存じております。
存じております。
いわゆる内閣の質問主意書に関する答弁書につきまして内容に不実の記載がある、もう少し具体的に言うと、何か資料の点が事実と違うのだというようなお話がございましたようでございます。 本件は、実は告発をいたしたという事情もございまして、私も当時から事案について心配をいたしております。一応事務当局には、そのうちその経緯あるいはその事実について聞いておりますが、私の聞いている限りにおきましては、故意に答弁書に資料の点等につきまして虚偽の記述をしたものではないというふうに聞いております。十一とか九つとかいう話を当時聞きましたですけれども、当時の実情というものを率直、正確に答弁書に盛り込んだものというふうに私は報告を受けております。 なお、
サッカリンの使用基準の改正につきましては、先生は先生なりの御解釈があっていまいろいろ申し述べました。私どもは、いろんな業界の人には——この問題について私自身はお目にかかったことはございません。しかし当時から食品衛生調査会でいろいろと御審議なさっておったわけでございまして、この内容について先生はいろいろ議論があるようですが、私どもは、この調査会の結論というものを踏まえましてこれに対処いたしたわけであります。私は、科学者ではございませんので、素人でございますから、科学的なことについてはいろいろと聞きまするけれども、十分に審議をされ、正しい結論が出ているものということでございますので、私はその措置をとりましたが、しかし私は、素人なりに実は
食品衛生調査会の審議の内容については、かねがね御答弁申し上げているように、審議資料の公開については、原則として学界等において公表されたものを審議対象としておるところでございます。しかし食品衛生調査会の審議の内容を公開するかどうかといったようなことについては、今後委員の方々と十分相談をしてまいりたいというふうに思います。いろいろな議論があります。この種の審議会について、これを公開することのメリットとデメリットがあることは、もう先生国会議員ですから米審その他でよく御存じだろうと思います。そうしたことを踏まえて、われわれは今後相談することについてはやぶさかではございませんが、できるだけそうした資料が世間の人の目にとまって評価のできるように
老人医療の無料化政策に伴っていろいろ社会に批判があったことは事実でございますが、しかし五十一年度予算編成をめぐって財政当局から突如ああいうものが出てまいりました。私は、ああいう角度からああいうものが出てくるというのはまことによろしくない、こういうふうに思いまして、三木総理とも相談をいたしましてやめていただきました。やめることについて全然約束はございません。五十二年度からやるから五十一年度は取りやめてくれなんという話は全然しておりませんで、この問題は一応白紙になっております。しかし問題が問題ですから、また再燃しないとも限らぬわけでございますので、御承知のとおり老人保健医療懇談会等でいろいろと考えて検討をしておるわけでございますが、私ど
救急医療の円滑な実施、これは必ずしもうまくいってないということを私は率直に申し上げましょう。そして、たらい回し事故なんということを新聞に見ると、私、医療行政の責任者としてまことに申しわけないという気持ちがするものですから、これについては、何とかいたさなければなるまいということで、実は救命救急センターを何とかつくろうと思ったのです。四カ所と言っておしかりをこうむるのですが、これをつくるとき、容易なことではなかったわけでございます。いろいろと努力をした結果、新規はだめという今日ですが、新規政策としてやっと芽を出したわけでございますが、しかし、これだけでは問題は解決をいたさないということで、いま社会問題になっているわけであります。 し
歯科差額問題についていろいろと御批判が出、いろいろ社会問題になってきたことは、私どもも大変心を痛めておったわけであります。このことについて、私の就任以前に、私の前任者である厚生大臣が中医協に対して歯科差額のあり方いかんという諮問をいたしておったわけであります。ところが、この間、中医協が私の就任直後から御案内のとおりの状況で実は空白になっております。この状態がやんで中医協の審議が再開をされるようになり、きわめて短時間に実はこの問題についていろいろ議論が出たわけであります。この議論の内容も途中で急にさま変わりをしたということについても、先生御存じだと思うのであります。そうして、いま言うとおり昭和四十二年通達これを廃止しろ、そして歯科の差
