終わります。
終わります。
ペルーの事件に関連してですが、去る五月九日でしたか、参議院の本会議で橋本首相が質問に答える形で、このペルー事件の問題について政府最高責任者として改めておわびするという答弁をされました。先日、外務大臣の行ったペルー事件の解決についての報告の中では、本事件を教訓として反省すべき点、改善すべき点、調査、分析することが極めて重要だと、鋭意その作業を進めながら、この問題については六月中旬に公表できるように努力されておるという報告がされましたけれども、首相がこのように述べておられるし、現時点で外務大臣として反省すべき点がおありだったら述べておいていただきたいと思うんですけれども、いかがでしょうか。
午前中も同僚議員からいろいろ質問が出たんですけれども、ペルーにおける武装テロリストの動向をどの程度把握しておられたのか。それで、もう大臣先刻御承知のように、一九九〇年代前後の間に日本人をターゲットにしたテロ事件というのが相当ありましたし、それから大使館についても付近での爆破事件だとかいろいろなことが起こってきたわけですね。そして、九一年でしたか、JICAの農業技術者が三人射殺されるなんというような事件がありましたし、その後も小さな形ではあってもいろいろと事件が、たしか一九九四年以降一定の安定化を示し観光客もふえたとはいえ、事件がなくなったわけではないわけで、そういう点でもっと十分な注意を払うということが外務省の方としても必要ではなか
午前中の大使の発言にもありましたように、前々回と変わって前回は、去年の場合には千二百組の招待状を出した、二千四百ということになるわけで、来られた方は七百から八百という形だろうと思うんです。千二百組というのはどういう意味の千二百組と言われるか。御夫婦で、御夫妻で千二百組というふうな計算で言われたのかどうかわかりませんけれども、二千四百人と。出席されたのが実際には八百人前後ということじゃないかというふうに思っているわけですが、それが今回から夜開くようにしたというふうな点も事前に掌握されて、そして現地とも十分なる対応をなさっておられたのかどうなのか、ちょっと重ねて。
今、大臣も述べられましたように、もう完全に治安が回復した状況ではないというふうなことについては十分に押さえていたというわけですが、毎年のように訓令電報を出してレセプションを開くようにというふうにしておるという午前中のお話でした。 特別に治安に問題があるところには十分に事前に目を配っていただいて、今度の場合の教訓を生かすということは大切なことではないだろうかというふうに思うので、現地から特別の訓令を求めるというようなことがなくても、こちらの方、本省の方からも、おまえのところは大丈夫か、最近のテロの動きなんかに問題はないのかというようなことを事前によく協議し合った上で、現地でも慎重に対応できるようなことを本省としても十分配慮を払って
こういう事件の問題に関しては、これを未然に防ぐという点から、やっぱり念には念を入れるという点でこれからも十分に検討していただきたいということを申し述べておきたいと思うんです。 それから、天皇の誕生日をナショナルデーというふうに決めたのは明治六年だというふうに承知していますが、間違いないでしょうか。
これは外務省の方に電話でお尋ねしたときにそういうお答えをいただいたので、公式の場所でも一応確認しておきたいという意味で明治六年ということを今お聞きしたんです。
一応布告されたのは明治六年というふうに考えておいていいわけですね。
明治三十二年にニューヨークで明治政府の決定によって第一回の大規模なナショナルデーとしてのレセプションが行われたということも外務省から聞いているんですが、それも間違いないですか。――今言えなかったら結構です。 それで、戦後ずっとこのナショナルデーというのが毎年のように行われたのではなくて、先ほどの青木大使の答弁、つまり御自身の経験による答弁では三十六年前からやられたような発言をちょっと聞いたんですけれども、先ほども官房長が言われた外務省が毎年訓令電報を出して、ナショナルデーにレセプションを行うようにというふうな通知をし始めたのは戦後いつからでしょうか。
昭和二十八年八月からそういうふうに実施するということに戦後はなった。だから、一定期間中断した期間があったわけですね。
十一二年からですか。
戦後に憲法が変わったもとで、この天皇の誕生日をナショナルデーと決めて在外公館 の最大の行事とした根拠は一体何なんでしょうか。
