歳入歳出の中にあることを書いたというのなら、歳入歳出のどこに資金というものがありますか、それを聞きたい。私の持っている政府からもらった歳入歳出予定科目表というものには、資金ということは一字も書いてないように思います。ここに書いてあることを書いたというが、書いてありゃしないじゃないですか。
歳入歳出の中にあることを書いたというのなら、歳入歳出のどこに資金というものがありますか、それを聞きたい。私の持っている政府からもらった歳入歳出予定科目表というものには、資金ということは一字も書いてないように思います。ここに書いてあることを書いたというが、書いてありゃしないじゃないですか。
損益計算書に現われておれば、私は文句を言いません。損益計算書に現われていないから文句を言うのです。
損益でない、こういうのですか。私の聞いておるのは、インドネシアの債権を放棄することによって、特別会計に赤字が出た、損が出た、そうしてそれを処理する、そして資金を落すことによってこれを処理するという、これは法律であろう。ところが、その経過を、なぜ国会に提出される損益計算書に明らかにされないのか、こういうことを聞いておる。それが必要がないといったら、損益計算書なんか何のために出すのです。その外国為替特別会計の一切の経理によって生じる損益、資産の動き、それが現われてこなければ意味をなしません。それを出さぬ。一部を隠して、何か都合がいいのか悪いのか知らぬが、それだけを取り出して出すというような、そんな勝手なやり方が国会に対して許されますか。
私の聞いておるのは、そんなことじゃない。そんなことは、私は失礼ですが、もうよく知っておるわけなんです。あなた方が再々説明になるから、一つ事を、聞きもしないことまで御説明になるからよくわかった。なるほど特別会計法にいう歳入歳出には、基金の動きを歳入歳出に表わせということは書いてないと思うのです。私は、そのことを問題にしておるのじゃない。歳入歳出に現われないということを問題にしておるのではなくて、特別会計が資金を持っていろいろ仕事をする、そうして、そこに経理的ないろんな問題が起ってくる、それを一切記帳していかなければならぬはずだ。その記帳の経過が、ここに提出されておる付属書類にないのはどういうわけか、一部を除いておるのはどういうわけか、
これを通じて表わさない積極的な理由がどこにあるかということを、聞いておる。それは、そのためにわざわざこの法律を作ったわけなんです。そんなむちゃなことをしなければならない理由がどこにあるのかということを聞いておるのです。
午前中の私の質問に対する政府の御答弁は、なかなか納得ができなかったのですが、あとで非公式に主計局の次長さんから、一応の御趣旨の説明を受けましたが、私個人で聞いただけですから、またその御説明に私は納得したわけでもないのですから、もう一度ここで正式に御説明願いたいと思います。
私の誤解かもしれませんが、御説明の趣旨は、この特別会計法の十二条の「左の書類を添附しなければならない」としてあげてある、その「添附書類」というのは、七条または九条に基く関係のもののみがあげられるのである、従って損益計算書も、七条にある売買に伴う損益、そういうことしかないわけだから、損益計算書にはそういうものは載っていない、こういう御説明と理解してよろしゅうございますか。
どうもよくわからないのですが、私が聞いておるのは、この政府が御提出になった添付書類の損益計算書に、そうしたものがない、さっきの債権の棒引きによる損失の計上がないということを、実は問題にしておるわけであります。それを載せていないのは、この添付書類の損益計算書というものは、九条あるいは七条の関係のことに限定される損益計算書だ、従って載らないんだという御説明かと今聞いたわけですが、そうではないのですか、どうなのです。
この損益計算書に、七条あるいは九条の関係しか載せないという理由は、どういうわけなのですか。それをあえて聞くのは、常識的に考えると、これも私の変な常識かもしれませんが、この特別会計が一つの経済行為をしておる、事業行為をしておる、その事業全体の損益なり、あるいはいろいろな結果なりを表わすのが損益計算書及び貸借対照表ではないか、こう私は理解しておったわけです。ところが、ただいまの御説明だと、この十二条に添付しなければならぬ、こう書き上げてある貸借対照表並びに損益計算書は、特別会計の予算に関連するもののみである。それで、損益計算書にインドネシアの債権の棒引きによる損失というものを載せないのは、それは予算に関係がないことだ、それで載せないのだ
そういたしますと、添付書類としてお出しになった損益計算書は、なるほど運用収入関係、あるいは売買差益、あるいは雑収入、つまり二項の一号の歳入歳出予定計算書に関連したものしか書いてありません。しかしながら、予定貸借表には、そんならどういうわけで歳入歳出に関係しない資 金であるとか、借入金であるとか、あるいは円積立金であるとかなんとかいうものを参考書類としてお出しになるか。これは、予算書には関係のないことと思う。この分は、関係のないものを書いて出す、損益計算書だけは、関係のないものは出しませんというのは首尾一貫しない。
それなら、損益計算書を、それに限定してそれのみをお出しになったか。広く外国為替特別会計全般の損益の動きを損益計算書としてお出しにならないのか、その中の一部分だけを——なるほど法律にそのことだけしかないかもしれません。しかし、事業会計の動きを国民に知らせることは、政府の義務だと思うのです。貸借対照表の方は、一般的に結論が全部わかるようになっておる。ところが、その結論に到達する道程においては、ただ予算関係の分だけしか抜いて出さないということでは結論というものがどの程度のものであるかわからないわけであります。やはりその結論に到達する、貸借対照表に到達する道程を、全部お出しになる方が正当ではないか。一部分だけ抜き出して——法律には、それはそ
