基本的には、ああいう研究開発ということの基本的な性格を、地元の皆様方に日ごろよく御理解を願っておくということ、そしてでき得べくんば気持ちの交流といったものがあるべきであった、そういうものが欠けていたというのが基本的な原因であるというふうに現在考えております。
基本的には、ああいう研究開発ということの基本的な性格を、地元の皆様方に日ごろよく御理解を願っておくということ、そしてでき得べくんば気持ちの交流といったものがあるべきであった、そういうものが欠けていたというのが基本的な原因であるというふうに現在考えております。
出力上昇試験に立つ前の漁民の六項目の御決議は承知しております。そういう下敷きがあったからこそ、いわゆる四者協定にその実態が結びついていったのであろうというふうに理解をしております。
まず、私どもの説明が不十分であったのではないかということについては、そういうことはございません。 なお、冒頭、長官の御人格に関する御発言も、ございましたが、仮にわれわれが不十分なあるいは不正確な御説明を申し上げたにしても、それが通る方ではございません。それだけまず申し上げたいと存じます。 適地であるかということについては、まず第一に挙げたいのは歴史的な事実でございます。一度母港としてお願いしたことがあるという点が第一でございます。もちろんそれについては四者協定の存在が大きくのしかかっていると申しますか、また別に大きな存在としてあるということも事実でございます。一般論になりますが、まず気象あるいは海象等の自然条件、あるいは水深
いろいろ御指摘があったわけでございますが、そういう漁民の方々の御心配が、あるいは出力上昇試験以降は排水を湾内に排出しないでもらいたいといったようなことで、当時いろいろなお約束が交わされたわけでございます。 私どもは、もし再びお願いできるものであるならば、そういう過去のお約束は何とか技術的には守っていきたい、そういうことによってああいう閉鎖性水域における危険度ということは避け得るのではないかというふうに考えているわけでございます。 たびたび長官につらい御答弁をお願いして申しわけなくないかという点については、まことに申しわけないと思っております。
いまほどの野村理事長の御説明を若干補足させていただきますが、五十三年七月二十一日に五者協定が締結されたわけでございます。同年の八月三十一日に原船事業団が新定係港選定方針を取りまとめております。その前に、約四十カ所ほどの机上調査を行ったわけでありますが、それに新たに二十地点ばかりを加えまして、六十地点について再び机上調査を行いました。その結果をまとめまして、約五地点の候補地を選定したわけでございます。これが五十四年の三月でございます。以降、この五地点につきまして現地調査あるいは地元の方々との若干の折衝を行ったわけでございます。いずれもいろいろ大きな難点があるという状態が続きまして、その段階で、大湊港に再びお願いできないものであろうかと
直接の地元の地点でございますので、この際、五地点を申し上げることは御容赦賜りたいと存じます。
主として自然条件と申しますか、港湾あるいは岸壁等の困難さということが主な点であったと理解しております。
そこまで数字を正確に把握しておりません。
全く新たな地点についての御相談はしておりません。
日立造船の木下社長の発言でございますが、いろいろ発言しておられますが、関先生の御指摘の点は、官、学、民の協力体制の問題点、あるいは社会党案についての御質問について発言しておられます。それからさらに、「むつ」の今後の投資について関先生の、「むつ」を三百億円以上の金をかけて直すより新しい研究をじっくりやる方がいいんじゃないかという御指摘に対して、その意見には共鳴は感ずるが、しかし新しい炉をつくる場合にも、「むつ」の経験は少しでも取り入れるべきである、こういう御発言をなさっておられます。
母港の選定につきましては、昭和四十九年以来いろいろ歴代先輩、役所といたしまして苦労してきたことでございます。そして現在の結論が、でき得べくんば大湊にもう一度お願いしたいというのが願いでございまして、その実現のために、ただいま長官からもお答えいたしました精神を体して全力を尽くしてまいりたいと考えております。
お答え申し上げます。 現行の日本原子力船開発事業団法は、去る昭和五十二年の第八十二回国会におきまして、同事業団法改正のための政府原案が一部修正されまして、本年十一月三十日までに廃止するものとして議決されたものでございます。この修正の趣旨は、日本原子力船開発事業団が原子力船についての研究開発機関に移行するための必要な措置として同事業団法の廃止するものとされる期限を本年十一月三十日まで延長するというものでございました。 そして、私どもといたしましては、以上のような国会におきます同事業団法改正法案の修正の趣旨を踏まえまして、かつ最近におきまする世界の原子力船研究開発を取り巻く情勢を勘案いたしまして、今後のわが国における原子力船に関
