前段の、あなた、やはり歴史の原理というものを全く錯覚というのか無視して、つまり、歴史というのはコンティニュイティーで流れているわけですよ。だから未来を考える。未来を考えることで、未来は将来になるわけだ、人間の意思を反映して。そのためにやはり過去というものを踏まえなかったら、あなた、未来に対する正確な予測なんか立ちませんぞ。その年に……(島委員「踏まえてはいます」と呼ぶ)それはおかしいよ。それから……(島委員「そっちがおかしい」と呼ぶ)おかしいですよ、あなた。
前段の、あなた、やはり歴史の原理というものを全く錯覚というのか無視して、つまり、歴史というのはコンティニュイティーで流れているわけですよ。だから未来を考える。未来を考えることで、未来は将来になるわけだ、人間の意思を反映して。そのためにやはり過去というものを踏まえなかったら、あなた、未来に対する正確な予測なんか立ちませんぞ。その年に……(島委員「踏まえてはいます」と呼ぶ)それはおかしいよ。それから……(島委員「そっちがおかしい」と呼ぶ)おかしいですよ、あなた。
それから、中央と地方の問題ですが、例えば、NHKは発表しなかったけれども、各知事に、もし新しいガイドラインが発効したときにはどういう条件でこれをのみますかというアンケートで、私一人だけが、私は無条件でのみます、協力します。たった一人の知事だそうです、発表されませんでしたけれども。 それは、やはり国あっての地方、国あっての国民ですから、同時に、地方あっての国という構造というものがこのごろわかってきた。というのは、何も中央集権が古くなったということじゃなくて、つまり、地方が抱えている問題は、例えば基地にしろ原発にしろ、国家の命運を左右する大きな大きな、フェータルな問題があるわけですので、それに対する地方の意思というものをそんたくしな
去年、地方分権一括法なるものができた。大変格好いいのですけれども、五カ条の御誓文みたいに、五カ条の御誓文は内容があったけれども、つまり実質のない法律でして、どんな行政だって財政が伴うわけで、それを保障する財源、税源の分与というものが中長期でしょう。国会の中期、長期というのは、私も長くいたからわかるけれども、あなたがやめるころまでそれが続いているかわからないよ、これは本当に。そんなものをつくられたってちっともありがたくない。ですから、私は外形標準なんかもやったんですけれども、今度も、国の税調なんて当てにならないから、東京都の税調をつくって、与党の税調にも働きかけて、地方分権一括法でない内容というものを地方の限りでつくっていかなくてはい
御同感ですね。きょうそちらにおいでの中曽根先生に私は誘惑されまして、物書きのころに生まれて初めて政談演説を、中曽根さんがかつて唱えていらした、首相は国民投票で選ぼうというキャンペーンで、高崎まで行ってやったことがあるのですけれども、私は、やはりその方が、時間的、空間的に日本が狭くなってきているときに、国民のコミットメントの意識を育てると思います。 中曽根さん御当人がそういう主張をかねてからしていらしたから、中曽根さんの総理大臣というのはまさに大統領的だったです。私の選挙区でしたけれども、大島が爆発したときに、中曽根さんは一晩で決めて、とにかく全部エクソダスして出てこいと。あれは私に言わせると内閣法違反ですよ。超法規ですよ。ですけ
ごくごく私ごとでありますから、いずれにしろ昔の名前で出ていますから、よろしくお願いいたします。
私は、中江兆民のその文章を読んだことがないんで、あなたのおっしゃることに正確な認識を持ち得ないと思うんですけれども、決して私は、有色人種の中で唯一強大な軍事産業国家たり得た日本の政治的な意味合いがすべて一〇〇%ポジティブなものとは思いません。 現に、日露戦争に日本が奇跡的な勝利を上げた後何が起こったかというと、白人の植民地進出は限界にも来ていたんでしょう、そこでぱたっととまるわけですね。強いて言うと、ムソリーニが、ファシズムがイタリアを統治して、その後は売名的にエチオピアを併合したぐらいで、あんなところは資源も何もないところですから一種のパフォーマンスだったんでしょう。しかし、かわって日本は、ミイラ取りがミイラになって植民地経営
