法務大臣の答弁の前に。私の言っているのは、森山さん、五条二項七号の解釈の問題でなくて、むしろ労働組合の外部監査の問題についても、組合役員とか執行部とかでなくて、「組合員」と特にうたっておる。したがって大会ないしは中央委員会等々のいわば執行機関だけで決定していないことは事実です。ところが一方において、それぞれ手続はあるにしても、決定権が取締役、執行機関にあるということについてはいかがなものか、こういうことに重点があるわけなんです。大臣、どうでしょう。
法務大臣の答弁の前に。私の言っているのは、森山さん、五条二項七号の解釈の問題でなくて、むしろ労働組合の外部監査の問題についても、組合役員とか執行部とかでなくて、「組合員」と特にうたっておる。したがって大会ないしは中央委員会等々のいわば執行機関だけで決定していないことは事実です。ところが一方において、それぞれ手続はあるにしても、決定権が取締役、執行機関にあるということについてはいかがなものか、こういうことに重点があるわけなんです。大臣、どうでしょう。
実は理事から半ごろまでに交代してやってくれという要請があったわけです。私はここへ来るときに、何なら社会党質問を一人で引き受けてもいいよと言ったことがあるのですが、いまは理事さんの仰せには従いますから……。しかしまだ、いわゆる各論では内部監査の問題等でも相当議論をはずしました。外部監査の問題については、労働省来てもらっておる関係上その点だけを取り上げます。まだまだこれだけある。まだ第一の袋がこれだけ残っております、第二の袋がこれだけあります、ということを申し上げておいて、事後の質問は保留いたします。そして次の質問者にバトンを渡しますが、これで終わったのではない、これだけは確認します。いいですね。 〔委員長退席、大竹委員長代理着席
大臣、去る三月三十日の暫定予算総括質問の際にお約束いたしましたように、あらためて法務委員会へ参りました。そしていまから商法の一部改正法案外二件について御質問を申し上げます。 その前にいろいろと質問の関係上用語と申しますか、概念をとらえておかないといろいろと話がちぐはぐになってもいけないので、まず質問中に使うところの用語あるいはそれに対する概念をはっきりしておきたいと思います。 そこで、まず企業と会社、ここで私は会社というよりか法人ということでいきたいと思います。まず企業について、あるいは会社、法人等との関係において、企業をどのように把握しておられるか、企業の定義と申しますか、どのように把握しておられるか、それからお伺いいたし
そのように把握しておられるならその上に立って御質問しますが、私は企業と会社といいますか、この概念においては企業のほうが幅が広い。なぜならば個人企業といったようなことばがあります。あるいは営業という点を離れて公営企業ということばもあります。しかし、われわれは普通会社とか法人というよりか、むしろ企業企業と言っておりますので、質問の中で企業ということばを使いますが、それは本法におきましては会社、ことにこれは株式会社に関連しますから、そのように理解していただきたいと思います。 そこでまずお伺いをいたしたいのですが、それでは法人とか何か、法人も一つの団体である、したがって団体と法人との相違点はどこにあるのか、ひとつこういう点をお伺いしてお
したがってここでは企業、こういうことばを私使いたいと思いますが、この法律に関する点においては会社、ことに株式会社というように理解していただきたい。そして団体と法人との関係ですが、これはおっしゃるように法人も団体の一つである、しかし、といってもその中で法人には社団だけでなしに財団がありますね。これを団体というのかどうか、いかがでしょうか、それも含めて。ともかく民法の規定によって権利の主体となるものだ。そこで、それでは自然人でないいわゆる法人を法律上権利義務の主体としてみなすということについては、これはいろいろな学説がございますね。いまさら私は、擬制説、実在説、否認説等々について論議をここでやろうとは思っておりませんが、しかし、必要に応