二万円の基礎年金といいますか、別に私、二万円というものをグルントに置いての基礎年金ではございませんで、御承知のとおり、わが国の年金は非常に多岐にわたって分立をいたしております。その支給要件、給付額、費用負担、実はそれぞれ区々まちまちでございまして、したがって、いろいろな点で今日社会問題化しているわけでございます。また実際面として、今回通算制度を拡充しようと思いましても、非常にたくさんの問題を解決しなければならぬ。実際は解決し切れないで、これは先生御承知だと思うのですが、通算制度を一応起こして拡充したというようなことでございます。 そこで、私どもとしては、各種年金に分立しているものを、何とか共通点で統合を心がけなければならぬと思っ
そこがまさしく今後の問題のところでございまして、先生御存じだと思うのですが、一体、年金におけるナショナルミニマムというものはどういうものであろうか、これについて今後われわれは掘り下げねばなるまいというふうに思っておるわけであります。一般的な生活保護等におけるところの最低生活水準というものをナショナルミニマムに置くべきか、あるいは年金は年金独自のナショナルミニマムというものを考えるべきか、そうしたことについても、いろいろ議論があろうと思います。そういう意味では、たとえば多賀谷先生が去年、軽費老人ホームに入る程度のものがナショナルミニマムではないかという一つのエグザンプルを私にお示しになったことがございます。これも一つの考え方だろうと思
多賀谷先生とのやりとりを、私、鮮やかに覚えているのですが、一つのエグザンプルとして軽費老人ホームに入れる程度のものは確保してやったらどうか、私もヨーロッパ等の年金制度のことも頭にあるものですから、それは望ましい姿だ、少なくともそうしたことをやってやりたいというふうに思っていたのですが、その後、社会局長から、当時の軽費老人ホームは大体幾らくらいで賄えるかということで、二万円というような答えがあったものですから、自然二万円ということになりましたが、これは恐らく五十年度価格じゃないかと思いますから、そうしたこともフィックスしたものではないのじゃないか。いずれにしても、こうした年金におけるナショナルミニマムをどう考えるか、そして、それが具体
先生の年金におけるナショナルミニマム、これは拠出制年金でも、また福祉年金でも同じように考える、これをどこに想定するかということについて、むしろわれわれのいま御審議願っている法律案の内容から援用をした金額あたりを、いろいろいかがであろうかという御説明がございました。私どもとしても、一つの考え方であろうと思っておりますが、規定において年金のナショナルミニマムというものがどうあるべきかということについて、われわれとして確たる定説を持っているわけではございません。また世間においても、この点についてはいろいろ議論があるところだろうと思います。問題は実際論でございまして、そうしたものの費用をどのように国民に御負担願うかということを離れては議論が
ライフサイクルにも実は似たような構想は書いておりますが、具体論としては、大分われわれの考えとは違っているわけであります。ですから、総理には大変申しわけないのですが、ライフサイクルをどう考えるかというと、総論なり日本の国内の分析については、私は高く評価するけれども、具体的な手法についてはいろいろ議論がございますということを、総理の前でも申しているわけでございます。 そういうわけですが、私は、ライフサイクルあるいは社会経済国民会議というのも似たような考え方、ストラクチュアの似たようなものを出しておりますが、こうしたところに国民の年金に志向するイメージというものが、だんだん定着をしつつあるのじゃなかろうかと思われますものですから、彼此
先生のいま御提議になったアイデアというものは、私どもは重要な実際問題として受けとめなければなるまいと思っております。決して私、イギリス型と大陸型をコンバインしたということは考えていないので、われわれはわれわれ独自でもっていろいろ構想を練ったわけで、いろいろ評釈は自由でございますが、そういう考えはございません。ただ、われわれの悩みは、新しい何にもないところに、白地に年金制度をつくるのではございませんので、いまもうすでに各種の分立した年金制度があって、これをひとつできるだけ統合をしようということですから、したがって、いろいろと工夫が必要であるので、決してずるいやり方ではないと私は思っているわけであります。 お説のとおり、国民的なコン
