第七艦隊に国の基地を一部提供しておることは、アジアの平和のためではなく、日本とアメリカとの間に結ばれておる日米安全保障条約のために提供いたしておるのでございます。その結果がひいてはアジアの平和と安定に寄与しておるということもまたいなめない事実だとは思いますが、本来の目的、日本が基地を提供しておるゆえんのものは、日米安全保障条約の結果である。明らかにいたしておきます。
第七艦隊に国の基地を一部提供しておることは、アジアの平和のためではなく、日本とアメリカとの間に結ばれておる日米安全保障条約のために提供いたしておるのでございます。その結果がひいてはアジアの平和と安定に寄与しておるということもまたいなめない事実だとは思いますが、本来の目的、日本が基地を提供しておるゆえんのものは、日米安全保障条約の結果である。明らかにいたしておきます。
アジアにも御承知のとおり平和がよみがえりつつある、こういうことはもう事実でございます。長い長い歴史の連続の上にあったベトナム戦争も終結の状態でございますし、ハリ協定も締結をせられました。不完全ではございますが、日本とベトナム民主共和国との間にも国交がとにかく開始をせられました。そういう意味で、平和は来たりつつある、こういうことは事実でございまして、これは否定することのできないことだと思うのです。これには、それなりの理由も歴史もあってのことだと思います。ですから、過去のワク組みというものの前提に立ってヨーロッパの話し合い機運が行なわれたり、ベトナムの話し合い機運が行なわれたり、また平和の道を歩きつつあるということでございますから、アメ
いまの答弁のように、核装備ができるということと、持ち込んでおらないということとは、これは全く区別して考えていただかなければいかぬわけでございます。これはいまの新しい兵器といわれるようなものは大体核装備ができるようにという、いろいろな状態に対応できるように性能が非常に高いものになっておるということは事実でございます。しかし、日本には核の三原則がございます。持たず、つくらず、持ち込ませずということでございまして、日米安全保障条約の運営の過程におきましても、日本には持ち込んでもらっては困りますと、絶対に持ち込みませんと、こういう了解があるわけでございますから、だから、また持ち込むというような事態ありとせば、このときには協議事項になるわけで
日米両国は真の友好国でございます。そして安全を保障するために日米安全保障条約を締結し、これを忠実に履行しておるのでございます。日本は唯一の被爆国でもございますし、核兵器に対しては、つくらず、持たず、持ち込ませずという原則を守っておりますことは、国会で間々申し上げておるとおりでございます。この国会で政府が述べておるようなことに対して、アメリカがそれに違反をするようなことはしないということは、これはもう国会でも間々述べておるところでございます。ですから、お互いが、その国の運命をかけるような安全保障の問題に対して、お互いに条約をもって真の友好国として存在をしておるというときに、これを疑っておるような状態で私はほんとうに安全保障の実があがる
この際、明確にいたしておきますが、先ほど防衛庁長官が述べましたとおり、防衛庁に現に入った人の職歴は、履歴書がちゃんとあるわけです。履歴書で選考をずっとするわけでございますから、現に防衛庁の職にある人の中で米軍関係につとめた人は、履歴書をずっと集計すれば何人でございますということでもって、まず申し上げたわけです。今度、あなたの質問は、自衛隊の高級幹部であった者が現に米軍に再就職をしておる者はどうかということでございます。いままで問題になっているのは、自衛隊を離職した人の再就職ということでございますが、あなたはきょう米軍に対して再就職ということでございます。これはいままで問題になってないわけです。前のは産軍癒着というような問題で、防衛庁