日本は、これは言うまでもなく、そちらさんのほうが御専門ですが、日本の法体系、ことに民法は、大陸系の法体系だと思うのです。したがって、実在説の上に立っておる。大体英米系が擬制説だと思います。またあとでそういう議論もいたしたいと思いますが、最近また擬制説ということについても相当な有力な学者も出てきておるようです。そういう点はおりに触れ申し上げたいと思います。 そこで、民法の規定によりまして、いわゆる法人は法令及び定款の定むるところによってのみ存在するというか、行為能力を持つ、こういうことになりますと、この理論を推し進めていくならば、これは擬制説ですよ。法令は別として、定款に定められた範囲だけで存在するんである。行為能力を有するんであ
おっしゃるように、四十三条、そして四十四条に不法行為の問題があります。不法行為能力を民法は認めていますか。ただそのことについて法人にも責任があるということですよ。認めていないですよ、あなた。やりますか、論争を。ただ、擬制説をとった場合は、その理事者というか、それがやった行為が法人に帰納することについて代理の観念で説明する。実在説をとった場合には、いわゆる機関の概念で説明するというだけの違いであって、不法行為については民法は認めていないと私は思うのですが、認めていますか。そういう判例もありますか、お示し願います。
あなたはもうちょっと考えなくちゃならぬですよ、民事局長という重責にあるならば。いいですか、法人は法令に従い、定款にのみ行動範囲を持つのです、定められた範囲において。そうでしょう。不当あるいは不法行為ということについては、そんなことを定める定款はないですわね。したがって、ただ法律によって、その理事者が行なった行為が不法行為であった場合に、その責任を法人が負うということですよ。それは先ほど来あなたも言っておるし、私も言っているように、擬制説の場合には代理の観念でこれを説明する。実在説の場合は、これは有機体としての法人を認め、そうしてその法人の機関としての行動として把握するわけです。そうでしょう。したがって、いずれにいたしましても、私は民
ここでこの論争をしてもいいのですが、またどこかでやることもあろうと存じますから、次にいきます。 いま、法人たる株式会社である商社等々が、買い占めあるいはドル投機というか、あるいは売り惜しみ等々が大きな社会問題を起こしておる。こういう場合に、これは一体会社、いわゆる法人なのか、そういうことをやらしめた、あるいはそういうことをやろうときめた理事者、この場合は取締役会といいますか、あるいは社長なりそれぞれの担当者といいますか、そういうものの責任というか、そういうことになりますね。なぜそういうことを言っておるかというと、こういう買い占めとかいろんな問題を次々出してまいりますが、これはどのように把握しておられますか。 と同時に、ついで
使用人の場合は同じことですか。使用人と支配人とは同じように解していいですか。いかがです。
たしか商法には支配人、使用人ということばを使って、明確にその権限なり区別していますね。同じように解してよろしいですか。しかも、いま支配人というのはほとんど使っていないと思います。工場長とか支社長とか、これが取締役である場合もあろうし、ない場合もある。そうかと思うと、バーのマネージャー、俗に支配人。だから、これは一がいにいえないと思うのです。しかしいずれにせよ、それらの人のやった行為は法人に帰納する、このことだけは確認いたしておきますが、そうでいいんでしょうね。
そこで、法人論というか、このことはまだ近代法律学において一大論争の種ですね。それはなぜかというと、ローマ法学の中で法人理論が十分熟していなかったというか形成せられていなかった。ところが一方、社会情勢というか経済情勢に応じて、いわゆる法人、会社等々が経済あるいは社会活動における大きなにない手としてどんどん発達してきた。そこで、はっきりとした理論が形成せられないうちに、一歩実際活動が先行していったというところに、いまだに近代法学における一大論争の種になっておることは御承知のとおりであります。 たとえば、いろんな団体が契約をする。先ほどの話の場合は、法人格を持たない場合は、その団体代表者の、あるいは役員若干名の共有というようなかっこう