ただいまの参考人の御説明に若干補足させていただきますが、まずタイムリミットというお言葉でございましたが、私どもは、今後の事業団の行います研究開発機能といいますものは一貫性を持って永続的になされるべきだ、かように考えておるわけでございまして、統合という行為はあるにせよ、少なくとも研究開発部門はそのまま継続性を持って引き継がれるというように統合されるべきである、またそのようにやりたい、このように考えております。 それから、第二点の統合先のお話でございますが、昨年末の閣議決定では、科学技術庁所管の原子力研究開発機関と統合するというような内容になっておりまして、そういう意味では、同庁所管の原子力研究開発機関と申しますと原子力研究所か動燃
お答え申し上げます。 私どもが現在持っております、新しく加わる研究開発活動についてのスケジュールあるいは計画につきましては、先ほども御紹介申し上げました原子力船研究開発専門部会の今後の十年間の計画を下敷きに考えているわけでございます。したがいまして、ただいま提出申し上げさせていただくといたしますれば、この計画をまず提出させていただきたいと存じます。 それからなお、この費用でございますが、来年度五十六年度には二億円程度新しく付与される研究開発の予算としてお願いしているわけでございますけれども、計画といたしましては、五十九年度までに約三十億円、完成をするのは六十年と考えておりまして、それまでに約四十億円の研究投資、ソフトでござい
現在持っている計画として提出させていただきます。
お答え申し上げます。 新定係港の候補地を探すという作業と申しますか努力は、昭和五十年一月から始めたわけでございます。その時点では、約四十個所の候補地点につきまして調査を進めました。これが適地ではないかというところが一カ所、それから複数の予備候補地を選定したという経緯がございます。五十年の五月ごろでございます。その後、この定係港の折衝に入ろうとしたわけでございますが、やはり強い反対がございまして、白紙還元をしたという経緯がございました。 その後、方針の転換がございまして、欠陥がございます遮蔽についてまず修理を行い、その上で母港をお願いすべきではないかということがございまして、修理港の選定の作業に入ったわけでございます。この間、
当然、適地と考えてお願いするわけでございます。先ほど申し上げました五地点と比較して適地だという判断でございます。
お答え申し上げます。 原子力第一船開発基本計画は、原子力船開発事業団法に基づきましてなされる計画でございます。 それから、ただいま先生御引用になりました原子力研究開発長期計画でございますが、これは約五年ごとに大体十年を見通しての、やや長期の研究計画を原子力委員会として作成し、決定しているものでございまして、どちらが先、どちらが後という関係にはございません。基本的には、原子力に関します研究開発利用の基本的な方針は原子力委員会が決定をし、それを内閣が十分尊重するという立場になっているわけでございます。
先生ただいま御指摘になりましたのは、原子力委員会が本年四月十一日に決定いたしました「原子力船研究開発の進め方について」という決定の内容を指していらっしゃると存じます。原子力委員会の考え方も、原船事業団に対して研究機能を付与すべきであるという点については見解は違っておりません。ただ、将来統合するとしてもということで、当面は同事業団を責任ある独立機関として、「むつ」にかかわる懸案事項の解決に当たらせるということを指摘したわけでございまして、当分の間は「むつ」にかかわる懸案事項の解決に当たるようにということでございますが、一方、研究機能の付与ということについては、直ちになるべく早くということについては何ら見解の相違はないと私ども理解してお
失礼いたしましたが、昨年の十二月二十七日に「日本原子力船開発事業団の統廃合問題について」ということで原子力委員会が見解を発表しております。 そして、当面今後の事業団のあり方について三点を指摘しているわけでございますが、この二番目に「「むつ」開発と密接な連携を保ちつつ、将来の原子力船のための研究開発を行い得るよう、所要の機能を事業団に付与すべきである。」すなわち、将来の原子力船をにらんでの研究開発という、そのために「所要の機能を事業団に付与すべきである。」ということでございまして、将来に備えての研究開発を今日やれということを言っているというふうに御理解を賜りたいと存じます。