今こまかい数字は持つておりませんが、現実に帰つた方はむろんこれから削除されております。それから、生存資料のあるものの中から、その後死亡資料が出たもの、あるいは死亡が確認されたものがあります。それらを集計して引いたのがこの四万六千三百十四名になるのでございます。
今こまかい数字は持つておりませんが、現実に帰つた方はむろんこれから削除されております。それから、生存資料のあるものの中から、その後死亡資料が出たもの、あるいは死亡が確認されたものがあります。それらを集計して引いたのがこの四万六千三百十四名になるのでございます。
生存資料の中らどれくらい死亡々確認したかということは今、資料がございませんが、全体として死亡処理をした数字が先ほど申しました六千八百七十二名でございます。
調査の概要につきましては昨日申し上げた通りでございます。さらに詳細な調査のやり方、手続等を印刷物にしたものがございますので、それをお届けしまして、また御説明申し上げたいと思います。予算につきましては昨年度が六千百八十万、今年が四千三百二十五万ぐらいでございます。
ただいま資料を持つておりませんので、次の機会に御説明申し上げたいと思います。
ただいま木村さんからいろいろ御質問がありました問題につきましてお答えを申し上げたいと思いますが、もし間違つてあるいは聞き漏らした点があるかもしれませんが、補足的にこの際御説明申し上げたいと思います。 第一点は生存残留者の生活状況はわかつておるかという御質問であると思いますが、生存残留者につきまして少くとも健在であるという旨が知らされたいということは、家族とともにわれわれが最も念願するところであります。現地の生活状態がどうなつておるかということは生存者から家族への通信によつてある程度わかるのであります。通信のない方につきましては帰つた人がもたらす情報によつて知るほかはないのでございまして、帰つた方がもたらした情報につきましては、で
最近帰つて参りました引揚者から実情を伺いましたり、あるいは最近参りました通信等によりますと、先方に残留しておる者の生活状態は、終戦直後の状態よりはよほど改善されておるように聞いております。数多い中でございますので、一人々々についてどうであるかということは全部把握できておりませんが、大体われわれの聞いたところ、調べたところでは、終戦直後の状態よりよほど改善されておるように聞いております。
それは死亡処理です。
判明です。
そうです。
二十七年度において死亡処理した数は、正確な数は今資料がございませんが、六、七千名から八千名の間であつたかと記憶しておりますが、死亡処理の実数につきましては次の機会に述べさせていただきたいと思います。それから、未帰還者で死亡の判明した方に対しましては、その都度私の方から家族にお知らせをいたすわけでございます。その際元軍人軍属であつた方につきましては戦傷病者戦没者遺族等援護法または恩給法によりまして公務扶助料ないし遺族年金、弔慰金が支給されることになつております。一般邦人につきましては、戦傷病者戦没者遺族等援護法の三十四条の規定によりまして、戦闘参加者または特別未帰還者として公務に準ずると認めた方につきましては三万円の弔慰金を支給いたす
率と申しますと……。
ちよつと今正確な数字を持つておりませんので、次の機会にお答えさせていただきます。
厚生省で実施しております国内調査の面では、残念ながらホー・チミン軍の傘下における邦人の状況はわからないのでございます。今後できるだけ情報を集めまして、それらに関する対策に万全を期したいと思います。
そういう数字ではございません。これは各年度において死亡した数を現実に重ねて行つたのがこの数字でございます。具体的に全部名前の裏づけのある数字でございます。
今回発表した数字には未帰還者の中から死亡を確認された者を除いてございます。すでに死亡を確認された方でございますので、それを未帰還者の集計表の中に加えるのはちよつとどうかと思いまして省いたのでございます。従いまして、昨年度の三十三万一千五十四名というものの内訳を見ますと、すでに死亡を確認された者はちやんと別になつております。それで、毎年死亡を確認して行くわけでございますが、それは何年に死んだ、何年に死んだというふうに、死んだ年の別に出ております。大部分は終戦の直後、二十年、二十一年、二十二年という年に死んだ方が多いのでございますが、これを具体的に人の名前の裏づけのあるものを積み重ねて行つた総数が二十五万何がしという数字になるわけでござ
申し上げますが、昭和二十年が十一万四千四百十六、昭和二十一年が十二万一千八百三十七、二十二年が一万一千三百三十二、二十三年が三千百九十九、二十四年が一千八十七、二十五年が三百九十、二十六年が二百八十八、二十七年が二百四十六、二十八年が八十四、二十九年が二名でございます。
私どもの調査は残留者の業態を帰還者及び通信によつて把握するというやり方でございます。従いまして、現在生存している人間が何人であり、死んだ人間が何人であるかという正確な実態は、りくつから申しますれば当時国は知つておるわけです。しかし、一例を申し上げますと、ソ連では千四十七名の人のほかに現実に通信をよこしておる人があるのであります。この前赤十字から先方にその人の所在を教えてほしいという照会をしたように、この人々以外に現実に通信が日本に来ておる人があるのであります。この前日赤の社長が向うに行つてその点をいろいろ聞きましたところが向うの赤十字には資料がないと言つて逃げたそうでございますが、現実に私の方でわかつておる、通信が来ておる人が少くと
一例を申し上げますれば、生存資料のあるものの中の古いところから見ますと、帰還者が留守家族に対するいろいろな関係上この人はどこで会つたというこを言つておる場合がございます。ところが、それをだんだん追究してみますと、そういうことを言つた覚えはないというこを言う場合もあります。あるいは、数多い中ですから、多少の思い違いということもありましよう。しかし、その数は全体から見ますればきわめてずかでございます。従つてわれわれはこの数字は調査した限りにおい間違いはないものと考えております。間違いが多少あることは、これは技術的な間違いでございまして、全体として見ますれば、真実にほぼ近いもの、あとう限り真実に近いものだ、かように考えております。
終戦のときに現地におられた軍人の方、その他の邦人の方で、現地に残られた方でわかつておる者がございます。しかし、その方々がその後ホー・チミン軍に入つたかどうか、どういう人が入つたか、あるいはその後現在どういうふうになつておるかということはわからないわけでございます。御説の通りホー・チミン軍の傘下に入つていない、南部仏印に残つておられる方というものは、外務省の方である程度わかるわけでございますが、それ以外の方がそれでは全部現在ホー・チミン軍の傘下に入つてたるかというと、必ずしもそう断言できないわけでございます。正確なことは目下のところではわからないというのが正直のところの現況でございます。
これは、ソ連の発表によりましても中共側の発表によりましても、戦犯という言葉を使つております。そういう言葉を避けまして、戦争に関連する犯罪云々という言葉を使つたわけであります。その実際がどうであるかということはわかない。ソ連の場合は千四十七名の名前だけは出席者の名簿でもたらされました。それがどこにおつて、刑期が何年、どういう訴因であるか、全然わかりません。中共の場合におきましても、ソ連から渡された九百六十九名の人たちの現在の状態あるいはその他のいわゆる向うで戦犯と言われている方々の状態はわからない、だから非常に知りたいと思つております。今度中共から四百十七名の方が帰られる。これはどうも向うで言つている戦犯に該当している人たちじやないか