私が参議院にいたころは、参議院は衆議院のカーボンコピーだと言われましたが、今はむしろ非常にその役割というものを発揮してきて、チェック・アンド・バランスというのでしょうか、その存在感が出てきたんじゃないのでしょうか。 私は、いろいろ不満もうっくつしたものもありましたが、六年間ですが、あそこにいていろいろな勉強もできたし、そういう意味では、今振り返ってもとてもその時代が懐かしいのですが、今ある参議院というのはとてもアクティブで、二院制の意味というのはやはりあったのだなという感じを今得ております。
私は、全国区の参議院をやったのは非常によかったと思うのです。これが最初、憲法で決められたとき、こんな社会で全国を走り回って、もうへとへとになるぞという反対論があったけれども、結局かつての形になる。私が立候補したときには、ジェット機も飛び、新幹線の一部も走っていました。なお世の中が進んだ今、極端な話、稚内で演説して次の日に鹿児島へ行くことだって簡単にできるわけですね。私は、全国区の参議院で、非常にシェマーティッシュに、鳥瞰的に、バーズビューで日本を眺められたというのはとてもよかった、いい体験をしたと思うのです。私は、むしろ衆議院も、定数も減らしたらいいと思うけれども、その半分ぐらいは全国区にしたらいいと思うのですよ。 ですから、私
それは、最初に申し上げたように、平和憲法という名前に変わった時点から、憲法というのが非常に理念的なものにとられ、つまり平和という理念の象徴のような存在になってしまったことで、非常に膠着した状況が現出してしまったんじゃないでしょうか。 繰り返して申しますが、司馬遼太郎さんが言ったように、観念の権化になってしまったものだから、日本人は観念が好きですから、現実よりも現実性があるような錯覚で、一種の聖域化してしまったという気がいたします。
全くおっしゃるとおりですね。 私は、歴史は、自分が生きている時代から遡行して、お父さん、お母さんのころ、じいさん、ばあさんのころ、ひいじいさん、ひいばあさんのころの歴史から逆にさかのぼっていった方が、子供たちにも強い関心の対象になり得ると思うのです。古代から始まって、江戸で途中で終わってしまったみたいなのが大体日本の歴史教育の通例だけれども、現代史、近代史から中世へさかのぼっていく、そういう叙述というのでしょうか、そういう歴史の教育の方法というものがあってしかるべきだと思います。
お言葉をちょっと返すようですけれども、前段のあれですが、日本がやった戦争だけがひどいんじゃない。戦争というのはみんなひどいもので、だれも望まない。しかし、依然として起こる。それを、日本は日本の立場で、この地政学的な条件の中で、まず日本のため、そして隣人のために、どうやって平和を実現していくか、その手だての問題というのはいろいろ論もあるでしょう。 いずれにしろ、私は、だれしもが平和を希求していると思うし、その維持のために努力をすべきだと思っております。アジアもまた、やはり私たちの力の及ぶところには相互に力をかし合って、平和というものを維持していきたいと思うけれども、片っ方にはとんでもない、時代錯誤と私はあえて言うけれども、帝国主義
都政と国の防衛力というのは、かかわりはありますけれども、直接結びついた問題じゃありませんが、必要とされれば、私は自分の所信をはばかることなくいつでも述べます。それをまた都知事としての判断として都民が評価されたらいい。 ただ、私は、今の憲法九条は、逆さに読んだって、横に読んだって、日本の言語能力、普通の日本人が読んだら違反ですよ。(山口(富)委員「それは自衛隊ですか」と呼ぶ)自衛隊は違反ですよ。だから、ただし自衛のための戦力はこれを保有すると三項で入れたらいいということをかねがね言ってきたわけですよ。 さっきも、自民党が野党になってあっぷあっぷしているときには、何か指針をつくってくれというので、私が仲間と一緒にやりました。その
ちょっと一言だけ、会長。 それは、あなたのおっしゃることはわかります。世界で日本の理念を称賛する一部の人はいるでしょう。では、どこの国が日本に続いて自分の国の戦力を放棄しますか。その国があらわれてきてくれるのなら、私はいささか世界を見直すけれども。日本の九条を礼賛しても、では、どの国が日本に倣って自分の自衛力というものを放棄しますかね。そんなところはないね。あり得ないですね。
