そうすると今の段階ではもう少し手を打てはなあと、もっと死亡者も少なく被害も小さかったのになあと思うけれども、調査委員会でお願いしている段階であるから最終報告を見た上で今私の提案した問題に対する最終的な態度を決めたいと、そういうふうにもう少し時間かしてくれと、こういうことで受け取っていいですか。
そうすると今の段階ではもう少し手を打てはなあと、もっと死亡者も少なく被害も小さかったのになあと思うけれども、調査委員会でお願いしている段階であるから最終報告を見た上で今私の提案した問題に対する最終的な態度を決めたいと、そういうふうにもう少し時間かしてくれと、こういうことで受け取っていいですか。
だから私は、この中間報告が今大臣が答えた原因それからその対応の仕方、火災の原因と対応の仕方、これについては何といいますか、読ましてもらっているんだけれども、本当にあいまいもこになっているんですね、これ。前段で公正妥当な人選だとこう言いますから信頼はしたいと思うのでありますが、この炭労の保安報告と全然ずれ違っておる。こういう点になりますと、私はこの調査の段階で、それでは炭労の皆さん、現地の実際の保安要員、労働者の皆さん、そういう方々から直接聞いた報告書なのか、あるいは会社側だけの意見を聞いた報告書なのか若干疑問に思うんですがね。同じ現地を見て歩くのにこの炭労の現地報告と調査委員会の報告が食い違っているというのは、これはどういうことなん
だから私はそういう総体論からくるから、大臣の決意はけしからぬですよ。あなた、そんな抽象論——私は一問一答であなたに私が二月三日に出した質問のその後の経過、あのときは調査中でありますからというので私は下がりました。でももう調査は終わったんですから、例えば第一発見者から消火の指示が出るまで十五分かかっていると、第一発見者から救助隊が坑内に入るまでに何時間かかっていますか、二時間四十分から二時間五十五分かかっているんです。あの災害時、救助隊が入るのに二時間四十分から二時間五十五分もかかっておったら、それでなくても大変な事態ですから、完全に出火原因と対応策がおくれている。それが会社の保安体制でしょう。この問題は全然触れていないんじゃないです
いや、だから私は、公正妥当な人選だと言うから、広範囲に現地も調べる——時の局長は二回、三回調べると言ったんですから、中間報告と保安調査団の食い違っている点があるんですよ、大臣。私は時間があれば、この点は政府委員どうですか、この点はどうですかと七つの問題を提案したんですから、七つの問題について、この中間報告の一問一答をやりたいんですよ。ところが、時間がないから一問一答はできない。だから、内容が浮き彫りにならない。だから、私は不満であるけれども、そこを一歩下がって、この中間報告とこの三池鉱山の保安調査団の中身を専門家の方で一回チェックしてみて、そして、やっぱり食い違う点は食い違う点として、なぜこうなったのかということを含めて、やはり最終
それ以上言ってもしようがありませんから、十分各界の意見なり関係者の意見を聞くと言っているわけでありますから。十分私もこの報告書を読んでみました。石炭対策特別委員会で参考人を労使呼んで集中審議したそうでありますから、その議事録は追ってまた見せてもらって、七つの疑問についてどういう議論をされているか、また私なりに点検したいと思います。同時にまた、政府委員の方でも、私の七つの疑問についてはわかっているわけでありますから、これらの問題についても、石炭対策特別委員会の中身も含めて後ほど内容のレポートなりあるいはレクチャーをしてもらえばさらに明らかになるな、こう思うんでありまして、政府委員のこの点に関する取り組みについて考えを聞かせてもらいたい
じゃ、そういうふうにお願いします。 警察庁にお伺いしますが、警察庁はこの問題について、一月二十日、福岡県警と福岡鉱山保安監督署が一体となって、業務上過失致死罪の容疑で合同調査に入ったわけでありますが、今日段階における警察の捜査状況、それを現状だけ御報告願いたい、こう思います。
大体目安として、結論でいいんでありますが、調査を終わって、いつごろこの問題に対する断を下す見通しですか。
しかし、これはもう実際操業を開始しているんでしょう。操業を開始しているというのに、労働組合が入っているし、調査委員会も入っているし、これだけ入っておったら、なぜ警察だけがそんな時間かかるんですか。何かどこか気を使っているんですか。警察は警察として、これだけ証拠物件そろっているんですからね、もう少しやっぱりきちっとして、あと一カ月以内とか、少なくともこの最終報告が出るころには刑事責任の所在という点を明らかにして、やはり本件問題に対する国民の疑惑なり、あるいは我我の疑問にきちっと警察当局がこたえるというぐらいの姿勢を持って、最低限最終報告が出る時点をにらみ合わせながらやはり結論を急いでもらいたい、こう思いますが、どうですか。
世界に誇る日本の警察ですからね、ひとつ余りよその方に気を使わないで、まあこれ以上言ったって、あなたは立場上わかりましたとは言えないでしょうから、これ以上追及しません。そこに法務大臣もおることだからね、やっぱり天下の正義の味方ですから、やはりきちっと努力してもらいたいということを要望しておきます。 大臣、最後に沖縄の琉球セメントの関係で、本当はずっと沖縄開発庁も聞いて、最後におたくに聞けばいいんですが、前段は後でやりますから、沖縄開発庁長官に聞きますから。 琉球セメントが、海洋博の前後から沖縄に本土からセメントが入りまして、労働者の解雇あるいは一時帰休などを含めて大変な事態に琉球セメントが追い詰められているという現状にあるわけ
