差があるということは、需要がそこまでないということが理由で差があってもいいという、こういうお答えに聞いておるわけですよ。もしそうであれば、今度は需要自体の問題ではないかと思うのですが……。
差があるということは、需要がそこまでないということが理由で差があってもいいという、こういうお答えに聞いておるわけですよ。もしそうであれば、今度は需要自体の問題ではないかと思うのですが……。
最後のところ、そこまでやる必要はないということですか。
何かそこのところ、専門的にみればいろいろ問題がありそうですが、あとでもう一回研究してお尋ねします。 次にお聞きしますが、これで開拓農協というものと総合農協というものとの結びつきが以前よりも強くなってくるわけですね。結局、農業全体の趨勢からみれば、農協というものが地域を広げて大型化してきて、業務内容も相当広範囲になってくることが望ましいと思うのです。で、こういう関係で事実開拓農協と総合農協との結びつきが微妙になってくるわけですが、そこからいろいろ調整すべき問題等が出てこないか。あるいは開拓農協というものを特殊に立てている現状から、将来は総合農協に吸収する方向に持っていく必要はないか。この二点をお但いしたいのですが。
一応それで、伺っておきます。 ところで、この保証金額の合計の最高限度というものが地方、中央とも基金の六倍となっておりますね。しかし、中央というのは地方の分の再保証ですから、実質的には地方と中央との総基金の三倍、実質的にはそういうことになりませんか。
そうなれば、六倍、六倍といって盛んに宣伝していますけれども、実質的には総基金の三倍と、ところで、これに似たような制度をいろいろ並べてみれば、私はよく知らぬのですが、林業信用差金は十倍だそうです。それから信用保証協会が二十五倍から三十倍、畜産振興事業団は五倍、農業信用基金協会が五倍から十倍、漁業信用基金協会だと四倍から五倍くらいだと、こういう数字だというのですね。そうすると、よそのものと比べてあまりにも落差がひど過ぎるように思うのですよ。この点についてはどういうふうな考え方でこれを立てたものでしょうか。
これはちょっと答弁にあまりならぬように思うんですがね。よそのと比較検討の上でこういう倍率を定めたんですか。それともそういうことは全然抜きできめたものでしょうか。あまりにもよそのものと比べて落差が大き過ぎるので聞くのですよ。言いかえれば、この落差を縮めてワクの倍率をふやせば、少ない資金で相当もっと仕事ができると、こういう結論が出そうですよ。そこを聞いているんですよ。
それで、よそのやつとの落差ができた理由、一番古いからという、そこからきたのだということはよくわかりました。 ところで今回は、これは改正ですが、もう古い古いと言っていられないと思うのですよ。その点からいって、よそのものとの比較が十分できる段階になっているわけですから、その点について、いつまでも一番最初の出発点にこだわっていないで、働きを大きくするという考え方を農林省はおとりにならないのですか。
現存の時点で。
そこでお伺いするのですが、いまの御答弁のとおりだと、政務次官の話とはまるっきり違ってくるのですね。政務次官の話だと、開拓というものは、確かに農林大臣のことばを借りれば、とにかくやっつけ仕事で終戦直後に入れたのだと、まあいわば投げやりの仕事から始まったということで、特に慈愛の手を伸べなければならぬ立場だ、こういうふうに大臣や次官おっしゃっているわけですよ。ところが、事務系統のほうでは、金貸すとどうも開拓は不安定で、保証制度、担保資金その他もないし、自力がないからあぶないのだ、そこのところにとどまって、そうしてものごとを考えている。これではいつまでたっても私よくならぬと思うのですよ。あぶないということは、結局不安定だという意味、不安定だ
どうもこの算術計算の問答をあまり重ねていてもしようがないのですがね。実際に十倍に働かした場合には、農家自身としてよけい借りられるという事例は生じませんか。
そこが逆だ。
そこが私とあなたの質問と答弁の食い違いなんだ。あなたのほうは、六倍だからよけい金をつぎ込んでおると、こう言うのですね。十倍にすれば基金をもっと減らしてもいいのだ、こういうわけでしょう。私が言うのは、基金をふやす、減らすじゃない。そうじゃなくて、六倍で貸したのと十倍で貸したのとどっちがよけい使えるかという問題なんです。
