でございますから、私がそういうインフォメーションを受けました、それを一時間半ほどのインタビューの中で、いろいろ聞かれた中でそういう表現をしましたが、校正の機会もないままにそういう形で出ましたけれども、私が言わんとするところは、没になったというよりも、没になるというつまり自分の属している新聞に載り得ないような記事というものが赤旗に載るような記者という意味で言ったわけでございます。
でございますから、私がそういうインフォメーションを受けました、それを一時間半ほどのインタビューの中で、いろいろ聞かれた中でそういう表現をしましたが、校正の機会もないままにそういう形で出ましたけれども、私が言わんとするところは、没になったというよりも、没になるというつまり自分の属している新聞に載り得ないような記事というものが赤旗に載るような記者という意味で言ったわけでございます。
いま申されました以前の段階の問題が私は重要だと思います。私は、たびたび申しておりますけれども、ある記者が政治的なスタンスをちゃんと持たれるということは決してとがめておるわけでもございませんし、またそれにのっとって、自分の新聞社で没になりそうな原稿、なったかもしれない原稿というものをあるいは書き直すことで赤旗にあるいは他の政党の雑誌に投稿するということは、私は一向に犯罪的な行為だと思いません。私は、記者の社会にどういうモラルがあるかよく存じませんけれども、しかし、恐らく他の政党にも執筆されている新聞記者はおられると思いますし、それからまた現に、前にも防衛庁でオフレコの問題が赤旗に伝わりまして、それを手がかりに共産党の議員が政府を追及さ
私がそのインフォメーションなどをどういう形で聞いたかは、ここでるる申しませんが、それならばこう直させていただきます。没になった原稿あるいは没になる原稿が赤旗に載る記者が何人かいるということでございます。
ですからいま、なった原稿、なる原稿……。
私は、その言辞によって特定の方の名前を挙げておりませんし、また、環境庁の記者クラブ全体を中傷棄損したとは思いません。そういう意味で、私は、今日までそれを取り消してこないわけでございます。
しかし、調和条項を残しておっても、たとえばそのような誤解が生じたにしろ、それは行政の上ではっきり実を示していけばいいことだと私は思うのです。しかし、調和条項を削ったために、先ほども橋本局長、信澤局長からも答弁いたしましたが、とにかく生活環境の保全のために経済はもう無視していいのだ、それがもうすべてなんだという論を導き出したうらみがあるという意味で、私は新しい誤解を生じたのではないかということを言っているわけでございます。たとえばあえて名前を挙げましても、同じ環境問題の中で、埋め立てをむしろ環境のためにしてほしい、同時にそれが水産の経済性につながるという要望があり、また片方では、もうとにかくこれ以上周りの海をいじらぬでくれという陳情が
お答えいたします。 そのインタビューのときもそうでしたし、幾たびかそういう機会がありましたときに私はそのようなことを申しましたが、しかし、それには文脈の前後がございます。そして、私は閣僚に初めて就任いたしましたが、名大臣というのは、黙って盲判を押すのが名大臣であるとか、あるいは、一部環境問題について私はどうも納得のできない論調がございますけれども、それに迎合すると申しましょうか、とにかく一過性のポジションなのだから、ある意味でジャーナリスチックにもてはやされるような言動をとることで名声を確保した方がいいのではないかというような忠告もいただくこともございます。しかし、私は、環境庁の長官でありますと同時に国務大臣でもございますので、
いや、私はすべての大臣がそういうことをしていらっしゃるという意味で言ったのではございません。ただ、政治の中の消息通、何がしの方々が、黙ってとにかく判を押すのがとかく名大臣と言われているのだと。過去にそういう方がおられたかおられないかは存じませんけれども、しかし、私は、それをもって名大臣とするならば、そのような大臣になりたくないと思っておりますし、その意味で、それが名大臣と言われるならばそれはくだらぬことだという意味で申したわけでございます。
私が聞きましたところ、この件につきまして、反対の方も、棄権の方、保留の方もいらっしゃるようでございます。しかし、まあそれをもって少数意見というものがどういう形でそんたくされたか存じませんが、そういう意見が表に出ずに、記者クラブという名前で抗議文が参るということは、そういった少数意見というものをある意味ではそんたくしない姿勢ではないかと私は思います。過去にも、これは佐藤総理が会見を拒否されましたときにでさえ、記者クラブ全体がこれに向かって抗議文を出したということでも、「ボルチモア・サン」でございましたか、そういう体質に非常に問題があるという外電がございました。私は、今回の場合でも、少数意見というものがどういう形でそんたくされたか、それ
でございますから、少数意見というものをそんたくしないという姿勢には私は全体主義的な傾向があると言われても仕方がないのではないかという気がいたします。
でございますから、私は、非常に信頼すべき筋の情報に基づいて非常にはっきりした政治的なスタンスをとっている記者が何人かいると申したわけでございます。現に過去にも他の省庁でそういった形の事実がございましたことは周知のことでございますし、最近の「言論人」という新聞にもその例が出ておりました。でございますから、それによって特定の方を中傷したわけでもございませんし、またそれによって記者クラブ全体を中傷し御迷惑をかけたとは私は思わないわけで、ただ、それに該当しない方々がそれによって迷惑をこうむられたならば、それについては私は遺憾の意を表し、申しわけないという形でおわびをしたわけでございます。
