先ほど櫻井委員の御質問及び堀内委員の御質問にお答え申しましたように、名前がわからないということでございます。しかも、その遺骨をとってきた場所での戦闘状況からして、軍人軍属以外の一般邦人の方の戦死者もあるわけでございますので、そういう一般邦人の御遺骨も、名前のわからない遺骨の中には一部含まれていると私の方では推定をいたしております。
先ほど櫻井委員の御質問及び堀内委員の御質問にお答え申しましたように、名前がわからないということでございます。しかも、その遺骨をとってきた場所での戦闘状況からして、軍人軍属以外の一般邦人の方の戦死者もあるわけでございますので、そういう一般邦人の御遺骨も、名前のわからない遺骨の中には一部含まれていると私の方では推定をいたしております。
御質問の趣旨は、この墓の問題よりも、遺族援護の問題であると思います。先ほど申し上げましたように、靖国神社の祭神それ自体におきましても、必ずしも恩給法上の公務死没者と一致していないのじゃないかと思います。従って、そういう問題は昔からあったと思うのであります。しかし、それとは別問題といたしまして、戦闘に参加して死亡した人に対しては、遺族援護の手を差し伸べるべきではないか、こういう御意見でございます。ごもっともでございます。戦闘に参加した人にいろいろございまして、たまたま自分の住んでいる町が戦場になったために死没されたという方もおありになると思います。たとえば、沖繩等がそうでございます。内地でも一種の戦場でございまして、一般邦人でなくなら
他に都道府県の世話課で引き取り手のない遺骨を保管しておるのがございます。それは一応こういうふうにいたしております。氏名と出身県がはっきりわかっておる場合は、その出身県に遺骨を渡して都道府県で保管していただく。それで、その当該府県で管理しておる納骨施設、戦没者のお墓にそれを納めていただいておるわけであります。各都道府県ごとにおおむね慰霊塔なり忠霊塔なり、あるいは戦没者の墓というものができておるようであります。先ほど御質問になった遺骨も、そこに納めてあるわけであります。それから、国としてまた一つ別に作ろうというのが今度の墓でありまして、遺族の引き取り手のないものであっても、少数ではありますが、都道府県の世話課で安置して、そういった慰霊塔
何と申しましても、氏名が判明している遺骨の場合は、できるだけ御遺族をお探しして、御遺族に渡すということをやっておるわけであります。たまたま張簿を調べたが、なかったというだけであきらめずに、遺族の調査ということをやっておるわけであります。どうしても引き取り手がないということが確定いたしますれば、都道府県単位にありますお墓に納めますのがもちろん至当でございますが、そこに納めるまでの間にいろいろ調査もしなければならぬという、調査中のものも、都道府県の世話課で持っておるのではないかと思います。調査に時間がかかるということでございますれば、一応慰霊塔の中に納めておいて、調査するということも、一向差しつかえないわけでありますから、都道府県に、失
終戦後山西におられた第一軍が、二十一年の五月に、現地除隊、復員の手続をとってお引き揚げになったわけであります。われわれ援護業務なり復員業務なりをやる者が、終戦後、二十三、四年になってから、いろいろ調べて現地除隊の手続をとったのでございますが、われわれが受け取った現実は、現地除隊をしたという形ですべて処理がされてきているわけであります。そこで、現地除隊をしたことが正しかったか、正しくなかったか、遺漏があったかなかったかということが、われわれとして調査をしなければならぬポイントになるわけであります。これは、全般と同時に、一人一人の方について実情を調べるようにいたしております。私はそういうふうに未帰還調査部長に命じてあるわけであります。従
私どもの方針といたしましては、この前も申し上げましたが、軍の首脳部が第一線の将兵に対して残留しろということを正式に命令するということは、われわれはあり得ないことであるというように考えておるわけであります。事実そうであったと思いますが、しかしながら、帰還をするのだという大方針が決定した後においては、極力その方針を各人末端まで周知徹底せしめるために、必要な措置を講じたかどうか。その趣旨が徹底していなかったために、またそれにもかかわらず復員の手続をとられたのではないかというような場合におきましては、知らずに現地に残った、十分趣旨が徹底しなかったために現地に残留をしたという場合におきまして、その後の現地除隊ということは適当でない、さようなも
櫻井委員の御要望、私もごもっともな点があると思うのであります。いわゆる戦没者の処遇の問題につきましては、すでによく御承知の通り、現在の恩給法、遺家族援護法では、一定の建前をとっておるわけであります。お気の毒だからこれはこうする、あれはああするという自由は、われわれ事務当局としては許されない。軍人は年金で処置する、軍属は弔慰金で処置する、こういう法律体系がきまっておるわけであります。これに対して、いい悪いは別にあるわけであります。従って、復員という手続をとったことがもしそのまま正しいものとすれば、問題はまた別途の考慮になってくるわけであります。従って、大きな、いわゆる準軍属と称せられて現在弔慰金だけの対象になっている人の問題になってく
