私は、そのような解釈には承服できないのでありますが、時間も過ぎましたので、きょうはこれで……。 —————————————
私は、そのような解釈には承服できないのでありますが、時間も過ぎましたので、きょうはこれで……。 —————————————
核武装に関連をして、私もっと突っ込んでお尋ねをしたいのであります。実はこの間、三月十六日の本委員会において、新安保条約によって米側の力が強くなる、そうすると、戦争抑制力である武力というもの、実力というものについて、ソ連、中国は危険を感ずる、戦争抑制のために、中国に核武装しなければならないような情勢になるのではないか、そうした場合、中国が核武装をした場合、これを守るために、日本もまた核武装をするか、あるいは在日米軍の核装備を許さざるを得ないようになるのではないか、このように質問をいたしました。これに対して岸総理は、「日本が核武装をしないこと、また核兵器の持ち込みを認めないということは、一貫して私が強く声明しておる通りでありまして、」こ
しからば、お尋ねをしたいのでありまするが、昭和三十二年五月七日、参議院内閣委員会において、秋山長造君が次のように岸首相に質問をいたしました。すなわち、端的にお伺いしますが、「自衛の範囲内ならば、あるいはきわめて小型のものならば、あるいは防御的なものならばというようにワクさえつけば、核兵器を用いてもあえて憲法違反ではないというようにお考えになっているのかどうか。」こういう質問を秋山長造君がなすった。これに対して総理は、「今日われわれの普通に核兵器と考えられている原水爆やこれを中心としたようなもの、これはもっぱら攻撃用の性格を持っているものであると思いますが、そういうものを用いてはならないことはこれは当然でありますけれども、ただ言葉だけ
今大貫君の質問は、実際問題、政策として、日本が核武装をするか、あるいは在日米軍の核装備を認めるかということで、政策上、実際上のお考えとしては、そういうことは認めない、こういうのはわかります。しかし私が三月十六日にお尋ねいたしたのは、中国が核武装をする、こちらも防衛の範囲内で核武装をせざるを得ないように理論上なるのではないかと聞いておるのです。私は三月十六日のことを特に聞きたいのですが、私の質問は、日本政府がやるか、アメリカがやるかは別として、日本において核武装、ミサイル兵器による防御ということをやらなければならぬようになるのじゃないか。それは、政府のお考えで、守るための装備であるから、それは憲法の自衛のために必要な武力、実力の範囲内
そうしますと、三月十六日の私の質問、すなわち、それは憲法の自衛のために必要なる武力、実力の範囲内である、こういうふうにお考えになるのであろうか、こういう質問に対しては、そのときの答弁は、政策問題で答えたのだ。理論上は、憲法上の問題としては、秋山長造君に昭和三十二年にお答えになったと同じように、憲法上の理論としては、場合によっては憲法の自衛権の範囲内で核武装もできでる、こういう解釈だ、このように了解してよろしゅうございますか。
私は、最初に岸内閣総理大臣に対しまして、岸首相が、今回日米安全保障に関する条約を改定するにつきまして、どのような御決意、そして政治的信念を持っておられるか、まず最初にお尋ねしたいと存じます。 われわれ人類は、この二十世紀において、二度の世界をおおうところの大戦争を体験したのでございまするが、あるいは三たび第三次の大戦を迎えるようになるのではないかと、世界じゅうの人々が心配をいたしております。この第三次大戦は、おそらく自殺戦争になるのではないか、こういうことを予想せられるのでありまして、このような恐怖すべき戦争を、どうしてもわれわれは防止しなければならない、これが世界人類の最大の願望であろうかと思うのであります。特に日本国民は、平
総理大臣は、ただいま世界の平和達成並びに日本の安全のためのお考えを、そして決意をお述べになりました。これが単なる口頭禅であってはならないと思うのであります。日本の政治にとりまして最大の重要な問題である安全保障に関する新条約の審議にあたりましては、今述べられた信念と決意に従って、反省すべきものはこれを反省する、悪い点があれば虚心たんかいに改めまして、世界の平和に貢献をし、また、わが国の平和と安全のために、最善の道を進むべきことを誓っていただきたい。これの誓いを聞いてみました上で、私は次の質問に進みたいと考えます。
もう一言、総理大臣の信念、お考えをお伺いしたいのでありまするが、イギリスの有名な政治家でありましたグラッドストンの先生が、次のようなことをグラッドストンに教えたということを、私はある本で見ました。それは、政治というものは満足のいくことのないビジネスである、結果が不完全でもがまんすることを学ぶべきである、こういうことを教えたそうであります。政治の中でも、国家、国民の安危にかかわる、しかも、きわめてむずかしい外交という政治にありましては、これはなおさらのことでございます。安保改定が、現行条約よりも少しもよくない、世界の、平和と日本の安全のためにはならない、こういうことでありますならば、この際、改定は一つ取りやめるように考えを直してもらい
今岸総理大臣は、珍しくおまじめな御答弁をなすった。自分らは、日本の外交として、世界平和のために、日本の安全を守るためにこれが最良である、このように考えて条約を締結する、これについて国会の承認を求めたい、こういうお考えで出された、しかしながら、この安保条約審議の過程において、お互いに話し合いをして、もし悪い点がある、またこう改めた方がいいではないかという、よりよい考えがあれば、十分にこれを取り入れてそれに協力をする、あるいは改めることにやぶさかではない、こういう御答弁がございました。当然といえば当然でありまするが、これは口先だけではなくて、真剣に、そのようなお考えで、今後野党からの質問あるいは野党の意見というようなものを、先ほど申し上
