あれは通産大臣としてしゃべったわけでもないんで、たまたまあるときに新聞記者諸君とおしゃべりをしておりまして、茶飲み話というか、酒飲み話のようなことで私は申し上げたのであります。ですから、ちょっと大げさになっていささか面映ゆい気持ちもいたしております。 実は、昭和三十年代でございました、私がまだ若き代議士時代、今は亡き河野一郎先生が我々若手を集められた。といいますのは、私は旧大野派でございますが、大野派、河野派の親睦会がございました。そのときに、我々若い連中に、当時はキャンベラブームでございました、オーストラリアの。これからの日本はもう東京が過密化しないうちに、今さら名古屋のようにきれいに東京はもう都市計画もできないから、私権の問
