当時三木さんがこの二法の系列に限界があるというふうにお考えになったというふうに言っておりますが、一体当時三木さんがどこに限界を考えておったかつまびらかではございません。少なくともあのいままでの二法の中からはずいぶんわれわれが苦労して保健手当という一種の年金制度に近いようなものを編み出したということについては、私は恐らく当時の主管大臣じゃない三木さんは、こういうところにまだ限界の先があるということについては私は御認識くださらなかったものというふうに思いますので、そうした趣旨を考えてみて、できるだけ私どもとしては三木さんの趣旨を生かしておるものというふうに考えておるわけであります。