私は大正だし、あなたは明治ですか大正ですか、いずれかと思いますが、そういう人たちの感覚から見ると、やっぱりこれはおかしいですよ。そういうすなおな気持ちはわかるんです。ところが、自衛隊法ではそういうことを規定しておらぬわけであります。自衛隊法におきましては、いわゆる旧軍というような厳密な、旧軍組織のような厳密なものを規定しておりません。 そういう意味で、いわゆる防衛機密とかいろいろな問題があると思います。あると思いますが、そういうもので法制を整備しなければいかぬのじゃないかということは、いろいろわれわれはわれわれなりに研究もしてきたわけでございます。そうではなくて、いままで皆さんのように防衛庁は違憲だとか防衛の必要はないとか、そう
これは外人部隊として働けるような身分にないということだけは、これは明確に申し上げられると思います。これはいやしくも自衛隊に勤務した経験者がそういうことをやるということはもう全く考えられません。これをだからあなたが先ほど提言をされたように、これは自衛隊の機密保持――自衛隊というものが現に国の安全と独立のために重要な任務を帯びておるんだということは事実でございますから、その意味で、これはやっぱり再就職をするにしても相当な制限をする必要があるということであれば、そういう考え方には理解が示せる部分もございます。これは外国の人はやめてしまえばアフリカ行きの外人部隊でも何でも行けることになっておりますが、日本はそうじゃないんです。日本はもう全く
日本人は世界の人類の平和に貢献したいという崇高な気持ちを持っておることは事実でございます。また、日本の自衛隊の諸君といえども、日本国民の一人として、真の平和の招来のためにという基本的な考え方に立っていることは事実でございます。しかし、自衛隊そのものは、アメリカがどう考えようとこれは自由でございますが、日本は日本をまず守ること、日本の独立と、日本人の生命財産と、日本の平和を守るということで設置をせられたものでございます。そういう意味で、相手がどう言おうと、相手に巻き込まれて共同作戦をとろうとか、そういうことでは全くない。それは小なりと言わなくても、そこまで私は卑下することはないと思うのですよ。日本人には日本人のやっぱり特性もあるし、日
戦後は足かけ三十年を迎えるわけでございますが、ほんとうにその中で心の痛むものは、沖繩県民が長いこと異民族統治下に坤吟をせられたという苦労に対してほんとうに御苦労さまでございますという心からなる考え方を持っておるわけでございます。また、戦後の高い日本の経済成長、繁栄の陰には、恵まれなかった沖繩県民百万に近い方々の大きな犠牲というものがあるということを国民は忘れてはならないと、こういうことを私も深く感じておるわけでございます。まあ祖国復帰後日もまだ浅いのでございまして、私は必ずしも沖繩県民の労苦に報いるに完ぺきである、一〇〇%である、パーフェクトであるというふうには考えておりません。おりませんので、これからやはり全国民の理解をもととしな
沖繩の実情というものを私も多少承知をいたしておるつもりでございます。で、沖繩県の状態を考えますと、人口は百万でございますが、まだ全国的平均で計算をされております一次産業、二次産業、三次産業の比率を見ますと、一次産業比率本土は一四%台というものに対して倍以上、まだ三十数%、四〇%という高さにあるわけでございます。しかもそのような人口の中で見る一次産業比率が非常に高いにもかかわらず、県民の総所得に寄与しておる一次産業の寄与率は非常に小さいわけでございます。ですから、沖繩県民の所得というものは、生活そのものは本土の平均よりも非常に苦しく置かれておるということは事実だと思います。ですから、沖繩県民も日本の四十六都道府県平均以上に一日も早くす
国全体としても、いま物価の抑制は当面最大のものでございます。物価を抑制し、真に安定的な国民生活の確保をはかってまいりたいと考えておるわけでございますが、沖繩は特に御指摘のような事情もございますし、また沖繩博という特殊な事業遂行の過程におけるもろもろの問題もございますので、具体的に十分配慮をしてまいりたいと、こう考えます。
いま石油問題が起こっておりますし、食糧問題はより重要な問題でございますから、いままでのような考えで食糧はだいじょうぶなんだという考えではなく、新しい世界的な視野で食糧問題と対処しなければならぬということは事実でございます。これはまあいつも申し上げておりますとおり、国連で今世紀末の事情をコンピューターではじいたときに、今世紀末の世界的な一番大きな問題は何だろうと、それは東西問題でもなく南北問題でもなかろうと、それは主食と水だと、こういわれておるのでございます。三十七億の人間が七十億になり、やがて百億になんなんとするということを考えた場合、非常に食糧問題、水の問題等がたいへんな問題であろうということは申すまでもないことでございます。そう
