それではひき逃げをして、結局加害者がわからないという場合にはどうなりますか。それで結局加害者に過失があるのかないのか、被害者だけの過失で事故が起こったのかどうかわからない場合、これは保険金を払っているのじゃないかと思うが、どうですか。
それではひき逃げをして、結局加害者がわからないという場合にはどうなりますか。それで結局加害者に過失があるのかないのか、被害者だけの過失で事故が起こったのかどうかわからない場合、これは保険金を払っているのじゃないかと思うが、どうですか。
そうしますと、被害者はどっちにしても非常に不幸なことですが、ひき逃げされたら払ってもらえる、されないで、運転者の無過失が証明されれば保険金がもらえない、こういうことになりますが、この点非常に不合理になりはしませんか。
次に、この法律の第十三条で「責任保険の保険金額は、政令で定める。」こういうことになっておりますが、この改正案は四月一日から施行するというので法案が出ておりますね。ところが四月ももう半ばを過ぎておる。こういうことになって、この改正法律案の施行がおくれるということになると、一般の国民は四月一日から、死亡の場合いままで百万円だったものが百五十万円とれる、こういう期待が裏切られる。一日に三十人くらいの自動車事故の死亡者があるような統計になっておりますが、これは四月一日から現実に施行ができませんけれども、そういう場合に経過規定をどうなさるつもりですか。この法律が施行になったときから百五十万円にする、それまでは百万円でやっていくのかどうか、経過
その点、でこぼこができたりしないで手落ちなくやれますか。結局、この法律施行のとき以後でないといけないことになりますか、遡及させますか。
次に、経過規定第三条についてお尋ねしますが、この第三条のおしまいのほうに「当事者は、当該原動機付自転車につき自動車損害賠償責任保険の契約が締結されたときは、旧契約を解除することができる。」こういうことになっておるのですが、この旧契約というのは任意保険であろうと思うのです。この当事者というのは保険会社とそれから自動車保有者、当該原動機付自転車の保有者、両方であろうと思うのです。どっちからも旧契約を解除することができるかどうか。解除するのはおそらく保険会社であろう。そうすると、かってに民事上の自由契約を結んだそのものを保険会社が自分の都合で契約を解除してしまうということになると、事故が起こったときに、百五十万円の保険は払えるが、五百万円
しかし保険契約の当事者は、双務契約ですから、二人あるわけですね、保険会社と被保険者と。この条文では保険会社が当然解除の権限を持つことになる。都合の悪い保険契約は保険会社のほうから解除できるわけですね、この規定では。それはできないとは言えないんじゃないですか。ないだろうとおっしゃるんだけれども、これはいかがでございましょうか。被保険者のほうはいいとして、保険会社がかってにやっちゃ困る。
普通はそう考えられますけれども、中身は保険金額が非常に高くとも、実情は保険料はそう高くない。だから比較的安い保険料で、大きな、たくさんの賠償を払わなければならないような事故が起こった場合を心配して、契約者が高額の保険を付しておる。しかも料率は金額の割合には高くない、こういうことで契約している例がなきにしもあらず。そこで、幸い今度強制保険に付されるので、保険会社には解除権ができたから、低い料率の保険料の契約に対してそういう不利な、高い保険金を払わなければならぬというような場合には、やはり解除権を私は保険会社は行使するだろうと思う。だからこれは、契約者だけに解除権を与えて保険会社には与うべからざるものだと考えるのですが、これはいかがでし
私は、最高裁判所裁判官の退職手当特例法案について二、三お尋ねをいたしたいと思いますが、まず裁判官の報酬の問題をお尋ねいたします。 一般の公務員、すなわち行政官の待遇につきましては人事院というものがあって、これが適正な報酬等を考え、それを政府に勧告をする。ベースアップの要るような場合には、この人事院勧告に基づき、また政府を構成する何百万という行政官が背後にあるので、大きな力となって国家の財政当局すなわち大蔵省と折衝する、こういうことになりますから、一般行政官のベースアップは実現がしやすい、こう思うのでありますが、裁判官の場合いかなる報酬が適正であるかというような判断、またこれをどんな方向へ財政当局と折衝して実現をはかるか、こういう
手続としては、一般公務員について人事院のベースアップの勧告等がありました場合に、それに準じて最高裁判所の裁判官の給与等について案をつくって、そして大蔵省に折衝する、こういう手続をとっておられるのか。また、他の何らかの手段方法を講じているのか。それを伺いたい。
裁判官はその職務の特殊性と責任の重大性という点にかんがみて、特に待遇をよくしなければいかぬ、こういうのでGHQあたりの勧告もあって、一般の公務員よりも三〇%から四〇%高く給与をきめるというようなことで実施されたと思うのですが、自来十数年たつのですが、その間一般行政官と裁判官との待遇の開きが、当初処置したような三〇%から四〇%高いというその線が現在も維持されているかどうか。あるいは低くなっていやしないかと私は心配する。ことに上のほうや下のほうが顧みられないで、中ほどのところは一般公務員、行政官に準じていくが、最高裁判所の判事などの場合にはなかなか上がらぬというようなことで、一般行政官よりも三、四〇%高くするという方針は維持されていない
