九三年の七月九日の日にいわゆるイ・アイ・イ・グループあるいはイ・アイ・イ社に対する支援が全面的にとまった。 そこで、それ以降の協和信組の経営のあり方について、その当時の理事長のあなたあるいは理事会としては、これから協和信組の健全な経営をするためにどういう方針を考えられたんでしょうか。その点をはっきりしてもらいたいと思います。
九三年の七月九日の日にいわゆるイ・アイ・イ・グループあるいはイ・アイ・イ社に対する支援が全面的にとまった。 そこで、それ以降の協和信組の経営のあり方について、その当時の理事長のあなたあるいは理事会としては、これから協和信組の健全な経営をするためにどういう方針を考えられたんでしょうか。その点をはっきりしてもらいたいと思います。
それから協和の理事長、イ・アイ・イ・グループの総責任者、それから高橋個人と、三つの顔で人生を歩かれているわけですからいろんな分野に知り合いが多いと思います。こういうところでありますので、当然、政治家とのかかわり合いというのは、こういう政治不信を招かないという意味ではきちっとしなければならぬと思う。 そういう意味で、例えば中西さんとのかかわりでいえばパーティー券を六千万円も融通をしてやったと。これはイ・アイ・イ・グループの総責任者ないしは高橋個人の実力でつき合ったというふうに見る人もあるわけですが、金融機関の理事長であるという立場も当然兼ね備えているわけですが、この六千万円も買える、融通してやるというのは余り世間ではないですね。こ
これで終わります。
社会党の穐山でございます。 過日、協和それから安全の前の理事長が衆議院で証言をされました。この証言については関心を持っておられたと思うんですが、決定的に頭取の見解と違った点があれば代表的な項目で結構ですので明らかにしてもらいたいと思います。
そうしますと、公式に証人として発言をされたそれぞれの前理事長の発言は間違いであった、全然そういう事実はないというふうに、もう一度確認しますが、間違いありませんか。
それから高橋前理事長は、東京協和の九二年剛収不能額は総貸出額の一・六%、九三年度は一六・数%、九四年度は二八%程度、これはバブル崩壊後の金融機関としては高い比率ではないと証言をしておりますが、金融マンとしてどうお考えですか。
先ほどの質問で、ここ数年間の協相なりイ・アイ・イのつき合いの経過が明らかになりましたが、もう一度伺いますと、高橋さんが入社をされたのは八二年でしたね。それで、八三年に剛理事長、八四年に協和の理事長になった経歴の方ですね。 それからインターナショナルもその当時から海外リゾート・不動産あるいはホテルの経営というふうに始めて、最終的には十一の国にそれぞれの施設なりなんなりを持っておるわけですが、当初、海外不動産・リゾート、そういうものに長銀は関与したわけですね。関与をして、かなり改善をしたことは帳簿上よくわかります。これが一九八八年の決算にはそう公表をされているわけです。その意味では、かなり貢献をされたという一時期があったと思うんです
さてそこで、さっき日報だとかいろんなものは事実とは違うということですから、これはまあ後日、問題にしたいと思っております。 それから協和が、あるいは安全が、ある一つの事業が例えば三十億必要だと。ところが協和は、ゴルフ場の開発についても、三十億必要なお金を実は五十億なり六十億を貸して、その一部をまた別のところに追い貸しといいますかね、迂回融資をしておったという事実が今では明らかなんですが、その当時御存じであったと思いますが、いかがですか。
その点は議論になりますから、別のところでもう一遍お話をしなければならぬと思っております。 それから長銀さんには系列のノンバンクがございますね。緊急支援を含めて長銀系ノンバンクがどれだけ協和なりあるいはイ・アイ・イ・グループに資金の融通、出資、貸し出しを行っていたのか、その総額を教えてもらいたいと思います。
その結果、貸し出しの残といいますかね、回収不能と思われる、回収不能ですよ、今は共同銀行できましたけれども、回収不能の金額は総額でどのくらいと見込んでおられたんですか。
最高のときにはかなり大きいけたのお金を出しておったんですけれども、この九三年の支払いを、支援を停止した時点では千九百億程度というふうに理解をしておりますが、間違いありませんか。
そこで、金融マンという立場で考え方を伺いたいんですが、バブルのときにはかなり有名な銀行から始まってノンバンクまで随分踊った時代がありましたね。我々もその点についてかなり議論をしました。 さてそこで、バブルが崩壊をずっとして以降、それでもなおかつ協和なり安全なりイ・アイ・イ・グループがどんどん高い金利のお金を借り、それから高い、高いと育っては語弊がありますけれども、貸し付けて事業をだるま式に壊していったわけですね。そのことは十分に長銀としても承知であったと思う。当然、メーンバンクとしてはこれはまずいぞとか、こうした方がいいぞとか、法規に照らして違反しているぞということは、当然主力メーンバンクとして忠告を与え、あるいはそれを実行させ
九三年七月に取引を停止したと、こういうふうに言われているわけですが、おたくの系列のノンバンクはまだ協和に何らかの金を預けてありますね。これはどういう理由なんですか。
話題を変えますが、先ほどの御答弁で、東京共同銀行、新しい銀行の話は十二月六日に聞いたというふうに言われておったんですが、その前には耳にしたことは全然ございませんか。
世間では、東京共同銀行の設立をすることについて、よしあしが議論がありますよ、議論があります。しかし、この共同銀行ができて、理屈の上では金融秩序の維持ということがありますけれども、だれが一番もうかったのか、損をしなかったのかという世間話があるわけですが、長銀が一番それに当たるという批評が多いんですが、これについてどういう御感想をお持ちですか。
協和の前理事長の話を仄聞しますと、東京都から、これはうまくないと、何とかせぬかという話が出ておったのは去年じゃないんですよ、おととしの十一月ごろからあったというふうに聞いているわけです。 今回の共同銀行ができるまでには非常に水面下の話が長かったんです。最後は一挙にでき上がったわけなんですけれども、例えば東京都が協和の前理事長に対して、ぼつぼつ身柄を預けてくれぬかというふうな遠回しの話をしたのはおととしなんですね。当然つき合いも皆様は深いし、それから派遣されている人たちもいろいろな情報をお持ちであったと思うんですが、当然私はそういうことは知っていたんじゃないかと思ったんですが、もう一度御面倒でも、あったのかなかったのかを伺っておき
共同銀行の設立に当たってスキームができましたね。いろいろ出資であるとか、あるいは低利の融資であるとか、こういういろんなスキームが書かれているわけですが、長銀さんだけ扱いが違いますね。これはどういうふうに理解をされておりますか。
長銀さんは、片方で信用組合のグループの一員として低利の融資という形をとるし、片方では贈与という形をとるわけですね。変わっている、通常の金融の始末の仕方としては珍しいやり方なんですね、これは。言いかえてみれば、今も言われておりますように、特別な立場、特別な責任という意味がこれに含まれていると思いますけれども、その点はいかがですか。
今、くしくも御当局の御命令、御意向というお話があったんですが、御当局というのはどの機関を指すんですか。 それから御命令と御意向じゃ違うんですが、どちらに比重があったんですか、伺います。
これは大事なことですが、その三者が一緒に長銀さんにそういう御意向を示したんですか、別々に示されたんですか。