そこのこまかい算術計算、ずっと人件費から事務費から一切がっさいそのままはじいた上で質問しているわけじゃないのですから、私のほうに錯覚があるかもしれませんけれども、しかし、そっちに錯覚があるかもしれない。十倍に働かしたほうが農家のほうとして——返せる返せないという、その危険防止のところに目を注がないで、農家がいかに潤沢に、自由に、気軽に、長期で金を使えるかということになったら、少ない基金でも十倍、二十倍に働かして、条件をそれではうんと長期にするとか、そのほかいろいろな条件を加味してやったほうが農家としてはより力にはなるんじゃないか、こう思うのです。そこのところどうですか。
あなたのその考えもよくわかるんですがね。そうするとまた議論をあちこち広げなければなりませんからやめますけれども、要するにいまの開拓農家というのは、農家として希望を持って立ち上がっていく方向に進めようとしておるけれども、進み得ないわけですよ。結局ことしの営農というものが去年の踏襲という形で行なわれるわけです。来年の営農はことしの踏襲ですよ。なぜそうなるかといえば、これは乳牛飼いたいといっっても牛買う金が足りない。それから畑地よくしようと思っても土地造成の金が石りない。結局足りないずくめで設備その他が進まないわけです。そういう基盤が進まなければ営農改善もできない。多角経営もできない。それができなければ毎年毎年の運転資金も要らないと、こう
では、このやりとり打ち切っておきますがね。ことしの需要がそこにとまっていればこれはいい、それはわかるのですよ。その程度までとどめておいて……、それは政治が問題だと言うのです。まあこれは打ち切っておきます。次の機会にします。ところで、この開拓者というのは大体現在十三万五千くらいと伺っているわけです。概略、内地に十一万、北海道が二、三万というところだろうと、私こう聞いておるわけですけれども、問題は、二十年たった今日の所得なんですよね。開拓と言っても北海道と内地じゃ違うでしょうし、同じ内地でも山のほうに入ったほうと、八郎潟みたいな新しくああいう海岸地を干拓してそこに新規農村を開いた分とは違うと思いますが、さっき矢山さんとの話で、農家の標準
そうですね。言で言えないのだから、二類でけっこうですよ。
そうすると、私の聞いているのとちょっと違うのですがね。というのは、北海道と内地じゃだいぶ開拓事情が違うと聞いているのですよ。それから海のほうと山のほうとだいぶ違いがあるのですよ。ですから、北海道は一つ切り離し、それから海と山を切り離して、それで概略の事情を伺いたかったのです。しかし、いまそこでわからなかったらけっこうです。まあとにかくそういった粗収入の半分ということになれば、月固収入に直してまず三万か四万、標準家族でそんなところに落ちつきそうな感じですよね。ところで、現在の地方の農家は、自立しているところを見ても、相当いなかだといっても、それくらいの収入でおさまっている自立農家というのは、私は見たことがないのですがね。 また、見
じゃあ、その問題の結論としてお伺いすれば、さっきそちらでおっしゃっていたのは、ほんとうの自立農家と同じところに早く持っていきたいと、大ワクはそういうお話でした。それならば私がいま申し上げたように、ほんとうの自立農家というものが、現状で見てどれくらいの収入を持っているか、これをはっきりおつかみでしょうか。もちろんそういった自立農家というのは、米代、野菜代、その他全部自給ですから、それは別ですよ。そのほかに現金収入があるのですよ、食った上での金ですからね。
自立農家と言ったのは私のほうの錯覚だったようですが、そうすると専業農家がですね、専業農家というのがどれくらいの収入の線かと、そうお伺いすると、やはり三十五万か四十万の線ですか、年収入で実収三十五万から四十万の線ですか。専業農家というのは借金があるの六ないのか、どれくらいの収入なのか、それははっきりしてください。
これは三十八年で四十四万と言いますね。三十八年から今日まで、物価の値上がりというものはひどいですよ。そうすると、三十八年での四十四万ですから、概算どうしたって現在でいけば五十四、五万くらい……。専業農家といっても米を扱っているでしょうからね。米代は二年間でえらく上がっています。これは政府でもって米価をきめてますからね。その勘定でいきますと、現在時点でもってどんなにしても五十五万円以上、おおざっぱな数字ですけれどもね。このくらいのものになりはしませんか。そうすると、さっき言った三十五万から四十万の線、これはだいぶ食い違いが出て来ますね。