疑問は当然お持ち願うのが筋だと思います。
疑問は当然お持ち願うのが筋だと思います。
先ほども御説明いたしましたように、貿易問題の決着というのは、二国間の問題であり、それを決着するのにはある程度日時を要する問題であるわけです。しかし、通貨の調整というのは、十カ国で集まってある程度了解がつけばそこでまとまるわけです。したがって、貿易交渉を並行して進めながら、通貨は一応この辺でおさめておこうというふうにまとまればまとまり得るわけでありますし、貿易交渉のほうが一向進まぬから、もう少し様子を見たいということになれば延びるでありましょう。その意味で七公三分と申し上げたのは、大臣はその点を私より若干楽観的に考えられたからでありましょうし、私は、やはり過大な期待は禁物だと、かように申し上げたわけであります。
そのように解釈するのはやや楽観的に過ぎるのではないかと思います。と申しますよりは、日本の態度は、言われておりますようなふうに、何もかもコミットしておるというものじゃございません。ただ、ECとアメリカとの間のように、国際交渉が疎遠であったというのでなくて、日米には閣僚会議もございますし、そのほかいろいろなチャネルがあって話し合えると、だからそういう話し合いの場が残っておるということで、この際平貨だけきめておっても、今後の話し合いはできようというふうにアメリカが感ずれば、平貨だけ切り離す可能性はあろうと思いますが、そのことが、即日本はアメリカの言うそういうような条件をのむとかのまぬとかいうことにはつながらない、それは別個の問題として今後
はい。
いまの日本の変動レート相場というものが大体一〇%ちょっとこしたくらいになっておりますから、それからそう大きく動かないという感じでございます。
ドルの切り下げ幅につきましては、まあ数%というのから、一〇%というくらいまであって、そういうような意見もございまして、その辺がまだ具体的な提案にはなっておりません。
三%というのが一番高い率を主張する意見で、三では高過ぎる二・五がいい、あるいは二がいいというような意見がそれに若干ございます。御承知のように現行は一%でございますから、ワイダーという意味で二から三というぐらいのところに意見がばらまかれております。
まだそこまでいっておりません。むしろそういう意味で欧州筋からときおり伝えられますように、ECだけで通貨同盟をつくっていくという動き、これはある意味で世界が通貨的にブロック化するということにもなるわけでありますから、そういうことにならないように、何としても今後の十カ国蔵相会議で平価調整を成功させたいというのがやはり偽らざる気持ちであろうかと思います。
貿易なり通貨のあり方としては、固定平価が一番いいことは御承知のとおりで、しかもそのマージンが小さいほうが安定することは当然でございます。したがって、それが世界的にできれば一番いいわけで、それがIMF体制であったわけです。IMF体制がくずれていく過程で、皆がどういうかっこうに、どう分解していくかというのが非常にむずかしいわけで、それがブロックになるのか、あるいは相互がある程度、何といいますか、変動制に近いような形で動いていくのか、そこのところがECの団結力というようなものをどう評価するかという点にからむと思います。その意味では、ガットがすでにECの団結というものの前にやや無力になってしまったというのは、われわれとしては見のがしてはなら
先ほども申し上げましたように、当初の段階では、通貨調整が行なわれ、アメリカの貿易収支が具体的に改善の兆候を示したとき、それが課徴金撤廃のときなんだ、ただしかし、課徴金はあくまでも暫定的なものだというのがアメリカの言い分であったわけですが、その後、平価調整は平価調整として、貿易上のいろいろな対米——アメリカから見て対米差別であるというようなものが取り除かれない限り、課徴金は廃止しないのだというような言い方が若干におった時期がございましたし、現在におきましては、その通貨調整が行なわれれば、それは課徴金の廃止につながる、廃止を考えていいというようなふうににおっております。いずれも明確な形で、つまり通貨の調整といいましても、その調整の幅が、
ただいま初めてお聞きしたことで、まだ意見ございません。
ただいまのところで申せば三つとも可能性があって、どれだけが一番可能性があるということは申し上げかねます。しかしいずれにいたしましても、アメリカのドルの切り下げということだけを見ましても、それだけのむずかしい選択があり、そのどれをとるかというのが、SDR制度で将来いくのか、金本位制度でいくのかというようなこととも微妙につながるわけでありますから、したがいまして、ワシントン会議をあまりに楽観的に考えるにしては問題は根が深く、いずれもむずかしい問題をかかえておる、ムード的にはまとめたいというムードはあふれておりますが、そういう問題は多田委員御指摘のとおり、いずれをとりましても難問があり、要は最後の決断でございます。その決断をするだけの環境