言葉が足りないために、あるいは誤解された点があるかと思いますが、現在の法律の運用でどうこうという問題は、結局復員の手続をとったかどうかという問題に帰着するわけであります。これをそのままにしておいて、何らか適当な援護の方策をとるということは、現在の法律である以上できないわけでございますので、その点くどいようでございますが、申し上げておきます。
現地除隊の当時とった手続をわれわれの方でどうするかという問題につきましては、なお今後も十分に慎重に検討いたしたい、こう申し上げているわけでございます。
約二百万円でございます。
今回の措置は、まだこの二百万円という経費については最終的な了解を受けているわけではございませんが、ぜひ御了解を得たいと思っておる次第でございます。これは現実に帰ってきておられて帰ることができないという人でございますので、いわば緊急措置でございます。ただいまのお話は、この緊急事態ができてしまったことでございますので、今回の措置は、この緊急事態に対処してとらなければならない、こういうふうに考えております。今後の考え方といたしましては、これは引揚者でありませんで、一時帰国者でございますので、従来と同じように、帰りの船賃は自弁という建前でやっております。
今後の措置がどうだから、今回はしないということには参りませんが、今後の問題といたしましては、先ほどお話し申し上げましたように、従来の方針をよく一時帰国者に周知徹底をさせる。今後一時帰国者があるというチャンスは絶無ではないと思いますが、その場合におきましても三団体を通じまして、従来の趣旨を十分各人に徹底するように努力したい、こう考えております。
この前の委員会で私が申し上げましたのは、政府がしたのでなしに、赤十字がそういう措置をとるはずであると、これは済んでおりますが、申し上げたわけであります。おそらく寄付の問題はそれと関連しての問題だろうと思います。赤十字自体が、自分が寄付を受けた財源等をもちまして、毛布とシャツを一時帰国の方に差し上げた、こういうことでございます。
国内の生活困窮者の方に対しまする政府の態勢といたしましては、生活保護法という法律によってやっておるわけであります。生活保護によって緊急処置もできるわけでございます。目々の生活扶助のほかに、一時扶助と申しますか、衣類等に関する援助もできるはずでございます。そういうことも含めまして、都道府県に、実情に即した措置をとるように指示してあるわけでございます。その場合、一時帰国者なるがゆえに、他の一般生活困窮者と特別の措置をとるということは、生活保護の建前上いたしかねるわけでございます。これは当然現在の法律で一時帰国者といえども生活保護の適用を受け得るわけでございますから、その点十分注意を喚起して、遺漏のないように処置をいたしたいと思います。
目下運輸省に配船の手配を依頼して、研究してもらっております。練習船のあいているのがないかと思って、いろいろ当ってもらっておりますが、今全部出ているようでございます。運輸省でも一生懸命研究しておりまして近いうちに結論を出していただけるものと思っております。私どもの考え方といたしましては、この前赤十字から病人の名前まであげまして、早く帰してもらいたいということを向うに要請したわけでございます。それにこたえまして、帰すという返事があったわけでございます。国交回復の問題が終ったあとで集団帰国があるときを待たずに、その前に引き取りたいということで、せっかく努力いたしておるわけでございます。
飛行機の問題もいろいろ研究しておりますが、これはいろいろ政府間のこまかい協定が要るようでございまして、それがない場合は、簡単に出せない状態でございます。もっとも、向うから飛行機で送って下さった例も二度ばかりあるわけでございます。これは向うの好意によって実現したわけでございましてこちらから飛行機を向うに出すがどうだという問題はなかなかむずかしい問題であるようでございます。これも結局それをやっておりますと手間を取りますので、早く配船の準備を進めたい、こう考えている次第でございます。
今明日中に運輸省の方で結論を出していただくように、お願いしてございます。
人数は二十名という少人数でございますので、でき得れば興安丸以外の小さな船を配船できるようにお願いしておるわけであります。これは今明日中に結論を出していただくことになっております。
もちろん配船の通告に対する返事をいたします際に、もっとよけい帰してもらいたいという要求を日赤では当然なさるだろうと思います。従来の例によりましても、最初帰還の人数を知らした数よりは、実際帰る人数はふえておる状況でありますので、当然そういう場合にもこれは期待できると思います。
終戦のときに、復員軍人はポツダム宣言によって全部日本に帰ることになったのであります。多数の現地部隊の中には、どうしても現田地にとどまりたいという意思を表明する者があり、中には部隊を離れて、いわゆる逃亡した者もあったのでございます。かようなことは、当時の軍の方針に従いまして、現地で本人の希望によって除隊をしたという形式をとったわけであります。ただいま御指摘になりました山西の問題でございますが、二十八年の中共からの集団引き揚げが行われました際に、一部山西で戦犯者として扱われておった人と思われますが、帰ってきたときに、その問題が出たのであります。それ以来、私の方では、一人々々について詳細な調査をいたしております。常識的に考えまして、当時の