当然のことだから書かないという考え方もあります。しかし私は、昨今のいろんな状況を見ますと、その辺は、言うならば職務の執行に当たっては厳正中立でなければならないということをやはりこれは単なる教育レベルの問題ではなくて明文のものとして置く必要があると思いますけれども、いかがですか。
当然のことだから書かないという考え方もあります。しかし私は、昨今のいろんな状況を見ますと、その辺は、言うならば職務の執行に当たっては厳正中立でなければならないということをやはりこれは単なる教育レベルの問題ではなくて明文のものとして置く必要があると思いますけれども、いかがですか。
今の発言、今の答弁は私は非常に問題だと思うんです。 教育のレベルで教えていることをなぜ明文に書かないんですか。おかしいじゃないですか。しっかりと書けばいいんじゃないですか。書くことでどこか都合が悪いことがあるんですか。
この質問は大変私は重要な質問だと思います。予定はしていませんでした。しかし、なぜ慎重でなければならないのか。そういう姿勢がまさに権力に弱い警察、それを象徴するような答弁ではないでしょうか。この辺についての見解あるいは対応を改める必要があると私は思いますけれども、いかがですか。
私は、そんな具体的なケースを書けなんというそういう質問をしているわけじゃないんですよ。一般的に書いたらどうだというふうに言った。そして、現実にそのような規定がおありですよ。不偏不党というような言葉までしっかりと書いてあるじゃないですか。ところが、答弁の中でそういう規定が長官の頭の中にどうもしっかりと刻み込められていなかったんではないのかなと。私は、今のやりとりを見るとそんな感じをどうしても持ってしまいます。 これ以上この問題については私は踏み込むことはいたしません。ただ、非常にそういう意味での国民の皆さんの疑念を、特に権力にある立場の人に非常に弱いんではないのかなと、こういうふうなことを持たれるようだと、やっぱり本当の意味での警
さて、このフォーカスの記事に触発されたのでしょうか。十月二十七日に、読売新聞と産経新聞がこの記事の後追いといいますか、具体的に警察が動いているよというフォーカスではそういう記事が出ておりました、では現実にくだんの女性そして警察の動きがあったんだろうかということをどうも新聞は一生懸命取材力を駆使して探したようでありまして、この十月二十七日には二つの新聞でこういうふうな記事が出ております。「警視庁小岩署が平成七年五月、覚せい剤取締法違反容疑でこの女性の住む東京都港区内のマンションを家宅捜索していたことが二十七日、分かった。」と。これは新聞の記事であります。 警察で確認をするということになりますと、恐らくそのくだんの女性に対するプライ
それは、もう一回確認しますけれども、四月から七月までで十件ということですか。
平成七年として三十五件あった。 それで、お言葉の中に既に先行的にお述べになられていますけれども、特に五月ということで何件ぐらいありましたですか。
五月はなかったと。四月はありましたか。
六月はありましたか。
それでは四月は何件ですか。六月は何件ですか。
ありがとうございます。 さて、このフォーカスの記事の中では、中川長官とおぼしき声が警視庁の保安課という言葉を出しております。 そこでお尋ねしたい。これもまた一般的な質問として聞いてください。 覚せい剤事犯、まずは警視庁ではこれはどこが所管するんですか。
保安課というのは、当時警視庁の中にはあったんですか。
保安課の職務は、所管といいますか、どんな内容でしょうか。
若干薬物対策課と保安課がずれているようでありますけれども、保安課が覚せい剤事犯を取り扱うということはあり得ないのでしょうか、あり得るのでしょうか。どうした場合にあり得るのでしょうか。
それでは、保安課と薬物対策課を束ねているその上のセクションというのはどこですか。
これ以上質問をしてもあとはかなり個人のプライバシーの話になってくるので、私は、質問はこの問題についてはこの辺でとめるのが賢明だと思っております。 ただ先ほど、小岩署が五月にはなかった、だけれども四月、六月とあった、そして六月には件数がかなりあったと。一方で、先ほどの記事の話に戻りますけれども、読売新聞の方では五月の下旬というふうな話も出ております。私は、これは後で捜索令状を裁判所の方が出してくれるのかどうかわかりませんけれども、この問題というのはかなり明らかにすることができるんではないのかなと、そういうふうな実感を持っておりますし、そういう意味ではかなり情報漏えいの可能性が、可能性といいますか確度が高かったんではないのかなという
機関委任事務が廃止されて、非常に市町村が、あるいは県がみずからの考え方で地方行政を推進していける、そういう体制はでき上がったわけでありますけれども、よく言われるのは、まさに財源の問題ということになるわけであります。 今、IT化の問題があります。 先日、私、同僚の内藤議員と二人でインドのバンガロールあるいはハイデラバードというところに行ってまいりました。御案内のとおり、インドは各州がITの政策をお互いに競い合っている、そしてそういう非常に州同士の自由な競争の中で大変な活力が導かれている、こういうふうな状況になっていることをつぶさに見てまいりました。 アンドラプラデシュ州というところにも行きまして、そこのナイドゥさんという首
ぜひともどんどん進めていただきたいなと思います。 若干質問の趣旨とお答えが少しずれたような感じもいたしますけれども、こだわりますと先に行けませんので次に進みます。 私は、戦略という言葉をどうも日本の政治は安易に使い過ぎるんではないのかなと。戦略でどこが大切なのかというと、組織の枠組みをつくることじゃないんですよ。一番戦略で大切なことは何か。これはもう太平洋戦争のとき、ミッドウェー海戦で日本とアメリカが戦って負けましたけれども、あのときに一番欠けていたのは何かといえば、この作戦の意味は何なのかということを上から下までしっかりと貫徹させていなかったからだめなんですよ。戦略というのはまさに、幾ら組織をつくって名前をそれにつけて人を
どうも大先輩から最初からずれているというふうに前置きをされてしまいますとなかなか質問がしづらくなるんですけれども、その三点という指摘もこれからする予定であったわけでございますので、どうか御答弁の順番を間違えないようにしていただきたいんです。 私が指摘しようとした三点というのは、効率的地方政府の実現が一つ、二番目は行政情報の公開と活用、三番目が行政サービスの質的向上ということだと思うんです。私は、その三点が一番重要なポイントなんではないのかなと。 ただ、今やっぱり三つ答えられた。一つは住民ニーズ、質の高いサービスを提供する、サービスの質を変えるんだよと。まさにそのとおりだと思います。それから二番目に社会経済の活性化だと。これは
さて、次の質問でございますけれども、IT化というのは独立的な創意工夫が生かされると同時に、それが広くネットワークを組みながら進んでいくというそういう特徴を持っています。ある意味では二律背反ではあるんですが、独自性を保ちつつもお互いに共有化できる部分は共有化していく、それによってむだな投資を避ける、こういう観点がぜひとも必要だと私は考えます。 そういう意味で、各自治体が競うようにしてIT化をやっていく、これは非常に重要なことではあるんですけれども、それがある意味で無原則あるいはルールなしで行われると、簡単につなげないような、自分のところだけで閉鎖してしまうような、タコつぼのような各自治体のそういうネットワークが非常に日本じゅうでき