この点に関して申せば、コナリー長官一流のはったりということよりも、コナリー長官の強い願望が早く決着をさせたいのだというふうになっておるのだと取りたいと思います。ただ、コナリー長官が、おっしゃっるように言明したというのは、一部報道機関の誤りでございます。
やはりECなりにまとまっていきたいという願望は非常に強くて、御承知のように、域内関税は完全に撤廃になっておりますし、域内税制の調整につきましても、イタリア等が若干おくれてはおりますが、とにかくまとめていこうというような動きをしております。しかし、同時に半面、交通機関一つの統一につきましても、非常に各国の利害が対立してむずかしい問題を生んでおることも事実でございます。したがって、この通貨のような、いわば経済現象を、それによって経済を、それを軸にして動かしていくような重要な事柄について、ECがそれにしばられるような形の通貨同盟にまで発展し得るかどうかというのは若干の疑問もございますが、しかし、統合への意欲とか、あるいは統合へのいままでの
私どもも、金とドルとの交換性が回復されることが国際通貨制度上望ましいという考えは持っております。しかし、そのことのために、アメリカ経済にいろいろな制約、つまり自由なマーケットでなくなるようないろいろな制約が課せられるとか、あるいは日本に対する過大ないろいろな貿易上の要請がされるというのであれば、むしろそれよりも、次善の策として金の交換性についてはそれほど強く要求しなくてもいいのじゃないか、かように考えております。
先ほども申し上げましたように、ドルを帳簿価額として評価をする限り、確かにドルの切り下げを要求すれば円価額としてのドルは減価するわけでありますが、もし国際通貨の準備を一たん貿易収支が赤字になったときの決済資金であるというふうに考えるといたしますれば、対米貿易が赤字になったときには、従来のドルは同じようなドルになるわけでありまして、私どもはその点では、もちろんドルの価額が円の評価としても変わらないほうがいいにこしたことはありませんが、それは一義的な問題であり、評価上の問題でありまして、われわれはむしろ円の日本経済の競争力が、第三国との関係でより不利になるような円の大幅切り上げよりは、ドルの切り下げを含んだほうが有利である、かように考えて
ドルのことにつきまして申しますと、御承知のように、アメリカの議会に一〇%以下の切り下げを政府に認めよという法案が出ておるわけでありますから、そういう意味で数%ないし一〇%ということがわりあい見通しとして申し上げられるわけでありますが、見通しといいますか、考えられておる数字として申し上げられ得るわけでありますが、円につきまして申し上げれば、これは全く今後の交渉の場に臨むにあたって、むしろ皆さんの御意見を承るのが筋でございます。私どもの考えといたしましては、円の適正な評価というものは辞すべきではないし、適正以上の評価はすべきではない、かように考えております。
従来の金ドルというような圧倒的に強い通貨にささえられてIMFの平価調整というものはわりあいに持続的にまいったわけでありますが、国際経済の状態も非常に流動的でございます。それにアメリカ経済の将来も、後ほどいろいろ御議論もあろうかと思いますが、予断を許しません。したがいまして、われわれが戦後二十年間平価というパリティというものはある程度確固不動のものであるというような感じで経済を運営してまいりましたが、おそらくそういうことを将来に向かって期待するのは少し甘過ぎるのではなかろうか。今後は為替というものは文字どおり変動するものであり、ある程度のフラクチュエーションというものは避けがたいものだという考え方で対処していかなければならないと思いま
必要な限りの情報の交換は続けてまいらなきゃならぬと、かように考えております。
輸入課徴金があったままでありますと、輸入課徴金が各国の貿易に与えておる影響がばらばらでございますから、いわゆる適正な平価調整というのは理論的にできないわけです。したがって、平価調整が行なわれたときには、少なくとも理論的に輸入課徴金は廃止するということを前提にしなければならないと思います。現実にその廃止が何月から廃止になるとか、あるいは段階的になるとかいうようなことは、今後の交渉にかかることであろうと思いますが、適正な平価調整というのは、やはり輸入課徴金があっては算定できないわけでありますから、それは廃止するということを約束し、前提としなければならない。現実に廃止につきましては予断は許しませんが、一挙に廃止するということも不可能、ある