畜産は非常に重要な問題でございます。これは日本だけじゃありません。これはもう全世界的なものでございます。各国でも食肉——まあブロイラーの問題に対しては、まだ多少の余裕ございますが、肉に対しては、もうヨーロッパでも、ソ連邦でも、どこでも需要が非常にふえてきた。いままで魚だけでたん白を補給しておったものが、肉の需要量というのは年々加速度的にふえているわけでございまして、そういう意味で、畜産の将来というものは、私は国際的にもそう下がってくるということではないと思いまして、国内では畜産がここ二、三年乗り越えていけば希望が持てるものになると思います。ただ、外国のえさ代とか、そういうものに全部たよっておったというところに問題がございますから、そ
消費国民大衆には安い品物を多量に提供するということでございます。同時に、畜産農家の生産が維持できるようにしなければならないと、こういう考え方でございます。ですから、保障するということは、すぐ私が申し上げれることではございません。
まあ、そういうことでなければ生産しないわけですから、生産は継続し拡大をしていくようにいたしますと、そして、消費者には、安定的に安い品物、良質低廉な品物を提供する、こういうことでございます。具体的な問題は、いま農林大臣が詰めておりますから、農林大臣に、もう一ぺん答弁さしてもけっこうです。
私がるる申し述べておりますように、生産者農家の所得は確立し、保障ができるような体制をつくりながら、安定的低廉良質な品物を多量に提供したい、その調和をいま政策の上で鋭意検討中であるというのじゃなくて、いま施策を実行中でございますし、また、これからなさなければならぬ問題に対しても広い角度から検討しております、こういうことでございます。
明治の教育の刷新、また戦後の教育のスタート、まあ二つの教育に対しては大きな歴史があるわけでございますが、戦後教育の発足からすでに足かけ三十年近くということでございます。日本の教育はある意味において世界に誇り得る教育であるということは、明治、大正、昭和、現在も国民はそう信じておるわけでございますが、しかし、教育の中にも、まあこの教育制度そのものが非常に議論のあった教育制度であることは申すまでもないことでございます。六三三四制などという輸入的な教育が一体日本に定着するであろうかと非常な問題をはらんでおったわけでございます。しかし、もう四半世紀以上日本に定着をして今日に至っておるということでございます。まあお互い、すべてのものに対してでご
精選ということは、ただいまあるものを選別するだけじゃありません。精選とは教育の内容、教材、いろいろな制度その他のものに対して取捨選択を行なう。それはもういいものはそのまま育てる、悪いものは除く、より付加しなきゃならぬものは付加する、こういうことでございまして、全般的に述べなければならない、全般的に考えておることでございます。
知育、徳育、体育と、こういわれるわけでございますが、私、徳育の面をもう少し重視しなきゃならぬ、もう少しじゃなく相当重視しなきゃならぬ、こう考えております。
知育面に対しては相当な高水準のものであるということを考えております。ただ知育だけでして、徳育と知育、体育も一体になってバランスのとれた教育、人間で知恵だけあっても全然からだが虚弱であってはものの用に立たないということもございますし、徳望がなくて、徳を積まずして知恵だけあると物質的に行き過ぎていろんな問題も起こり得るということもございますから、知、徳というものは全く同一でなければならない。教育の中でもこれはもう徳育、知育は一体のものであると、こう考えております。知育の中でもやり方によってはいろんな問題があると思いますよ。これは外国語など文字で教えるというようなことだから、大学を出て外国の大学へ行っても、入学はさせるけれども卒業する者は