それは私の言い間違いかもしれませんが、私の考えは〇・九じゃなくて〇・二でございます。それで、それがどうも私の——私の言い違いとしておきます。ですが、それはもしも〇・九になってたら〇・二に直さなければならぬ、こういうことです。
それは私の言い間違いかもしれませんが、私の考えは〇・九じゃなくて〇・二でございます。それで、それがどうも私の——私の言い違いとしておきます。ですが、それはもしも〇・九になってたら〇・二に直さなければならぬ、こういうことです。
〇・二ということは、私は自分で計算したのじゃなくて企画庁の計算をそのままうのみにして信じたわけであります。
赤字線の問題というのは、結局これも初めからわかっておったんですが、地方開発のために輸送事業に対して過大な輸送力を持って、初めから損ということはわかっておったんですが、さっきから申しますように、国鉄というものはその時代には財政きわめて豊かなんで多少の損害なんというのは平気なんで、むしろ盛んに赤字線というものをつくったわけであります。その後道路の発達、自動車の発達によって、せっかくつくった鉄道というものを一向地方の人というものが利用してくれぬ。ここにおいて収入は減るし、支出がふえる。損というものは大きくなってしまった。国鉄としてはとてもたえ切れぬ。独立採算で経営している国鉄としてはとてもやり切れなくなってしまった。どういうことになるか、
御承知のとおり国鉄は公共企業体、つまり仕事は公共であり、これを経営するのに企業的精神をもってする、こういうことなんでありまするが、地方にその線を引いたことにつきましては全く公共精神の発露でありますが、しかし、一方に独立採算というちゃんとワクがはまっておるということで、損が幾ら出てもいいと、こういうわけじゃない。ちゃんとやはり収支というものは合わせなければならぬ。一時的には脱線することはありますが、大体においてはやはりちゃんと合わせていかなければならぬと思います。こういうことでありますので、それで地方線の問題なんかについても、これをやはり合理化しょうということは、何も足を取っちゃおう、こういうことでなくて、現在の鉄道なんというものは、
たとえば北海道だとか東北だとか、雪の非常に多いところでは、道路もなし鉄道というものが唯一の足であるというようなところに対しては、国鉄はいかにそれが犠牲が大きくても、これはやはり公共精神の発露としてやらにゃならぬということでありますが、さっきから申しましたように、ほかにハンディな便利な経済的なものがある。これにかわるのだということであれば、これはひとつ地方の人にもごしんぼう願わにゃならぬ。いずれにいたしましても、これは国鉄は独自な判断でやるのじゃなくて、地方に行って地方の人たちとよくひざを交えて懇談して御納得を得た上でやる、こういうことなんで、ひとつその点はそれで御満足をお願いしたいと思っております。
道路はあるけれども、雪のために自動車が通れぬ。こういうことでありまするが、これは北海道あたりにもそういう例があるのですが、せっかく建設省がりっぱな道路をつくったにかかわらず、冬は除雪もやらないでほうっておくために鉄道というものが唯一の交通機関である。こういうような地域に対しましては、これはひとつ建設省のほうと話をして除雪をしてもらう。せっかく道をつくったのですから、道の使用効率をふやさなければならぬという意味において除雪をしてもらう。それで交通というものは、道がつけば鉄道というものははずしてもいいのじゃないか。バスに変えてもいいのじゃないか。こういうことでありますので、そのいまお話しの二線なんかにつきましては、その辺の事情をよく調べ
私としては、よくその土地土地の人の立場を考えまして、そうむごいことはしないつもりでございます。さらに原田さんにお願いしておきたいのは、この問題はどうしてもやはり国鉄としてはそれをバスにかえなければならぬものは——地方の人のお気持ちでもって、これで承知してくださらぬ、しかし国鉄がいかに何べん考えてもこれはやめなければならぬ、こういう場合には、結局政府の補助でやはり問題の解決の条件がつくわけですからして、その時分にはひとつ政府に対して助成金を出せ、こういうようなことに方向を変換してひとつ政府に働くようにお願いしたいと思います。
いまの公害の問題でありますが、国鉄創立以来公害の問題が起こったのは、私は初めてじゃないかと思うんです。去年の常務会でしたか、その話を湯川常務から聞いて、さっそく国鉄もそれに対しては対策を講ずると、こういうことでもう大体満足に進捗しておるんじゃないかということで安心しておったんですが、いまあなたの御質問によって、質問すればするほど底なしの池に入ったようなことなんで、これにつきましては、ひとつよく検討いたしまして、何とかうまくいくようにできるだけの努力をしたいと存じます。
私が監査委員長のときに努力をいたしたことは、例の預託金の問題でございます。各駅各駅の問題はこれは別のほうで答弁させて、預託金だけを私から答弁いたしたいと思います。 御承知のとおり国鉄は電電公社、専売公社同様に預託金というものを持っておる。余った金というものはすべて預託金へ振り込む、預託金へ振り込んだ場合は、国鉄に関する限りは四十億円までは無利子だ。四十億円をこえたやつに対して金八厘なりをちょうだいする、こういうことになっておったのです。これは私は国鉄が企業体としまして一体預託金なんてこれは変なものじゃないか、普通の銀行勘定にしたらいいじゃないかということで、時の理財局長の正示——いま代議士をやっている正本さんに談判したのです。直
ちょっと私訂正しなけりゃならぬ。さっき短期公債に利用した場合は一銭六厘と申しましたが、一銭五厘五毛です。それで三十六年に始めまして、四十二年までにその短期公債を利用することによって得た利息がみんなで百三十二億円、そのうちでつまりいま言ったように改正したことにより得た七厘五毛によって、それが六十五億円。
