先ほど一言申し落しましたので……。私は何回も申し上げる通り、現在東大であろうが、どこの大学でありましようが、学生の大部分というものは、それぞれアルバイトまでして、苦労して学問の研究をやつている人ばかりでありまして、ほとんど全部善良な学生だと考えております。ただ、中に、ごくほんの一部分、学生の身分を忘れた、少し軌道をはずれた行動、政治活動をする者がありますので、その点について注意をした方がいい、かような意味でありますから誤解のないようにお願いいたします。
先ほど一言申し落しましたので……。私は何回も申し上げる通り、現在東大であろうが、どこの大学でありましようが、学生の大部分というものは、それぞれアルバイトまでして、苦労して学問の研究をやつている人ばかりでありまして、ほとんど全部善良な学生だと考えております。ただ、中に、ごくほんの一部分、学生の身分を忘れた、少し軌道をはずれた行動、政治活動をする者がありますので、その点について注意をした方がいい、かような意味でありますから誤解のないようにお願いいたします。
警察手帳の内容のことについては、先ほど申し述べましたごとくに、発表さるべからざるものが発表された、機密事項をかつてに発表されたものでありますから、その内容について一々お答えする責任は持つていないと思います。
里村、柴両巡査は、パトロール巡査ではありません。本富士署の警備係の警察官であります。
先ほどお答えしましたごとくに、現在の日本においては、ある一定の思想を持つことは犯罪であるからいかんとか、甲の思想に国民を集中せねばならないというような法規もなければ、またそういつた思想そのものを取締る必要もないわけであります。憲法によつていかなる思想でもみんな許されておる。従つて警察が思想を中心にして取締りをする必要は毛頭ないわけであります。尾行とか張込みとかがあつたからといつて、今の警察が特高警察だということは、これは非常に論理が飛躍しておるのではないか現在でもいろいろの場合において警察は尾行、張込みをやつております。必要があれば尾行、張込み、密行、何でもやつております。
ひとつさつきの答えをもつて答えにしていただきたいと思います。
誤解を受けやすいと申し上げましたのは、学校構内の集会、示威運動、示威行進の取締りは学校長の措置にまかせるのを建前とする、また学校長の要請ある場合においてのみ警察がこれに協力する、こういう文面に今なつておる。そこで学校当局の御主張としては、この条項からしていかなる警察官——パトロールとかそういうものは別として、警備上の必要によつて学校に入る警察官も、一々これによつて要請がなければ入れないのだ、こういうように誤解をされているので、私はこの点が文面上誤解を招きやすいのではないか、だからこれを明らかにした方がいいのではないかと言つたわけであります。
お答えしますが、都合が悪いから直すとか、そういう問題ではないのであります。将来両者の間に再びこのような問題が起ると、こうやつて皆さんの方にも非常に御迷惑をかけることになるのですから、なるべくそういうようなことのないように、この条文をはつきりした方が、双方のためにいいのじやないか、かように考えているのです。
警察官が警備上必要な場合において学校構内に入ることは、私は次官通達を破つたこととも何とも考えておりません。またポポロ劇団にちやんと三十円の金を払つてお客さんとして入つたのであります。これは私は何にも悪いことをしたのではないと思う。何も悪いことをしない者をぶんなぐつて、顔につばをひつかけるなんて、これはどつちが悪いか、だれに聞いたつて、学生側に責任がある、私はこう考えます。
いろいろ仰せになりましたが、結論として申し上げますと、加藤委員と私の見解とはまつたく相違しておると思つております。
お答えいたします。この四人でありますか三人でありますか、私は詳しく確かめてないのでありますが、その日の午後ですか、大学の厚生部の方へ出頭いたしまして、本日開催されるポポロ劇というものは一体どういうものでありますかという内容を聞いたところが、いやこれは松川事件をまねした——松川事件とは言いませんけれども、松川事件をまねしたある事件を脚色したものだ。そこでその行つた警察官はぴんと来たわけですね。これは普通の戯曲とかそういうものでなくして、やはりこうした松川事件というような思想的背景を持つた事件でありますから、当然これは思想的背景を持つた劇であるということは、もう巡査としてもピンと来た。そこでその後どうだろうかということをいろいろ心配して
