では、そういった事実が実際にあったとすれば、外務省が知らぬところでこれが了解されていたということになるわけでありますが、いずれにしても、六七年にLT貿易が一方的に中国側によって破棄されまして、これによってLT体制下の記者交換メモも破棄されたと考えざるを得ないわけですが、六七年のLT貿易の破棄に際して、LT体制下の記者交換メモが破棄されたかいなかということについて、外務省は何かお聞きになっていましたでしょうか。
では、そういった事実が実際にあったとすれば、外務省が知らぬところでこれが了解されていたということになるわけでありますが、いずれにしても、六七年にLT貿易が一方的に中国側によって破棄されまして、これによってLT体制下の記者交換メモも破棄されたと考えざるを得ないわけですが、六七年のLT貿易の破棄に際して、LT体制下の記者交換メモが破棄されたかいなかということについて、外務省は何かお聞きになっていましたでしょうか。
まあその新聞協会も、LT貿易が破棄されたその時点で、一体、記者交換の条件、体制がどうなったのかということを確かめるべきだったと思いますし、その反省は新聞協会内にもあるようでありますが、いずれにしても、六四年に松村謙三氏が訪中されるときに、当時の曽野情報文化局長が新聞協会の幹部に、当時の大平外務大臣が松村氏に伝えた記者交換条件に対する外務省の意向を、その要旨を説明されて、それが文書になっていたそうでありますけれども、それには、政治的治動は行なわないと、八名のワク、そしてあくまでも新聞協会がこの交渉にすべて通じていなければ、つまり、協会が知った上で行なわれたものでなければ、未承認国である中国との記者交換は外務省は認められないという意向で
それは外務省が望むところであったのでしょうか、それとも、外務省にとって好ましからざるつまり新聞協会の位置であったんでしょうか。
その外務省のいわば非公式の意向というものは、今日でも続いているのでしょうか、それとも、途中で何らかの変化がありましたでしょうか、その点についてお聞きしたいと思います。
その結果、新聞協会は、桐の間の例の秘密会談で覚え書き貿易のコミュニケの発表と同時に非常に態様を変えた記者交換の条件についてがく然としたわけですけれども、とにかくそれはわれわれの関知しないところで、あくまで九社九名のワクで行くのだ、三原則の規制はないのだという姿勢を通すと言っているわけです。これは、言ってみれば、現実の状況と全く違った一種のフィクションでしかないわけでありまして、そういったフィクションというものを前提にして話をすれば、物事は一向に進みませんし、ますます現実の報道の態様というものは食い違ってくると思いますが、いずれにしても、現在、新聞協会が強く望んだ九名のワクというものは一方的にとにかく四名に減らされた。同時に、共同通信
デリケートな問題について非常にデリケートなお答えを私なりにパラフレーズいたしますと、おっしゃるとおりだと思いますが、非常に大事な問題だけに、私たちはコンセンサスを取りつけて、これを外交問題として処理していく必要がある。その正当なコンセンサスをつくっていくためにも、報道というものは、この問題に関して、公正で自由な報道というものをしていかない限り、国民の健全なコンセンサスの取りつけようがないと私は思います。 もう一つ外務省にお聞きしますけれども、六八年の覚え書き貿易のコミュニケの際に、古井、田川両氏に非公式にでも、記者交換の条件の変化の有無について、外務省としてはただされましたかどうか。また、ただすべきだったと思います。つまり、六四
記者の数のワクが九名から四名にこの六八年のコミュニケの時点で削減されたということは、お聞きになりましたか。
お聞きになりましたか。
それなら、そういう大事な問題を何で外務省というものは公表されなかったのか。また、その問題について疑う人間がいなかったので、外務省にそれをただす機関がなかったのかもしれませんけれども、いずれにしても、六四年のLT体制の記者交換の条件は変わってきているわけです。これに対して外務省が不満か不満ではないか、満足しているかどうか知りません、明らかに新聞協会は不満なわけですね。非常に強い不満を持っている。これは非常にデリケートな問題が発生してくるわけですけれども、未承認国である中国との記者交換の中国記者の保証人は新聞協会になっている。そしてこの新聞協会が六四年の時点で、新聞協会にとって望ましい、満足のいく状況で記者を交換する限り外務省は認めよう
法務大臣がいま個人的な見解として申されましたが、これは、やはり政治家である前に、一人の日本人として、日本の新聞を読む人間として、当然な見解だと思うのです。私たちは、やはりこれを是正する努力をする必要があるし、今日の日本の新聞が置かれている非常にデリケートな状況からいって、多分、私の今日の質問はおそらく黙殺されるかもしれませんけれども、しかし、いかにそういった手段がとられようと、やがて国民はこれを知るでしょう、また知らなきゃいけない。また政治家はこれを国民に知らせ、国民の知る権利に私たちが満足を与える努力をすべきだと思いますし、同時にまた、第一線で活躍しておられる報道の諸君も、そういった姿勢でやはりこの状況の改正というものに努力すべき
玉置議員の御質問に関連して、質問を二、三させていただきます。 日本の国民大衆は、何ものにも片寄らぬ自由で公正な報道のもとに、中国を知り、中国を考え、中国に関するさまざまな感情と意思を持つ権利があると思います。この自由と権利はいかなる外交交渉の犠牲にもなるべきものでないと私は思いますが、衛藤論文にもあるように——私は、実は丸の内のコレスポンデンス・クラブのメンバーで、あそこで外国人記者と日中問題について話をしますと、日本と外国の新聞の報道のギャップをそのたびに感じております。このたびの衛藤論文並びに三好論文を見まして、すでに幾つかの調査や事情聴取の結果、どうやらそれが事実と判断せざるを得ない状態でありますが、これは必要とあらば、も