私が大臣にかわって答弁申し上げます。 これはまあ私は考えようで、そういうことで私は監査委員長で初め交渉いたしまして、大蔵省これはきついじゃないか——ただこれに関連しまして、大蔵省もきついことを言ったってまたかわいがっているということを言わぬと公平じゃない、というのは、四十億円で足らぬ分には金を貸してくれるんです。それは無利息なんです。それでそういうようなことからいえば、それはあなたは委員長はそんなことを言うけれども、ただで貸してやっていると言うのですが、それはちょっと聞こえはいいんですが、借りる金額というものが非常に少ないんです。そしてまたそうたいして大きな金も借りていないということでして、これは私は国鉄では独立採算でやって非常
これは、私の承知しているところでは、資金の運用という点から、さらに弘済会の仕事というものは一般の奉仕というか、慈善事業という頭でやっておるので、結局私立学校あたりに対しても、自分が教育をやるとかなんとかというのじゃなくて、困っているところへそれをやればその学校の教育がうまくいくというような趣旨でやっているのだと思いますが、しかしその点は、私初めてそういうことを聞きましたが、よく調べてみたいと思います。
これは私はごもっともだと思うのです。弘済会の財政というものもそう苦しいことはありません。余裕が出てくるからやっぱり問題も出てくるというふうに思います。これは国鉄としてもよほど冷静に考えて出資をする必要があると思う。 ただ弘済会のことについて一つ三木さんに申し上げておきたいと思うのですが、あそこは全体の駅の数からいきますと全体の四割というものは弘済会がある。それから販売個所からいくと六割だ。そういうことなんでありますから、駅の数なんかからいくと、あの中の二割以上というものは、ほかの営業者としてはやらないのです、損するということです。北海道の僻地などああいうところも弘済会、これは国鉄からいえば実にありがたいわけなんであります。それに
あなたの御意見は私はごもっともだと思います。要するにこの案は運輸大臣は政府の案だということをおっしゃったのですが、政府の案というよりはやっぱり国鉄の案じゃないかと、それに対して政府というものは援助する。いままでのようないたずらに荷物をひっかぶらせるようなことばかりしないで、もう少し国鉄を愛する愛の手を下すということはこれは政府のコミットした約束であります。それによって初めて国鉄はうまくいくと。今後の問題については、十年の間にどういうことが起こるか、これ、わかりゃしませんよ。そうしますと、大体いまの情勢ではこうやればうまくいくだろう。情勢が変化すればまたそのときの情勢に従って適応策を講ずる。いずれにしましても私は根本問題からいえば、い
私は総裁になりましてから最も不愉快なことは労使の関係です。実にこれは問題にならぬです。それで、つまり国鉄の職員というものが、国鉄の職員だか総評の職員だかわけのわからぬような行動をするというようなことは実に私は不愉快千万。それを監督するのは、つまり現場の監督者というものがありまするが、これは私が説明するまでもなく、責任はあるけれども実際にそれをやるだけの力はない。またこれを彼らに力を求めるというのは無理だと思うのです。あえてそういうことで管理者の責任を問うなら、私は国鉄の総裁にその責任を負わす。だからして、国鉄総裁としてはどういうことをするかといえば、その労働組合に対して、とにかくストライキというものはこれは禁止されているのだからして
ちょっと私からも……。私が中村さんに申し上げたいことは、中村さんは国鉄というものと私鉄というものとを何かミックスしているように思いますので、私から申しますれば私鉄のほうは鉄道会社じゃないのです。四十三年度下半期の決算報告を見ましても、十四大私鉄会社の鉄道の利益というものは百三十何ぼ。ところが不動産あるいはデパートあたりの利益は百億以上なんです。全く不動産をやり、デパートをやらんがための鉄道なんです。その点は国鉄というものとミックスしないようにしていただきたい。特に中村さんに申し上げたいことは、国鉄の今日の負担において一番大きなものは赤字線であります。たとえば四十一年度における赤字線の損金は千三百億円ですよ。四十三年になると、千七、八
四十三年度につきましては通勤・通学の割引きを是正いたしました、三百億以上。それだけ減ったわけでございます。
これは国鉄のほうの意思によって割り引きしたというやつは一つもない。みんな政府の——第一、この通勤・通学の割引きなんというものに対しては、まず五割というものを割り引きしている。これは法律でせにゃならぬということにきまっておるのですね。ここにおける六百十億とかあるいは八百九十億とかいう割引き、通勤・通学の割引きでございますが、これは五割以上にやっているやつです。これも国鉄が自分の意思によってやったのではなくして、政府の命にやってやったのです。こういうことで、そこでつまり公共負担と、こういうことになっているわけでございます。
大体公共負担というものは最近に始まったものではなくて昔からあった。それで、古い国鉄というものはむしろ独善性の上にあぐらをかいておって余裕しゃくしゃくとしておった。政府からそういうことを言われた場合にはオーライでもっていれる。何らその間にけんかはなかった。ところが、最近における国鉄の状態というものは全然変わっちゃって、そんな人のいいことは言っていられない。独立採算でやらなければならぬ以上、やはり負担すべきものは負担すべきところで負担してもらう。こういうことで、少し勇気を鼓して政府に対して出してくれと、こういうことを主張しているわけです。
これは第一計算が非常にむずかしいということがありまするが、こういうようなことを政府なり国会議員なりに私なんかが口を出すということははなはだ失礼千万である。必ずそのうちには、政府なり国会議員から、これは政府負担にしろ、国鉄が独立採算でやっている以上はひとつ考えねばならぬ、こういうことになるだろうというふうに思っておるのです。