裁判所には人口以外にいろいろな複雑な基準の土台になる要素の材料というものは一体あるんでしょうかな。たとえば二分の一とかいろいろ判断が出ますけれども、単に人口比率じゃなくて、いろいろな要素があることは当然なんだけれども、そういう材料というのは裁判所にはありますか。
裁判所には人口以外にいろいろな複雑な基準の土台になる要素の材料というものは一体あるんでしょうかな。たとえば二分の一とかいろいろ判断が出ますけれども、単に人口比率じゃなくて、いろいろな要素があることは当然なんだけれども、そういう材料というのは裁判所にはありますか。
大体、法律審の裁判所にはそういうものは余りないと思うんですね。 そこで、裁判所が定数の基準の客観的ないろいろな材料というものがなくて、簡単に二対一の、五対一のという人口比みたいなことだけで判断するということ、確かに私も逆転区なんというものをこういうような問題について放置することについては大変疑問があるし、これは立法府としても対応しなきゃならぬといういら立ちみたいなものを感じておる一人でございますけれども、しかし、だからといって裁判所が、いま田中二郎裁判官の意見は非常に私は傾聴に値する意見だと思うのだけれども、立法府の裁量の範囲に属するべき問題ではないかということは全くそうだと思うんですね、材料もないんだし、単純に人口比率でもない
憲法上の根拠は。
何を言ってんだよ、こんな重要なことを。裁判の独立というのは、裁判官というものは憲法、法律のみに拘束されるというあの非常に象徴的な、あれは七十六条だったかな。そうでしょう。
これなんだ。憲法、法律のみに従う、ほかのものに従っちゃいけないんだ。世の中もいろいろやかましいことがあるんだろうけれども、これは非常に大事なことなんだ。いわんや憲法、法律のみに拘束されるということだからいまある法律は大事にせにゃいかぬ、行政訴訟法だろうが公選法だろうが。私はそこが非常に大事だと思うんです。正直言って定数問題やなんかについてはいろいろ世論もあるし、われわれ自身もかなり問題があると思って、これはもうわかり切っている問題だ。立法府として各政党においてもこの問題は悩みを持ちながら何とかせにゃいかぬという段階にある。そんなことはわかり切っているのに裁判所が憲法、法律に拘束され、憲法、法律の番人であるものが軽々に法律を飛び越して
裁判の独立ということから見ると、その論拠においてこの違憲判決自体が大変疑問が起きる。違憲判決自体が違憲ではないのかという感じがするわけでございます。そもそも日本の裁判所とたとえばアメリカ、西ドイツ、ここらの裁判所とはやり方が違う。御承知だと思うんだけれども、アメリカの裁判所だったら選挙区の定数割り、議員の定数割りなんかで問題があったときに判決をする、その判決を行政府が実行しなかったら裁判所自身が定数割りをするというようなところまでできるんですね。そういうようなアメリカの裁判というものと日本のとはまるっきり違う。見るに見かねても、しゃしゃり出てはいけないんだというのが日本の司法権の独立だと私は思うんです。こういう点について裁判の私はそ
幾つかか、幾つか。これを、私が挙げた名前は、日本の有教の憲法、刑事法の学者だから、こういうのを読んでおくのもむだじゃないんじゃないか。でないと、裁判やっぱり独善になる危険があるよ。やっぱり学者の意見も聞くし、われわれの意見も聞かなきゃだめだ。裁判批判というものは、これ批判をしないことによって陥る独善が危険、そういうことよりも、批判した方がいいんだというのがこれまた学者の意見で、たとえば東大の平野教授にしても、その他そういう意見がやはり強いわけです、通説だと私は思います。さて、刑事局長は、法務省は――外国で捜査をする場合の方法についてちょっと聞きたい。
ラストポロフ事件というのがあった。あの捜査のやり方、ちょっと簡単に言ってくれぬか。
ラストボロフ事件のときは、嘱託とかそういうことはなかったわけですな。そういうことはなかったんだろうと思うんだけれども、今度のロッキードの場合に刑事訴訟法でもって例の嘱託尋問ということをやったわけです。これは外国裁判所へ嘱託したという根拠は何ですか。
外国裁判所と、外国という字が刑訴にありますか。
刑事手続は厳正にこれを使うという、刑事手続の適正ということはこれは当然のイロハのイなんだけれども、条文にはない、だけど、まあやったんだと。裁判所に嘱託したってこれは宣明書にも書いてありますが、裁判官じゃなくて裁判所へ嘱託したんですな。
この裁判所というのは、つまり官署としての裁判所ですか、裁判官としての裁判所、どっちですか。
それはおかしいんだよ。刑事訴訟法では、受命裁判官とか受託裁判官とかといって、証人の嘱託というのは裁判官になっているんだよ。裁判所じゃないんだよ。それ、どう。
いや、もっとはっきり答えてくれぬかな。裁判所は、だから、官署としての裁判所へ嘱託したんだな、裁判官じゃないね、裁判官。そこをはっきりしてくれよ。それは、日本の刑事訴訟法にはないということだ。それをはっきり答えて。
刑事訴訟法にないということを言ってくれよ。そういう答弁だめだよ。法律にあるかないか質問している。
解釈、何の解釈が。
訴訟法にはないんだよ。まあはっきり言や、ないわけだ。外国もないし、それから裁判所じゃないんだよ、裁判官に嘱託するということがあるだけでしょう。そこをはっきりしてもらいたい。それから相手方は、要するに私が言っているのは裁判所であって、官署としての裁判所で、裁判官じゃないというわけだね。裁判官じゃないというわけだな、相手方は。どう、もう一遍。
そんなべらぼうな解釈あるかね。大体、この刑事法の手続についてそんな類推、拡張解釈できる。これは憲法違反だよ、これ、法律に拘束されるんだから。はっきり答えてくれよ。
何言ってるんだよ。司法行政じゃない。これは法理論なんだよ。 それじゃ、最高裁の宣明書の内容、いきさつをちょっと説明してくれませんか。
証人嘱託の問題では重ねて百六十三条には証人の所在地を管轄する地裁の裁判官に嘱託するとしか書いてないんです。だから、官署としての裁判所にもできないし、いわんやアメリカの裁判所にこの刑事訴訟法でやるなんていうのはこれむちゃくちゃだわ、これ。ラストボロフ事件みたいなやり方をしたのならいいけれども、私はそう思う。ここばかりやっていると後続かぬからその次に行くけれども、法の適正な手続ということから見てこれは大変な違法なやり方だと私は思うんだ。 それから、外国裁判所に向けて最高裁が宣明書を出したときに、外国の裁判所に頼んで調書とってくれと、こう言ったことが前提にあったわけでしょう。東京地裁の判事がやったことに対して最高裁が宣明したわけですわ