問題を内包しておると思っております。
文書をそのまま読ませていただきますと、これは知事からの「普天間飛行場の移設候補地の選定について」、その「記」の部分でございますが、「米軍による施設の使用については、十五年の期限を設けることが、基地の整理・縮小を求める県民感情からして必要であること。」ということで、使用期間十五年について知事がその意向を申し述べておるわけでございます。 そういったことを踏まえまして、私どもは政府全体としてこれを重く受けとめてまいるということが、十二月二十八日の閣議におきまして、これは政府全体で取り組んでいく課題だということで、それらを踏まえておるわけでございます。
それらについては、知事及び現地との話し合いでありますとか、あるいは米軍との話し合いでありますとか、それらを踏まえて考慮し検討していかなきゃならぬ問題でございますから、今どのぐらいかかるということにつきましての御返事は申し上げがたき問題であります。
これらにつきましては、工法も含めてこれから話し合いをするということにいたしておりますので、まだそれらを踏まえてどのくらいかかるという方針決定には至らないわけでございますから、今それらについてお答えする段階ではないということをお答えとしておるわけであります。
委員も御案内のとおり、沖縄は戦後大変御苦労の多い歴史でございました。また、第二次世界大戦におきましても、多くの沖縄の方々はその戦火そのものを受けたわけでございますし、悲惨でもございました。戦争でございますから、それは東京にしろ大阪にしろ受忍の時代があったと言いながら、沖縄の方々にとってみれば、耐えがたき苦痛を味わいながら二十七年間を経、さらに二十七年間を経て今日に至っておるわけでございまして、知事のお考えや市長の思い、県民の思いというものは、私どもはひとしく重く受けとめながら考えてまいらなければならぬという問題があります。 一方におきまして、国の安全、また日本が果たすべき役割というものも国家として取り組んでいかなければなりません
これは政府全体として重く受けとめて、これから総理を中心にし、また官房長官がその行事を進めながら、我々も加わって、これらの問題につきましての方向づけをしていかなければならぬわけでございますから、まだ軽々に私どもの立場で政府の立場はこうだ、方針はこうだと言うべき課題ではないわけでございます。
これは伊藤委員にたびたび申し上げて、重く受けとめるという意味は、先ほどよく述べさせていただきました。私からも、河野外務大臣も、それらにつきまして重く受けとめるゆえんといいますか、そこを申し伝えました。 それから、政府がこれからどう取り組んでいくかという課題になりますと、政府と沖縄がまだこれから諸々の問題につきまして整理しなければならぬ問題があります。これらを踏まえて、沖縄のSACOの方向ができましたり、また移設の問題が具体化されていくわけでございますから、それらを踏まえていきますと、先般訪米の折は、知事や市長の御意思を踏まえながら、十二月二十八日の閣議でこういうことでございますということは、私は長官として、カウンターパートであり
委員も安全保障の問題に多年おかかわりの方でございますから、私はこれらのことにつきましては理解が得られると思うわけでございますが、沖縄の今日までの御苦労や、また置かれた状況、我々がこの苦難を何とか軽減しなければならないということで、SACOが幾つかの課題を持って出発をいたしました。 また一方におきましては、ある面では、アジアの安定というものは、日米安保体制を持ちながら、まだやはり困難な問題がアジアにはあるわけでございますから、そういった観点で考えますと、日米安保体制の価値というものはこれから一層重要になってくる課題もあります。 それやこれやを踏まえますと、私は、米軍のこれらの問題に対する考え方も整理をしていかなきゃならぬ問題が
使用期限問題につきまして、「政府としては、代替施設の使用期限については、国際情勢もあり厳しい問題があるとの認識を有しているが、沖縄県知事及び名護市長から要請がなされたことを重く受け止め、これを米国政府との話し合いの中で取り上げるとともに、国際情勢の変化に対応して、本代替施設を含め、在沖縄米軍の兵力構成等の軍事態勢につき、米国政府と協議していくこととする。」ということを、昨年暮れの閣議におきまして、政府方針を決定したわけでございます。 この線に沿って、その趣旨を訪米の際伝え、そしてまたこれからの課題につきましては、なお若干時間を要しますが、政府全体でこれらを重く受けとめて取り組んでいこう、こういう方針の中に現在ありますことをお伝え
国際情勢の変化につきましては、ある一つの事象のみならず広く見なければならない問題でございますから、それらをどう分析をし踏まえながら、これからアジアの安定というものを築いていくかということは、これは大切な問題でございますので、一つの問題だけ、委員が御指摘のように、この問題が解決したからこれでいいというようなことじゃなくて、いろいろな事象が起こることをよく、政治でございますから、見きわめていかなければならぬ、今一点で解決ができるというほど単純ではないということを改めて申し上げます。