政府自体も混同がある。まだ大蔵省、あとでいいというので来ておりませんが、大蔵省あたりで法人税等の税金の問題では擬制説をとっているのですね。これは間違いないと思うのです。あとでまた大蔵省が来たときにその議論をやりますが。しかしいま、これはもちろん御承知と思いますが、大臣もおっしゃったが、実在説をとっておられる。ところが、今日英米法の法人理論、いわゆる擬制説が近代法の法人格の説明あるいは法人の技術的性質の側面が強調せられて、むしろ取引を単純というか、取引関係等に重点を置いて、擬制説のほうが強くなってきたというか、これは特にアメリカあたりなんですが、そういうことも見のがすことができないと思うのです。ここで何も法人の理論を定着せしめる必要は
ところが生じておるのですよ。生じてくるのですよ。ご承知のように、これは大気と水だけですが、公害については無過失責任、これは完全なものではないが、法律ができていますね。これは民法の七百十五条はそれでいいとしても、商行為によって生じる場合、いわゆる営業というか、あなたが最初企業と言ったその活動によって生じる場合、ことに公害等々についてはこれでは救えないのですね。したがって私は、民法の改正はともかくとしても、商法においてはなおこれに従った改正のほうが、今日提案せられておるよりかより社会的に重要ではないかというのが私の主張なんです。 そこで、解釈論でありますが、大臣にお伺いします。 大臣、いかがでしょうかね。なるほど過失責任というこ
役所の中でもことに法務省は、やはり体制維持という上に立つので、体制内答弁をせられるのは当然だと思う。しかし、ただし書きで、「相当ノ注意」云々については「此限ニ在ラス」ということはあくまでも例外なんです。選任において過失がなければ責任を免れるということが原則なんですね。ただ「但」で、無過失論をとっておるとまではいかぬと思うのですが、無過失ともとれる規定がある。しかし、一方、公害においてはそういう方向に行っておるし、また判例もそういう方向に行っておるのですよ。だから、判例があるからということをよくいわれますが、私が言わんとするのは、判例が幾ら出ても、それは法ではないですね。下級裁判所等々を縛るかもしれぬ。ところが最高裁、上へ行くとまだ古
立法論だから。解釈論ならいい。
取締役ないし取締役会の構成とか問題についてはもっと質問の先に入っていく予定なので、いま法制審議会うんぬんと言われておるが、ちょっと結論が出て、——そんなに早く出ないのじゃないですか。私が言わんとするのは、これは結論になるのですが、基本六法の一つである商法なんというのをこういう改正でなくて、これはもう別な立場、証取法等でやってしまって、商法の改正はもっとがっちりと、それもしかも早くやりなさい。たとえば刑法の改正はどうなんです。刑法改正草案なんというものは、もう三十五、六年前のわれわれ学生時代から出ておったわけですよ。もちろん、戦争という時期があって停滞しておったのだろうと思うのですが、いまだに出ないじゃないですか。と同じように、商法の
法務省はどうですか、そういうことの乱用については。
この乱用が、いま言ったのは設立に際してです。今度は経営に対してもたくさんあります。たとえば商号を貸す。これをよく名義料とか看板料とかいって取っておる。これもすなわち商号の使用料を取るというような一つの法人格の乱用です。ことに経理面においてはこれがたくさん出てまいります。この改正の一つの問題である粉飾決算等々も見方、考え方によれば法人格の乱用です。さらに問題なのは、新株発行やあるいは自己株の保有。きのうの新聞でも出ておりましたが、あえて同僚のことを私はやり玉にあげようとは考えておりませんが幽霊会社をつくる。子会社の手等々によって、商法が禁止しておるところの、あるいは証券取引法上の脱法行為が、法人格利用によってというか乱用によって堂々と
ときどき論議をせられておるというのですが、これはすべてがそうだとは言わないけれども、やはり自己株の保有ということをいわゆる従業員持ち株制度というようなことを利用して行なっておる。私はすべてがそうだとは言わぬが、あり得ると思います。これも法人格の乱用です。そういう点はどうなんです。あり得ると思いますか。