結論的に言ってどうですか、いま言ったような程度の幅をまだ持っておりますか。幅がもっと縮減されていはしませんか。また下のほうはどうなっていますか。
日本国憲法では、裁判官は、独立して憲法並びに法律に従って神明に誓って正しい裁判をするという非常に重要な司法面における国家意志の決定者でありまして、一般の官吏が大臣の指揮監督を受けてやる場合とは違い、その職務は非常に崇高であり、またその責任は重大である。こういう点にかんがみて、一般公務員等に対するよりも、待遇の面でもこれを十分守っていくというのが新憲法の精神ではないか。だとするならば、新憲法発足当時のその精神をあくまで貫いて、日本の裁判の神聖を持し、国家のほんとうにりっぱな判断が生まれるような、そういう裁判官に対する待遇が維持されなければならぬのではないか。私、こまかい数字は一々存じませんが、一般的に言ってそういう面でもうだんだん差が
先ほどわれわれの手元に配付された「最高裁判所の裁判官の退職手当額と主な前歴」という資料の一番最後のページの四人の退職最高裁判所裁判官の前歴を見ますと、みんな裁判官もしくは公務員だった人、したがって、退職手当の額は千八百万、千四百万というふうに相当の額になっておる。ところが最初のページの田中耕太郎さんのときは、十年勤務期間があるのですが、わずかに三百八十三万、これは大学教授、文部大臣の前歴があるのですが、これは最後の報酬月額が違うせいですか。最後のページの四人は裁判官、公務員と最高裁判所の裁判官との勤続年数が通算された結果こうなったのであるか、また弁護士から出た方などは何十万円、百万にも満たない。非常に格差がひどい。これを御説明願いた
次に、今度特例法で支給しようという退職手当は、報酬月額の百分の六百五十というふうになっておりますが、いま国にはたくさんの公社、公団、公庫、そういうものがありまして、そのうちで公団などの例を見ると、報酬月額の百分の七百八十になる。そういう基準で公団、公庫等の予算なども要求している。またそういう規定を公庫、公団等に設けているようでございますが、こういう同じような特殊な公務員でございますので、これはどういうわけで、こうした公社、公団、公庫等よりも低い手当にきめようとするのか。公団、公庫等もこうした退職手当をきめるについて、相当の根拠があったのだろう。最高裁判所裁判官は、これよりも二割方低い、こういうことであるようでございますが、そうなると
日本国有鉄道、あるいは日本専売公社、日本電電公社、こういうところは、これは最高裁判所の裁判官よりも、総裁、トップの人はずっと月額報酬が高い、普通の住宅金融公庫だとか国民金融公庫だとか七つ、八つありますし、また国立の開発銀行や輸出入銀行、あるいは各種のたくさんの公団があるが、大体総裁の月額が三十二万円である、副総裁は二十六万円、こういうふうに非常に高いのでありますが、これらの人は給与月額の六五%に勤続月数を掛けた、結局一年にすれば七八〇という、二割方最高裁判所の退職手当よりもいいが、その差別の根拠はないように思う。むしろその職務から言いましたならば、比較にならぬ重要性が最高裁判所の裁判官にはある。この点片方は裁判官で、向こうは国家的な
公社、公団等の役員に就職する方は、長年各方面に活躍された方で、ことに公務員をやってから入られる方が多いので、どうもうば捨て山で、隠居仕事のように世間で見られる向きも非常に多い。それに非常な待遇をしておいて、最高裁判所の裁判官は長年の間法曹のために心魂を傾けて研究をし、勉強をし、その英知をしぼって、独立して国家最高の法律的判断を下さなければならない、非常に重要な、責任の多い心身を労する仕事なんです。これを隠居仕事として公社、公団以下に見るということは、国家のためにはなはだ嘆かわしい、この点十分将来考える必要があろうと思いまして、反省を促す次第であります。 次に、これは事務的になりますが、この裁判官の在職期間を計算するのに、何年何カ
先ほど来申し上げるように、公団、公社に比べて非常に低いので、せめてもの救済手段としてこれは切り上げはできないのですか。一年五カ月は二年にする、一年十カ月はそれを二年にする、それが一年十一カ月であってもただの一年、これははなはだ残念なことです。これは切り上げるという解釈はとれないのですか、かりに法律案を修正しなくても。どうなんですか。
一年未満の場合は問題ないじゃないですか。まさか一年未満でやめる人はない。何年何カ月でしょう。これはどうせ初めから特例法ですから、その点も特例を設けて切り上げるというふうに改めるべきじゃないですか。これは非常に残念な立法ですね。だから、これが解釈上どうしてもできなければ修正する意思はございませんか。さっきの百分の六百五十ではなく、百分の七百八十なり八百にするというのと同様に、一緒にひとつ修正したらいかがですか。山本さんの御見解いかがです。
さらに念を押しておきますが、特例法案第二条の第二項によると、十年で切っちゃうんですね。だから、たとえば十二年つとめたという裁判官の場合、報酬月額三十万円、そうすると十年つとめれば二千三百四十万円ということになるんだが、これは六十倍で切るんですね。そうすると千八百万円ということで、頭打ちになる。十年つとめても二十年でもということになりますか。
終わります。