これはもう私が言うまでもなく、戦前の帝国憲法のもとでは「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という形で絶対的な君主国家となっていたのと、戦後、主権者は国民であるということを宣言してつくられた憲法のもとで戦前のそういう状態を引き続いて継承するというふうなことは私はやっぱり時代錯誤的なあり方だと思うんです。そういうことは、主権者は国民だということを国民自身が正しく自覚をしてやらなければならない問題のときに、絶対君主的なかつての時代のあり方をいかにも踏襲するというふうなことは、私は考え方としては根本的に是正すべき点ではないだろうかというふうに思うんです。 橋本総理も、我が党の不破委員長が質問したときに、これは長年の慣例でございました、慣習で
これはやっていても私の主張を大臣がそのとおりでございますと言うとは私は思いませんから、時間が長くかかると思うんです。しかし、やっぱり主権者は国民だと、かつての絶対君主と違って天皇は象徴的な存在になったわけですから、だからこういうふうなあり方、ナショナルデーの問題等についてもやっぱり再検討をする必要が私はあるだろうということだけ述べておきます。答弁は結構です。 もう時間がなくなってきましたので、最後に、この問題に関しては、テロに屈することなく人質全員の救出のために、平和的な解決のために努力をするというふうな態度をとってきたのは私はやっぱり当然だっただろうと思うんです。こういうふうな状況で武力行使というのは、実力を行使するということ
それで賛成ですと言われれば、それで結構です。
最後に一問だけ。 これは別の問題なんですが、去年の七月八日に国際司法裁判所が、核兵器の使用、威嚇の違法性を問う国連総会の要請に応じて、御承知のように、核兵器の使用、威嚇は一般的に国際法に反するというふうな判断を示されましたが、この件に関して日本の外務省としては、一般的に国際法に反するという点についてはどういうふうな御見解なんでしょうか。この機会にお聞きしておきたいと思います。
私は、日本共産党を代表して、首相の日米首脳会談等の報告について質問をいたします。 今回の日米首脳会談について、沖縄タイムスの社説が「沖縄切り捨ての首脳会談」と述べているように、日本外交の対米追随の深さと危険性を一層あらわにするものでありました。 首相は、訪米を前にして、憲法に反して土地を強制的に米軍に提供する米軍用地特措法の改悪を行っただけでなく、米海兵隊の実弾演習の全国への拡散を、これまでの地元の合意なくしては実施しないとの前言を翻して、国の責任でやらせてもらうと最後通告まで突きつけて強行したのです。その上、日米首脳会談では、アジア太平洋全域での米軍への軍事協力を目指す日米安保共同宣言を再確認し、ガイドライン見直し作業の促
議題になっています協定の問題について二、三お尋ねしたいと思います。 今まで日本としては大西洋地域、また地中海地域でのマグロの漁獲についてはICCATの管理のもとで行われていたということは先ほど述べられたとおりだと私も思います。御承知のように、最近のICCATが出している資料等を見てみますと、同地域のクロマグロが絶滅寸前の危機にある、だから各国が今の量でとり続けていくならば二〇〇二年ごろに大変な状態になるだろうというふうな指摘もあります。また同時に、ワシントン条約の資料によりましても、同地域のクロマグロについてはいわゆるリストに載せるという動きもあったというふうな報道にも接しているわけです。こういう時期にこれに正式加盟するというこ
もう少しお聞きしたいんですが、これだけで時間をとるわけにいきませんからあれですが、マグロ資源の管理の上で、地中海の最大の問題は私は便宜置籍船の問題だと思います。これは御承知のように、大西洋の側から地中海の側に産卵の時期に入ってくる、そういう時期にクロマグロを漁獲するというふうなことが事実上行われてきたわけですね。同地域では、結局地中海においては二百海里の線引きについては各国の利益がふくそうしますから、それがやられていない。だから、現実には領海十二海里にはなっているものの、その他はもう直ちに公海なんですね。そうすると、そこに未加盟のいわゆる便宜置籍船が無規制な漁獲を行うというふうなことが資源の保存の上で、マグロの保存の上では非常に大き
これは一つの例ですけれども、そのようにおっしゃるならあえて言っておきたいのは、便宜置籍船というのは、ただ単に今回の漁獲の問題で問題があるということだけでなくて、いわゆる事故なんかの問題だとかタンカーなんかの問題についてもいろいろ問題があり得るというふうなことで、便宜置籍船の問題というのは新しくて古い問題で、ずっと繰り返しこの委員会でも議論になってきたことなんです。ですから、私は、便宜置籍船の問題については日本政府としてもよく考えてやらないと、同協定に参加して国際的な協力を強めていく上でやっぱり必要な対応策として考えるべき必要があるんではないかということで、あえて述べさせていただいたわけです。 一つの例を挙げますと、「日刊かつおま