じゃ、琉球セメントの問題について、基本的に地元の要望などを含めながら、構造改善も含めて努力したい、内容については政府委員と一問一答やってほしい、そういうふうに受けとめていいですか。
それでは、通産省にもう一つお伺いしますが、アルコール専売事業が、そこにいらっしゃる安倍外務大臣が通産大臣当時いろいろ努力されまして、アルコール事業の専売事業部門が新エネルギー総合開発機構、NEDOに移行されてから一年有余たっておるわけでありますが、この新機構に移行した後の今日までのいろんな諸懸案並びに労使関係の申し合わせ事項、これらについて円滑に行われておるのかどうか、現時点における通産省の考え方を聞かせてもらいたいと思います。
移行のときの労使関係の申し合わせ、あるいは問題点の解決、もう具体的には言いません。それらの問題についてもほぼ協定どおり移行されているかどうか、確認を求めます。
ぜひ今後も、向こうの機構に移行した方々についてはそれなりの多少の心配もあるようでありますが、今報告された移行当時の申し合わせということをひとつ新機構も守ってもらいたいし、あるいは通産省も常にそういう点では助言、指導ということをやってもらいたいということを要請しておきます。 次に、この法改正の際に、アルコールを新エネルギーとして利用するためのバイオマス開発を十分やるようというような附帯決議ができておるわけでありますが、この附帯決議の関係が今日どうなっておるか、そして将来についてこの附帯決議のこの趣旨を生かすように新機構並びに通産省で助成されておるかどうか、この辺の事情をひとつ聞かせてもらいたい、こう思います。
時間がありませんから、この問題については、例えばミカンからアルコールをつくるとかいろんなことが言われておるわけでありますが、そういう日本の国産品ですね、あるいは国産資源を利用して新しいエネルギーを開発すること、そういうことについては、今一例を挙げられましたが、それらの問題を含めて今後さらに努力をしてもらいたいということを要望しておきます。アルコール結構です。 それからついでに、じゃ琉球セメントの問題出ましたから、セメントの関係をちょっとお伺いいたします。 それで、沖縄開発庁にお伺いしますが、昨年の九月二日、県議会の経済労働委員会で、名護市議会の陳情について議論したという新聞記事が載っておるわけでありますが、この県議会の経済労
だから、その六六%の操業を打開するために、具体的に一番近い名護市議会が請願をして議論しておるんでしょう。その議論の内容がどういう内容ですかということを聞いておるんですよ。
名護市から聞いてないなんて、あなたちゃんと新聞もあるんでしょう。私のところに、名護市の市会議員で私の友達がおるわけでありますが、こういう三つの点を軸にして今やっているから、目黒議員も頼むと私の同僚から言ってきました。 じゃ、私が申し上げます。一つには、公共工事に琉球セメントを使うことを徹底してほしい。二つ、県産品優先使用条項のうち、セメントの項に琉球セメントを指定をしてほしい。三つ、県内セメント製造業者の育成を図るため、本土大手セメント製造業に対し、県内供給量を自粛するよう行政指導をしてほしいと、これが三点じゃありませんか。 沖縄開発庁が沖縄を扱って二次振をやろうとしているときに、二次振のポイントは何でしたか、二次振の法律の
じゃ、逆に聞きます。 沖縄の今扱っているセメントの需要と供給のシェア、昭和四十五年度から五十七年度まで、どんなふうになっていますか。
沖縄開発庁ね、聞いていてくださいよ。大体昭和四十七年当時はシェアは日本セメントが一八%、小野田が二〇・二、三菱系が一・五、琉球セメントは六〇あったんですよ。その後三菱が今言った海洋博の関係で沖縄に上陸いたしまして——上陸と言っちゃ変でありますが、沖縄に上陸いたしまして、大体四十九年当時は日本セメントが下がって一八・九、小野田が一九・三、沖縄上陸した三菱がぐっと上がって二一・六、それで琉球セメントは四〇・一と、こうやられちゃって、それで今通産省からあったとおり、五十七年の百二十万トンの段階では日本セメントが二一・一、小野田が一七・二、三菱が二二・四、琉球セメントが三八・五、というふうにどんどんどんどん、日本セメントも小野田の方も苦しい
これは私は会社から、組合からも資料をもらっているんですが、会社側からの近代化あるいは合理化、構造改善、技術開発、そういうことについてはやっぱりそれなりに私は一生懸命努力していると思うのですよ、琉球セメントの皆さんも。それだけではどうにも対抗できない、やっぱり本土の大手の沖縄上陸、これにやっぱりある程度目を向けないと、沖縄の地場産業というのはやっていけないという厳しい現実については長官はどういう認識を持っていますか。私も何回か沖縄へ行っていますから、北方の一番端の鉱山も何回か私も訪れています。その鉱山を見ますと、やっぱり今大臣の育ったことは当然やっています。それだけではどうにもならぬという沖縄の苦しい現状について、所管大臣としてはどう
私の調べたところでは、沖縄に入っている大手、やっぱり前からあった日本セメントは全体の会社の生産量のうち沖縄に入れているのは二・三%ですね、会社全体の二・三%、昭和五十七年も二・四%。小野田セメントは全体の一・七%、五十七年は一・九%。海洋博で途中上陸した三菱は全体の二・五%、五十七年も二・五%。大体大手の一%から多いところで二・五%。それから琉球セメントは丸々ですね。そういう現状なんですよ。 それで私はいろんな文献を見ているうちに、いわゆる沖縄復帰前に、当時の琉球政府が琉球セメントを守るために、やはり当時の輸入二社であった浅野セメント、小野田セメントに沖縄に対する自主規制をお願いして、そして沖縄の琉球セメントが大体五〇%程度のシ