ちよつと計数がはつきりしませんが、千七百円から千八百円と思つていただけばいいと思います。
ちよつと計数がはつきりしませんが、千七百円から千八百円と思つていただけばいいと思います。
そうであります。とにかく三千三百坪が九百十五万円ですから、そいつを割ると二千八、九百円になるのであります。けれどもそれには建物がありますから、まず土地だけは千七、八百円から最高二千円と思えばいいと思います。
ございます。塀もありますし、煙突もついております。
それが千七百円か千八百円のはずであります。総体した数でありますから割らないとわかりません。
全部焼け跡でございまして、一番目についておるのは煙突であります。それから三井の厚生病院との間にある境界のコンクリートの塀であります。それからあとは焼け跡のれんがづくりであります。
九百十五万円です。
更改ですか、四百四十何万円と思います。
現在が九百でありますから、千二百幾らです。
そうです。
いや当時はございません、建設省から危険だからというので取払い命令を受けてこわしたのがたしか二、三百坪あると思います。
信用組合の方に売渡し担保にいたしました。総計の四百何ぼというのは、あれは登記簿は建物でなく、何とか工作物という名義になつております。
それが四百六十何年ですから、今正味残つておりますのは六百坪くらいあります。
そうです。
六百何坪というのは建物です、土地が九百三十何坪です。
もちろんそうであつたのです。
いやそうではありません、御説明申し上げます。当時渡邊さんは千七百万円ほどの金も出してくれると言いますし、厚生省の問題もありますから——もちろん私が悪党でもそんなにやるという計画は全然ない。ところが厚生省がだめになり、復金がだめになり、かつ渡邊さんが出してくれません、そのうちに第一回の三百五十万円の納期が追つた、そうすると大蔵省ではわあわあ言つて納めよ納めよと言つて来た、私はその問題で——金というものは実は生活費とか経営費のことではない、経営費の不足面は全部私が出した、大蔵省に納入する金のことで二回か三回渡邊さんに言い合つたのです。そうしますとそれならおれがつくつてやるからということで、新橋の何とかの社員と大西さんが来て、日通の方へ売
そうであります。
御答弁申します。それは実は千葉県の民生局長も見に来ております。それから埼玉県の民生局長も見に来ております。ことに簡易宿泊所あたりはわずかに五十円でふろに入れて とめるということは——実際今コーヒー一ぱい飲んでも五十円かかるのですから、これはずいぶん安くやるということで、みんな実はほめておられるのです。ところが昨日かいつか知りませんが、小松委員のおつしやる民生局長が——もちろん実際言うたから言われるのだろうが、そう言つたとすれば非常に心外であります。私に向つては非常にりつぱな施設だと言つております。ことに簡易宿泊所は、今の食堂とか浴場なんというものは、営利とそこの分岐点がありますが、今どき五十円でふとんに入れて、しかも三枚立ての
はい、そうであります。
浴場というのは太陽の家と別になつております。簡易宿泊所というのは別にありまして、その簡易宿泊所に設備する浴場は無料で入れております。