私の申し上げることは、私法律家でありませんので間違つているか………当時私の方の弁護士さんも向うの弁護士さんも、それはうちを借りる場合には造作しない、二階を貸さないと書いても、現在の経済状態では二階を貸しており、また造作をしておる、それと同一なものであるという説明を受けましたから、私もそれはかまいはしないと思つておりました。
私の申し上げることは、私法律家でありませんので間違つているか………当時私の方の弁護士さんも向うの弁護士さんも、それはうちを借りる場合には造作しない、二階を貸さないと書いても、現在の経済状態では二階を貸しており、また造作をしておる、それと同一なものであるという説明を受けましたから、私もそれはかまいはしないと思つておりました。
日通の方も、そういうふうに私が説明しましたから、向うの弁護士さんも、そうだということを強調して受取つたと思います。
十何人おる。
そうであります。
大体性格的には合いませんが、出してくれる金が出なくなつた。出ないという理由は、渡邊さんが悪いんじやない。御存じのことと思いますが、セントラル・ビルの立ちのき問題があつた。これは堀留町にありますなかなかりつぱなビルでありまして、これがうまく行けば、それを売つて、ほんとうにあの方ならば、千や千二百万の金は出してくれることができた。ところが、これも長年係争しておりまして、逆に渡邊さんが立ちのきをせなければならぬようになりまして、セントラル・ビルから立ちのいた。そういういろいろなトラブルがありましたために、金が出なくなつた。出なくなると、私の方ではこれの経営ができなくなりますから困つておるところへ、第二回目の契約ができた。あの方は、性格的に
そうです。
一回も預つたことはありません。
一千五十三万円です。これは大分事実と相違しておりますが、契約に現われた数字はそうです。
出ております。
それは第三回目の契約をするときに、そういう数字で来たのです。それで渡邊氏と私が昭和二十四年交代するときには、事実渡邊さんには、私は金のことについては非常に権利義務をはつきりしておる男ですから、言うことは言いました。出してくれなくなつた。出してくれなくなつたところへ今度はほかの問題で渡邊さんは警察問題でごたごたして、あそこにおれないから私に来てくれというから、私があそこに飛び込めば、こういう問題が起きるということは、実は私予測しておつたのです。けれども自分が代表者であり、責任を回避する性質のものでありませんから、どうせやるんだつたらやつてみようという気になつて、昭和二十四年の何月かに私はあそこへ行つて、今度は私が采配を振つたのです。
土足ではありません。しかし、そのことについて、あした払うとかあさつて払うと言いますから口論したことは二、三回あります。
多少ありました。
それなら私の方で反対のこと言いますが、そもそも太陽の家に来ておるのは、どうも人の名前をあげて人身攻撃するのは、本委員会の性質のものではないと思いますから、名前はお聞きとりをなさらないように願いますが……。
新宿の鷲尾一派のなにがしといいましたか、とにかく太陽の家の土木工事に来ておる人は全部そういう人です。私もおどかされるような人間ではありませんが、いろんなトラブルがあつたときに向うのそういう者が集つて、どうするこうするとさんざんやられたことがあつた。これはいろいろな見解の相違とか感情の衝突でありますから、私はそういうことでおどかされたとは思つておりませんけれども、彼氏がもし言うならば、私自身もおどかされております。
第三回目でございますか。
第三回目は、従来の一回、二回の契約では弁護士や何かの立会いはいたさなかつたのでありますが、どうも三回だけは、これは正規な契約書か何かわかりませんけれども、正式に弁護士さんの立会いを得まして、数字もこまかく書いてあります。
大体同じことでありますが、負担金という字を使つておりますが、これは負担金でなく寄付金であります。当然これはお断りしていい数字でありますけれども、判を押した理由はあとで申し上げますが、負担費用は別紙の通りであるとして、それは一千五十三万円、そうしてその一千五十三万円の内訳というものは中に入つております。それからあの土地で自分がかつてに使つていい土地は、これは大したことではありませんが、約百二、三十坪であります。それも私の方で承認しました。それで前の店舗を売りました五百三十二万何千円を、それから差引いてくれということになつて差引きました。ところが五百三十二万円というのは、この数字は私自身は知らないし、その金を私は取扱つていないし、自分が
寄付金であります。
返すも返さないも、向うで差引いてとられるので、これはどうも返したのではないのです。
やつております。これは一泊ふろつき五十円でとめております。