その前に申し上げますが、ちょっとあなたの解釈が違うんでね。 私は、日本の現実の混迷のすべての原因が現行憲法にあるとは言っていません。ただ、日本が自己決定ができない、トインビーが言ったみたいに、その能力を欠いているがために国家が崩壊しかねない、そういう危機に来ているということの、その大きな潜在的な引き金というのはやはり憲法に象徴される、あると私は思います。 それから、天皇の勅語というのでしょうか、私も、昔のことでそれをつまびらかにしないし、言われてみて、なるほどそういうことがあったかと思うかもしれませんが、しかし、あの勅語が発せられたときもまた、日本の立場というのは、敗戦直後のシチュエーションでありまして、現実と大分違っている
私は、日本で徴兵する必要はないと思います。 それから、尖閣諸島にしろ竹島にしろ、これは違った形の紛争ですけれども、それを解決するために私はじかに武力を持ち出すのは愚の骨頂だと思います。しかし、武力があるんだかないんだかわからない、自分の国土を自分の責任で守るという意思表示がどうもあいまいでわからない国家というのは、領土に関しても言いたいことを言われて、今中国の人たちが何を言っているか、日本はやわらかい土だ、泥みたいなもので、手でも掘れる、幾らでも物がとれると言っていますよ。 私は、そういう日本の風土というものを造成するのに非常に悪い意味でマイナスの効果があった憲法を考え直せということを言っているわけで、また、そこから派生して
それは、どんと基本法としてあるものですから、みんなが精通しているはずのものだけれども、しかし、日本に限らず、どこの国の国民だって、自分の国の憲法を精査して読んだ人はいないと思うし、大体、経済人だって読んじゃいないんだ、偉そうなことを言うけれども。 それで、例えばちょっと話が違いますが、安保の問題なんかだって、わけのわからぬことを言うから、あなた、安保読んだことあるんですか、こうこうこういう文言しかないのですよと言ったら、はあ、初めて知りましたという話で、憲法の是非を云々するにしても、学生のときに憲法をさっと読んだ人はあるだろうけれども、その後、法律の専門家じゃない限り、憲法をあえて読む人もいないだろうし、子供たちにどういうふうな
そうですね。やはり歴史的な正統性があるかどうかということをもう一回歴史の中でとらえ直して、歴史的な正統性というのは、つまりあの時点での日本人の意思がどれだけそんたくされたかという、立案からですよ、私はやはりそういうことを自分で問い直してみる必要があるんじゃないかと思います。
確かに、政治の大眼目というのは、どの国でも国民の生命財産の保持ということで、その財産の中には国土も入るわけです。日本人は、アメリカに対する一種の信仰が普遍してしまって、すべて最後はアメリカが解決してくれるというような変な妄想みたいなものが定着してしまった。その限りにおいて、つまり、国土に対して執着がないとか関心がないんじゃなしに、その問題も含めて他力本願になり過ぎているんじゃないでしょうか。
私は、日本はいろいろな力を持っていると思いますね。それは、国の財政が疲弊していても、日本全体、国民が持っている金融資産は世界にフローしているものの三分の一強あるわけですし、技術だって日本人が関心ないだけで、ヒトゲノムなんて最初の読み取りをやったのは日本人でしょう。それから、ITのシステムの、全部とは言わないけれども、最初の、半分に近いものは、日本人が考えたのはみんな外国がピックアップする、関心を持っている。 この間も、アメリカの国防総省の次官補代理か何かがヘッドになったリサーチのチームが日本に来て何を調べていったかといったら、デュアルユーステクノロジー、つまり、民間の製品に使われている技術だけれども、うまくやったらアメリカの国際
石原でございます。 きょうは、お招きをいただきましてありがとうございました。 意見の陳述の前に、実は先般、東京都から公式に文書で、当委員会が扱っている問題の中の非常に重要な首都というものの概念規定について承りたいというお願いをしましたが、何か事前にそれを通告すると誤解を生ずるおそれがあるというわけのわからぬ返事をいただきまして、いまだに承知しておりませんが、これは無理なんですかね。