私は、日本と中国の真の親善あるいは国交回復は、あくまでも公正な、そして自由な報道の上に成り立つべきものだと思いますが、そのためには、この二人の自民党議員が、新聞協会にも無断で、まして国民大衆にも無断でとり行なってきた日本と中国の記者交換の条件、つまり秘密協定なるものは、これが明るみに出た限り、あくまでも白紙還元さるべきものであると私は思いますけれども、この点いかがでしょうか。 ちなみに申し上げますが、在日中国人記者の保証人は日本の新聞協会であります。この協会が、日中交換の非常にゆがめられた条件に不服で、つまり白紙還元するということで保証人を取り消すならば、中国の記者は向こうにお帰りにならなくちゃいけないということになるのじゃない
私は、自由民主党を代表し、さきに行なわれた米中首脳会談とその共同声明に関する諸問題について、総理並びに関係閣僚に質問いたします。 先年、中国において人民大会代表にあらかじめ配られた新憲法の草案の中で、前代未聞にも、毛沢東主席に次いでその後継者としてのナンバーツウの地位をうたわれていた林彪元帥以下十数人、いやあるいは数十人の将軍たちの粛清の代償において行なわれ得た米中会談という画期的な国際政治劇を、私もまた、世界の緊張緩和に大きな効果をもたらすべき試みとして注目してきました。しかし、会談後に発表された共同声明は、捕虜の釈放、凍結財産の解除、常駐代表の設置といった予測事項も含まれず、総括的に見て、予測を下回るものでしかなく、緊張緩和
私、いささかやぼかもしれませんけれども、中国問題に関して非常に基本的で抽象的なことをあえてお尋ねしたいと思うんです。これはむしろ質問というよりも、ある意味で陳情の形をとるかもしれませんが、私がこうした質問を、名前をあげて恐縮ですけれども、前愛知外務大臣や木村外相代理にしなかったわけ、あえてきょう福田外務大臣にこういうことを申し上げるわけは、やはりこれからのこの次の時代に首相として一番強いポテンシャルを持っていらっしゃる外務大臣が中国の問題に対してどういう言動をとられるか、どういう自覚を持っていらっしゃるかということによって私たちこの日本という国家社会の命運の、全部とは申しませんけれども、非常に多くの部分が、好むと好まざるとにかかわら
そうしますと、政府がいま考えていらっしゃる逆重要事項というものは、先ほど私がるる申し上げました、日本人のすべてとは申しませんが、非常に多数の日本人が持っている、ある意味でアンビバレントな中国問題や中国に対する心理と申しますか考え方というものに立脚した案と解釈してよろしゅうございますか。
まあ外務大臣は経済、財政のエキスパートでいらっしゃいますけれども、何も中国問題を踏まえただけではなしに、時期的にも、日本という国家社会が経済国家としてこれから国際社会の中に繁栄していくために経済国家としての性格というものの変更を余儀なくされざるを得ない。そういう修正の時期に来ているんじゃないかという気がいたしますが、非常に抽象的な質問になりますけれども、その「修正」というものをお考えならば、その考え方の基底の中に、中国との関係、つまり中国との何らかの影響関係といったものを想定されますでしょうか。
いまのおことばが、最近日本にしょうけつ(猖獗)しているやや根拠を欠いた過剰な中国に対する贖罪意識とかかわりないことを期待いたしますけれども、そこで、もう一つお尋ねしたいんですが、端的に言って、日本の財界の考えている中国問題における国益と、政府が、経済を含めて総括的に政治という視点でとらえている中国問題における国益とは、ある場合には当然違い得る、そこに差があり得ると考えてよろしいですか。
それともう一つ、当然わが国とアメリカとの中国問題における国益の考え方というのは違ってくると思います。それはもう説明するまでもなく、台湾に対する配慮あるいは中共の核戦略に対する畏怖心といったものの違いから見ても、中国問題における両国の国益は違ってくると思いますが、この間ニクソン大統領が北京訪問を約束して非常にそれが大きな衝撃を与えたわけでありますけれども、ジャーナリズムは、たいへんわれわれはおくれをとったとか、ニクソン大統領の前に佐藤総理大臣が北京を訪問すべきであるとか、日ごろ日本の外交がアメリカ一辺倒であることを非難しているジャーナリズムにしてはいささかおかしな話で、つまり、ニクソンに先んじて日本が対米追随の外交姿勢をとれというよう
ニクソンのあの声明のあと、アメリカでも非常にニクソンのそういった行動に不安が抱かれて、米中関係よりも日米関係というものを再確認するほうが必要であるという論調が強いようですけれども、この際、いま申しましたことの繰り返しでありますが、われわれが北京を訪問する、どうも佐藤総理が行くと言っても向こうが呼んでくれそうもないんで、ニクソンをして日本のために働かしむべく、これの日本側の原則というものをニクソンの北京訪問の前にやはりニクソンに確認させる、アメリカに確認させるという形で、もう時期としても、日本側の国益を踏まえた原則というものを国の内外に明示するその心がまえを持っていただきたい。それがこの中国問題に対する日本人の不安、迷いというものをあ
中国問題については、いままでずいぶんいろいろな質問が繰り返し出まして、前外務大臣はこれをいみじくも愚問愚答の繰り返しと喝破されましたが、おりしもニクソンの北京訪問がきまりました新しい時局でもありますので、いささかオーバーラップするかもしれませんが、二、三政府の基本的な見解についてお尋ねしたいと思います。 日本の外交に関して外務省が米国との一体感をいかほど強くしておられましても、中国問題に関します日本とアメリカの国益というものはおのずと違ってくると思います。ということは、この問題に日本側あるいはアメリカ側からつけるべき条件や解決の原則というものが違ってくるべきだと思いますが、いずれにしても中国問題の解決の方法、方式が必ずしも日本と