今お答えになりました通り、昭和三十二年に、岸・アイゼンハワー共同声明において、いろいろとそのときの会談の結論が出ております。その中に日米安全保障委員会を作ろう、そして今後の推移を見よう、こういうようなことになっておるのでありますが、そのときに——これは、少し横道にそれますが、この岸・アイゼンハワー共同声明の中に、在日米軍の撤退、これは、合衆国は日本の防衛力整備計画を歓迎し、よって安全保障条約の文言及び精神に従って、明年中に日本国内の合衆国軍隊の兵力を、すべての合衆国戦闘部隊のすみやかな撤退を含み、大幅に削減をする、こういうようなこと、それからなお、岸総理大臣は、琉球及び小笠原諸島に対する施政権の日本への返還についての日本国民の強い希
それは何もむずかしいことじゃないのです。どんなふうななにか。新聞で私はただ見ているだけですから、総理大臣なり、外務大臣、御承知かと思うので、簡単ないきさつでいいのであります。 それで外務大臣、ただいまの沖繩の問題で御答弁いただくのでありますが、ついでにお尋ねしたいのは小笠原のことでございます。小笠原の島民が、千七、八百名かもっと多いか、全部こちらに来ている。百数十名のアリアン系の、あるいは混血の人たちが向こうに残っている程度で、こちらに来た人たちは非常に生活にも困窮しておる、こういう状況でございますが、これに対して、アメリカ合衆国においては、何か昭和三十五年度予算ですか、それで何がしかのお金を予算に計上して、そして小笠原島民の日
小笠原の人たちに対しては、たしか千七、八百名いると思うのですが、六百万ドルというと一人当たり三十万円くらいでしょうか。それをどのように配分するかということはこれはおそらく日本の政府にまかせるのではないかと思うのです。これは、あるいは土地建物、いわゆる財産に対する補償というものと、各個人の生活に対する補償というようなもの、いろいろに分けられると思うが、これはぜひ一つ適正な配分を、もし必要なことがあればしてもらいたい、こう思うのでありますが、それはさておいて、沖繩の方は、総務長官がいなくてはっきりわかりませんが、これは戸籍あるいは教育に関する事務、今交渉中だと聞いておりまするが、一体いつごろから、日本で戸籍事務あるいは教育の一部を管掌す
小笠原の戸籍あるいは教育に関する事務の移管といいますか、これはまだはっきり期限はわからないということでありますが、これはあとで福田総務長官が見えたらお尋ねいたします。 さて、そこで、この沖繩というものは、どんな手続で一体日本が返還してもらえるのか。時期等を聞くのではありません。手続はどんなふうにしたら返してもらえるのか。これは平和条約第三条によって、アメリカを唯一の施政権者とする国際連合の信託統治制度に付する、こういう原則になっており、その信託統治に付するまでは、アメリカが立法、行政、司法の全面的な統治権、施政を行なうというように定められておるようでありますが、これを一体日本に返してもらうということになると、国連総会の議決も経な
これはサンフランシスコ平和条約で、これらの各国が参加をしてきめられたはずである。そうして国連の方へ委任したという形に考えるのですが、そうしますと、一体面美大島の返還の手続で、あと文句が出ませんか、いかがなものですか。
そうしますと、奄美大島のような先例にならうということになれば、これはアメリカ一国の考えでいつでも日本に返還ができる、こういうことになりますか。
この場合、アメリカと日本の協定という言葉を条約局長は用いましたが、贈与みたいなかっこうでしょうか。贈与には、契約と遺贈のような、一方的な行為による財産の給付がある。そうすると、これはアメリカの一存でもいい、日本の意向は買わないでもやれる、こういうことになりますか。
もう一つ、その場合、日本の意思はどうか。
それでは、戸籍事務あるいは教育事務——戸籍などは、日本人たるの身分を明確にする、およそ基本的な憲法上の規定であります。戸籍はそういう事務でありますが、この戸籍事務を日本に返還をする、あるいは教育行政の一部を返還をするということになれば、日本は沖繩に対して施政権の一部を行なうということになると思いますが、これは総理大臣、いかがでございましょう
戸籍法によれば、戸籍事務は市町村長が行なう。終局は法務大臣であるが、地方法務局長がこれを監督して、そして適正な、間違いのない戸籍事務を行なっていく、こういうことになるのであるが、そうなると、これは沖繩に日本の市町村長を置かなければならぬ、あるいはこれにかわるところの公務員が必要となる、いろいろ手続があると思います。従って、これは非常に重要な国家事務であり、総理大臣の言われるように、重要な施政権の一部である、こう考えるのでありますが、これが実現をいたしまして、戸籍事務なり教育事務を日本が行なう、こういうことになると、沖繩に対してはアメリカと日本がともに施政権を行なう、こういうことになると考えるのでありますが、そうなった場合に、新条約の
一体何が施政権であるかということになると、非常に広範多岐で、非常に大きなものであります。むろん事務的に見れば、戸籍事務は、量としては大したことではないかもしれません。しかし、日本憲法には、日本人たる資格は法律によって定めるという、これは憲法付属の重大法律でございまするし、しかも、この戸籍というものは、国家というものが領土と人民とからなっているとすれば、その人民そのものを構成するという、およそ国家の半分の支配をする——土地に比べて人間の方がはるかに重大でありまして、この人間の身分関係を規律する重大法律を日本が施行する。憲法の内容である戸籍、国籍等を日本が管掌するということになると、これは量や事務そのものとしてはごく一部かもしれませんが