今石田議員のお述べになつたように、警察官が厚生部へ行つて、じやあ私も入らしていただきますと言つても、学生が主催しておるものですから、厚生部がよろしいと言つたから入つてよいということは私は言えぬと思います。そこでこれははつきりした話ではないのですけれども、巡査から聞いた話によりますと、じや先に行つてください、われわれもあとから参りますと、厚生部の人がこう言つたというのです。従来も映画などはしよつちゆう新しい映画や芸術的な映画が学校でも催されておるのです。そういう際に割合に安いものですから、警察官なんかも、教養の意味もありましようし、新しい映画はやはり見たいという気持でもつて、ときには入場料を払つて入つておるわけです。従つてそういうよう
先にちよつと一言申し述べたいと思いますが、警察官は今のポポロ劇に別に教養とか、そういう意味で入つたのではないと思います。これはやはり一応そういうものを聞いたときに、もう一ぺんに思想的な背景があるとピンと来たものですから、それでひとつ入つてみよう、こういうふうに私は見ておるのです。それから今の純然たる演劇とそうでないものとの区別というものは、これはなかなかむずかしいと思うのです。今ここで問題になつておりますのは、政治的意図のある集会ではないかと認めるのは、もちろん松川事件を取扱つた演劇そのものもあるいはそうではないかと思うのですが、むしろわれわれが言つておりますのは、その前にいろいろな演説をやつておるのです。それが政治的意図を持つた宣
ちよつとお尋ねしますが、今の御質問は、政治的意図のある演劇をやつてはいけないか、こういう御質問でありますか。
私は政治的意図のある演劇にしたところで、これは学校長の許可を得たということになれば、これは警察としては一応学校長にまかしておりますから、一応学校長の責任においてやつておるのではないかと思います。ただこういう観点から、一般にそうしたものに公衆が入り得るということになりますと、これはむしろ政治集会といいますか、政治集会になるか、あるいは一般公共の場所における集会ということになりますから、当然公安委員会の許可を受けねばならぬ、こういうことになつています。そういう意味において、これは当然警察官は取締りをせねばならぬ、こういうことになります。
私は「無防備都市」でありますか、お話のようなものを見たことが一回ございますが、やはりあれは映画の芸術的作品といいますか、文化的作品だと思います。それでそういうものはわれわれの方としては別に取締りの対象にならないのでありますから、今言われた映画にしましても、演劇にしましても、これは自由に一般公衆が見てもさしつかえないと考えております。今の御質問は、ポポロ劇が政治的意図があるから警察はけしからぬ、と思つているようにおとりになつているが、そうではないのでありまして、その前のいろいろの演説その他が政治的意図がある、こういうのでやつておるのでありますから、この点ひとつ誤解がないように……。
いろいろ御意見がございましたが、この際誤解を解きたいと思うのです。警察手帳が一時までに返つて来なかつたから逮捕したということは全然ないのでございます。逮捕状は、その翌日早朝から検察庁の方へ行きまして逮捕令状をとつております。これはなぐつたという事実だけでもつて当然逮捕できるのです。それで警察手帳がかりに一時に返りましても、当然令状でもつて福井君と千田君は逮捕せねばならぬのです。これは警察手帳が返る、返らぬは別問題として、当然逮捕しなければならぬと思つております。 それから私も実は東大出で、せんだつても学生諸君四、五人と会つたときも、先輩と後輩とであまりおかしいじやないか、こう言つたところが、一人の学生が、総監は高等学校はどこです
それでは私から今回できました東大事件に関する警察官が如何なる行動をとつたかということにつきまして御説明いたしたいと思います。 今回東大事件におきまして、学生の暴行事件並びに警察手帳の奪取事件等が起りまして、私どもも誠に遺憾に存じておる次第であります。本件の発端は去る二十日の日でありましたか、全国に二月二十一日に行われるべき反植民地闘争デーの一環として行われたものではないかと考えておりまするが、東大構内二十五番教室におきまして、ポポロ劇というものが開催される予定になつておつたのであります。本劇に対しましては、或いは学校側の見解といたしましては、純劇の研究であるというような見解をおとりになつておるようでありまするが、警察側の意見とし
私からお答えいたします。今の本富士署の署長からのお答えが御不満だつたと思いますが、警察といたしましては、いろいろ必要なことにつきましては勿論調べております。調べるというより参考にいろいろしたわけであります。本件につきましても、やはりただ警察上の問題とか、今伊藤委員のおつしやる昔の特高的な目的とか、そういう意味でこれは調査したのじやないのであります。全然警察上以外の目的によつて調査したわけであります。私はそういう解釈をしております。
多分そうだと私は思つております。
まあいろいろ教授がどういうような平素著書があるか、或いはその御本人の経歴とか、この程度を、まあ著書なんかにしたところが、市場にある、そういうことを一応調べたんじやないかと、こう私は思います。