私は、質問者のような立場でお答えするわけにはいきませんし、ある一定の地域を指して答弁するわけにはいかない。アジアには幾つかの問題があります、それぞれに私どもは、平和を確保してまいる、安定を期してまいるためには、国家としてどういう努力をしなければならぬかというものは、私の所管する問題のみならず、政府挙げて取り組んでいく問題でございますが、委員が質問されるように、この地域の問題でどうかという御質問には、私は、お答えを申し上げることよりも、もっと包含した意味でお答えした方がお互いにわかりやすいのではないかと思います。
伊藤委員にお答えする前に、私も、いわゆる北朝鮮の問題というのがやはり解決されることが望ましいわけでございますし、また、村山訪朝団が先般訪朝されましたが、これも実は、ペリー前国防長官、調整官とサンフランシスコでお会いをして、この問題について日本ではどういう努力があったろうかというようなことを踏まえて、私は先刻御承知だと思いましたが、そういうお尋ねもありましたから、我が国としてそういう努力はこれからも続けてまいるし、米日韓三国はしかと連携をしておることが大事だし、加えて申し上げれば、北朝鮮からそれらしき返事が返ってくることを期待しなければならないし、そういったことも申し上げながら、極東の安定やアジアの平和、これらの問題に我々が共同して取
神環保の問題は、今私どもは全力を挙げて解決しなければならない課題である、こういう認識をいたしております。 わけても、厚木にこの施設があるわけでございますが、これは日米間におきまして、それぞれ参りまして私もお話を伺いましても、やはり環境の問題、健康に及ぼす問題、これは非常に深刻でございまして、私も全力を挙げて取り組むべき課題として申し上げ、また督励をしておるわけでございます。官邸を中心にいたしまして、目下のところ、厚生省並びに神奈川県、加えて、政府としては官邸が、防衛庁、施設庁、また外務省にもかかわってくる問題も派生してございますから、それぞれ関係機関、調整をとりながらこれを進めておるところでございます。 昨年夏に実施されまし
実は、日ごろ大変尊敬申し上げております上原委員から真空と言われまして、大きなショックを受けまして……。 私が、先般訪米いたしまして、帰りましてから、いわゆる会談の概要につきましては、ペーパーにしてお配りをさせていただきました。加えて、国会が開かれましてから、恐らく要旨につきましてはお答えをさせていただいておりますが、その中で格別、瓦が行って重く受けとめておるというだけがひとり歩きをいたしておりまして、何もしゃべっておらぬということを今改めて言われまして、これが大変大きな衝撃でございました。 私は、日米首脳会談というのは、かねてから、就任いたしましてから、日米防衛首脳が間断なき会話をする、また、課題につきまして問題点の整理をす
私のお答えも、それぞれの方々がこの期限問題につきまして御質問でございますので、重複するのは甚だ委員にもいかがかと思いますが、一つには、沖縄県は過ぐる大戦におきまして唯一の地上戦を経験いたしまして、戦後二十七年間にわたりまして米国の施政権下に置かれました。また、復帰後二十七年を経過した今日、依然として全国の米軍施設・区域の約七五%が所在いたしております。県民の方々にさまざまな御負担、御苦痛をかけておることと認識をいたしております。 なお、稲嶺知事及び岸本名護市長におかれましては、沖縄のこのような歴史と現状を踏まえ、基地の整理縮小を求める県民感情から、また基地の整理縮小の観点から、普天間飛行場代替施設の米軍による使用につきまして、十
いやいや、私も少しは言わせてもらいたいんですが……。 先生私どもこれだけいろいろなことで口論もいたしますし、議論もしますが、新聞の見出しと活字だけで国会で議論されることは非常に残念でございまして、やはり私どもは、本当に真理を追求していかなきゃならぬ。沖縄問題について、今はSACOというこの時期を非常に大事な時期だととらえまして、知事の御発言も市長の要請も重く受けとめて取り組んでいくということでございますから、前進するようにぜひまた御理解と御協力を賜りたいと思います。 ところで、平成八年四月に、今話し合いがないということについて若干私が述べさせてもらうわけでございますが、日米両政府間で、首脳レベルでの会談でございますとか、日米
御高説を承りまして、きょうはありがとうございました。
ホスト・ネーション・サポートについてでございますが、先般、ワシントンを訪ねました折に、コーエン長官との間でこの問題についても触れました。 といいますのは、今年、日米双方でいろいろ検討、研究をやっておかなければならぬときがあるからでございまして、そのときに、コーエン長官からは、一つは、ホスト・ネーション・サポートは、日米安保体制の象徴としての重要性を有しており、かかる観点から、これまでの支援のレベルを継続することが重要である、こういう点についてのお話がございました。 私から、我が国の財政事情の変化を踏まえる必要があるということ、それから、国民の理解、タックスペイヤーの理解を得ることが必要であるということを申し上げて、こういう機
当然、これらの双方の話し合いを進めることによりまして、何が必要かということについてはよく検討をいただけるもの、そういったことを明確にしなければ、国民の、また納税者の理解を得ることはできないという趣旨で申し上げておりますので、頭からこれは削りますよ、そういう発言ではございません。