先生の既得権を侵害しないというのも一体どういうふうに考えていいのか、これは幅の広い概念と低い概念、これだけの銭を出すのだから、これを全部おれの方に回すのならもっと高い給付金ができるはずだというような意味での既得権というか、というならばちょっと困るのでございまして、ですから、自分らの拠出というものについて、これは全部自分のものであるということを、期待権を含めてそういうふうなことを考えられるということになるとこれは問題ですが、しかし、いまの現行制度の中における既得権というものは、これを損なわないようにしていくというのは、いみじくも多賀谷先生に御注意をいただいた点については、拳々服膺してやるべきものというふうに思います。
年金に熱心かどうかは人様の御評価ですが、就任直後、当時七千五百円から一万円と言われておったのを、一万二千円に四面楚歌の中でやったのも私でございますので、その点のいろいろな評価もまた加味をしていただければ幸いだと思います。 しかし私は、こうしていまの数字を見ましても、これがこのような形で、多賀谷先生のみならず、世間から見ていかにも定見がない、恣意的というふうな御批判が出るようなことになったのは、要するに日本の現行福祉年金というものが、一般会計にすべてを依存しているというところから出てきたものでないか、そればかりではございますまいが、そこに大きな原因があるというふうに私は思われるわけでございます。ことし私どもとしては、一般会計方式に
これは、もう衆参両院のこの委員会で、一体どうするのだ、つまり平たく言うと、寡婦加算制度で満足してもうこれから出ないのか、寡婦加算制度ないしは寡婦加算制度というものを拡充強化することによってしばらくいくのか、それともまた、さらに原点に立ち返っていろいろ考究するのか、こういう御質問がありまして、多賀谷先生のも恐らく同じような御質疑だと思いますが、私どもとしては、もう過去の経緯はあれこれ二度も三度も述べませんけれども、やはり理論の詰めと国際比較等々が不十分であって、予算折衝がうまくいかなかったものですから、もう少しよく検討をし、理論武装をかとうしてさらにひとつリカバリーをやってみたいというのがわれわれの考え方でございまして、今後さらに定率
まあ、五十二年度というお約束をすることはいかぬかと思いますが、私どもとしてはできるだけ早くやりたい。遅くも次の再計算期までには何とかいたしたいというふうに思っておりますが、今度やったら大蔵省とは負けないようなものをつくっていかなければなるまいというふうに思っておりますから、その辺のところについては、われわれとしては慎重かつ速やかに実現をするように努力をいたしたいというふうに思っております。
私どもとしては、せっかくやってうまくいかなかったのですから、何とか一日も早くこれは失地回復したいという気持ちでいっぱいですけれども、いまここでやたらなお約束を申し上げて、またぞろ食言と言われてはかないませんから、慎重な答弁をしておりますけれども、私としては、できるだけ早くやりたいものだというふうに思っております。遅くもという意味でございます。
実際に予算折衝をした私としては、ことしこれで勝負がついたものですから、なかなか来年というところは抵抗がきつかろう、少しほとぼりがさめなければなかなかうまくいかぬのではないという気持ちもあるものですから、率直に申し上げているわけでございますが、私としては、できるだけ早くやりたいというふうに思っておるわけでございまして、これが一種の政策改定であるから、したがって、論理的に財政再計算期にならなければという議論もありますが、そうしたことを乗り越えられるかどうか、そうした問題もいろいろ含めてできるだけ早くやりたいのだという気持ちでございます。
とにかく予算要求してもできなかったのを、おまえの食言だとか、いや、失態だとかいってしかられるものですから、このごろ実に口がかたくなりまして、私としては、余りよけいなことを言わぬ方がいいということで慎重に構えているわけですが、気持ちの上では一日も早く実現したいということでございますので、まだ実はこれについての、これならば財政当局も文句は言えまいという案もできていない今日でございますので、やはり私としては、もう少し検討させていただきたいということでございます。いま、この辺なら何とか財政当局も参った、こういうような案を持っている今日なら別でございますが、私どもとしては、もう少し検討をさせていただきたい、こういうことでございます。