でございますから、私はそういう政治的なスタンスをとっている人を特定していないわけでございます。ただそういう方が何人かいるということを申しただけで、私は新聞記者の中にもそういう政治的なスタンスをとる方がいられてもしかるべきだと思います。それについて私はとがめているわけではございませんが、そういう記者が何人かおられるということを言っただけでございまして、それによって私はどなたか特定の方を中傷したことにもならないと思いますし、また記者クラブを中傷したことにもならないと思います。
四十二年に、いろいろ論議の末に、生活環境の保全に関する条項でいわゆる経済との調和条項が入りましたことは御存じだと思います。私はそのころ国会におりませんでしたが、四十五年に参議院におりましたときにこれが与野党一致で採択されて削除されました。まあ言いわけをするわけでございませんけれども、本当に駆け出しの議員でございましたが、その後今日はからずも環境庁を預かる身になりまして、当時の社会情勢と今日の社会情勢とかなり違ってまいりましたし、公害問題そのものの性格も変わってきたと思います。そういう意味で、一たん四十二年に非常に論議を呼んで入れたものを、四十五年でいたずらな誤解を避けるためにということで佐藤元総理も答弁されていらっしゃいますが、しか
あの時期には、四日市の公害でございますとか、水俣でございますとか、非常にラジカルな恐ろしい形であらわれた公害がたくさんございました。ということで、私たちも高度成長にうつつを抜かしている中で、そういう新しい現実に当面して、まあ社会全体が一種のパニックになっておったと思います。それは否めないと思いますが、その中で、決して単にムード的とは申しませんけれども、そのパニックのもたらす非常に感情的な情念的な衝動というものがああいう論議を導いてあの条項の削除に至らしめたのではないかと私は思った次第でございます。そういうことで、魔女狩り的という表現をいたしましたが、これが適切でなければ取り消さしていただきます。ただ、私は、一回入れたものをあそこでま
私のその言動につきまして、報道しましたある種の新聞社にはすでに私から抗議をいたしました。しかし、他の大方の新聞はそれを非常に正確に報道してくださっていると思いますが、これは水俣の若い患者さんたちが上京されまして、予算委員会の間に一時間会いましたが、とても時間が足りない。また、なるたけ周囲に人のいないところでゆっくりお話をしたいということで、私は宿屋に訪ねて行きまして、いま園田官房長官にも御協力願って、この若者たちを救う財団を考えておりますが、なかなか時間がかかります。そして、ぜひそれを実現してほしいし、とにかく働きたいのに働けないと、これから人生を迎えていく人たちが働けるのに働けないということはいかにもつらいと思いますので、私もそう
その記者が参りましてその真意をただしましたので、私はいまのような説明をいたしました。そうしたら、ああ改造ということですか、自分からやめるわけじゃないんですかと言うから、そのとおりですということを申しただけでございます。
十一月にやめるであろうと、内閣改造があるであろうと言ったのは、私じゃございませんで、これは新聞でございます。私は、できる限り、いままだ未解決の問題がございますから、これに鋭意取り組むつもりでございますし、水俣の若い患者の救済の財団、あるいは検診、認定の体制もしきましたけれども、これが、滞りなく運営されるのを見届けたいと思いますし、あるいは生活環境のそれこそ保全のために、この場合にはいろいろ経済的な問題もあるかもしれませんけれども、主唱いたしました生活の快適性の問題その他やりかけた仕事がたくさんございますので、これがめどがつくまで、改造がない限り私はいまの仕事を続けたいと思っております。
お答えいたします。 四十五年にこの調和条項が削除されましたときに、私まだ参議院の駆け出しでございまして、そのときの国会会期中、どのタイミングでこれが可決されたか、私よく覚えておりませんし、多分私も事の重大さがよくわからぬままに出席していたと思います。ただ、私いまになってみますと、言葉にこだわるわけでございませんけれども、調和という言葉の中には、優先というニュアンスは全くないわけでございまして、むしろこの条項が結果として経済優先になるということを防ぐのは、行政の姿勢の中ですべきことではないかと思うわけでございます。そういう意味で、一たん非常に論議の末に四十二年に入れたものをまたここで取ったということで、先ほど申しましたが、要らざる
お答えいたします。 私は、決して環境の保全に関しましても経済が優先すべきものとは絶対に思いません。ただ、その中でOECDも言っておりますように、冷静な取捨選択というものを行うべきだということを申しておるわけでございます。これはひとつどうか御理解願いたいと思いますけれども、私は、決して環境の保全の問題においては、経済が優先してしかるべきだなどということは毛頭考えておりません。
次の通常国会に跡継ぎ法を提出すべくいま準備をしております。ただ、臨時措置法をただ恒久化するだけではなしに、新味を加えまして、たとえば、排水の総量規制あるいは規制技術がすでに開発されております燐の制限などを入れまして、他の閉鎖性水域にも範になるような恒久法をつくるつもりでおります。