どうも政務次官、もう少し常識を働かしていただきたいと思うのですが、法律によってこの通りに作った、こういうことなんです。しかし、今申し上げましたように、貸借対照表は、何も予算関係に明記されておることがそのまま出ておるわけではありません。広く外国為替特別会計全般の収支の結論、結果というものが表わされておる。法律にそれを表わせと書いてあるわけじゃないのです。ただ、外国為替特別会計が一年間にやった結果はどういう結論を生んだかということを明らかにするのが貸借対照表である。それを、法律にその通りにやれとは書いてない。ないが、御親切にお出しになっておる。その御親切は大へんけっこうです。ついでに損益計算書関係においても、その御親切をなぜお出しになら
決して貸借対照表だけで一目瞭然ではありません。これで一目瞭然で全部済むなら、一般の会社なんかにも、損益計算書を出せとか、まだまだ大へんやかましいものをたくさんお出させになるが、貸借対照表で一目瞭然でケリがっくものなら、貸借対照表だけを一本、一般の会社なんかも税務署ヘ出せばいいはずで、それで片づかぬから、いろいろなものを出さしておられるわけなんです。とにかく大蔵省というか、政府の方針というものが首尾一貫しないという点を、私は問題にしておる。どうですか、政務次官、この法律自体から直接生まれるいろいろな問題は別として、一つ首尾一貫した方法をとるなり、あるいは事業会計である特別会計については、共通の財務準則でも作って、もっと明らかにさせると
どうも坊政務次官の答弁は非常に消極的で、不満足に考えるわけです。事務当局はこういうことをいつもおやりになっておって、これではいかぬとお考えになったことはありませんか。私は、この関連で他の特別会計のいろいろなやり方を調べてみましたが、実にまちまちなんですね。どこに統一した方針があるのか、さっぱりわからない。こんなことでは困ると思うのです。事務当局としての御判断はどうですか。これを改める、何らか統一した方法を作るというお考えはありませんか。
この問題は、特別会計法全体に対する問題としてよく御考慮願いたいとしてさらに次に問題を進めていきたいと思います。 このインドネシアのいわゆる焦げつき債権は、一体どういうわけで切り捨てたのですか。この前の平岡君の質問に対する大蔵大臣の御答弁も、前後不明確な点が非常にあったわけであります。そこで、いろはからもう一度お尋ねしますが、どういうわけでインドネシアの債権を切り捨てられたのか。これは、経済的に取れない債権だという説明が大蔵大臣からあったわけですが、その取れないという意味は、日本が賠償を十分に払い得ない事情として、平和条約に書いてある、日本が「存立可能な経済を維持すべきものとすれば、」日本の資源は、この債務を履行するためには十分で
そうすると、これは取れない債権というよりも、そういう性質もあるが、それよりも政治的な配慮からこれを放棄した、ウェートはむしろ政治的な判断にあるというわけですか。
外務省の方に、あの放棄のときの状況をお尋ねしますが、この議定書をお作りになったのは、平和条約の相談ができて、結ばれて、平和条約がこれでできましたという最後のカクテル・パーティか何かおやりになって、おめでとうございますでごあいさつがあって、それで、一つこの焦げつき債権を取り消しましょうというような順序を踏んで取り消しの議定書が生まれたわけですか、日にちはたまたま同じですが、時間的には、これはどうなんです。——それでは、その経過は後日に譲りますが、その経過のどうも合点がいかぬのは、日本は賠償として二億二千三百八万ドル支払うことになったんですね。ところがこの二億二千三百八万ドルというものは、賠償としては十分な金額ではないということが平和条
しかし、日本は払いたいが、二億二千三百八万ドルしか払う余裕がない、これでいいというわけではないのです、もっと払いたいが、日本には払う余裕がない、こういっておいて、一億七千七百万ドル近いものをすぐ棒引きにすることは、大へん気前のいい話です。もう余裕がなくて、これだけしか払うことができません、それも、年賦償還でお願いしますといってお願いしておいて、相手は喜ぶことかもしれませんが、それだけの膨大な債権を平然として棒引きにする。余裕があるとすれば、前の賠償額というものがどうもまだ少なかったということにならざるを得ない。むしろ順序は、まず債権に当る一億七千七百万ドルは、これは賠償として放棄してしまって、もっと払いたいというので、残りを十一年賦
これは、何も放棄しなくても、アルゼンチンなんかは十年賦ですか、そういうやり方もしておる。それは債権棒引きという形で賠償として放棄しなくても、それに相当な金か資本財か何かを払って、そうして、一方で債権の方は払ってもらう、そういうことをとったって何も不思議はないわけです。なぜこれだけあとでぽんと放棄しておいて、そうして、これは賠償には関係ございませんという答弁をなさるのか。インドネシアをごまかすのか、日本国民をごまかすのか、またよその国民をごまかすのか、何かごまかしで賠償と債権の棒引きとが行われておるように考えられる。もっとわかりいい説明をしていただきたい。
今までのことはわからないことばかりでありまして、これはあとに譲ることにいたしまして、まず一億七千六百九十一万三千九百五十八ドル四十一セントという焦げつき債権が出てきた経過、これは、大蔵省にわかると思うのです。予算委員会での石原さんの御説明によると、二十七年の六月末には、占領軍時代だったと思うのですが、旧勘定から六千万ドル、二十八年にそれに追加するのが千二百二十三万六千ドル、二十九年に九千八万一千ドル、三十年に千四百九十三万八千ドル、そうして最後に清算した結果が一億七千六百九十一万何ぼという焦げつき債権になったという御説明なんですが、オープン勘定の協定によりますと、毎年六月末に清算することになっておるわけなんですね。そうして残高二千万