今の答弁からすると、そうしますと、もう一度外務大臣に聞きますが、非常に酷な質問になると思います、難しい判断だったとも思います。ただ、検証というのはこういうものですからね。 あのスピーチをしても二人を殺害することはないであろうというふうに外務省としては考えたんですか。今の答弁は、総合的にというのは、その部分についても含めて総合的にということになると、そういうことになりますよ。どうですか。
今の答弁からすると、そうしますと、もう一度外務大臣に聞きますが、非常に酷な質問になると思います、難しい判断だったとも思います。ただ、検証というのはこういうものですからね。 あのスピーチをしても二人を殺害することはないであろうというふうに外務省としては考えたんですか。今の答弁は、総合的にというのは、その部分についても含めて総合的にということになると、そういうことになりますよ。どうですか。
総合的にという言葉の中に、二人についてどれぐらい真剣にケーススタディーをして考えたのかという跡が、正直言って感じられないですね。 総理、きのうも大分やりとりをされていました。私も、テロに厳しく対応するのは必要だと思いますので、そういうメッセージも出すべきだったと思います。しかし、テロに屈しない、しっかり対応するということと、現実に二人が拘束をされて命の危機にさらされている、となると、その部分についての言葉を選ぶということは、私は、一緒にやっていかなければならない、これはどちらも落とすことができない、そういう重大な問題だと思うんですね。 その部分について総理はどれぐらいの認識を持って、報告も受けていたということですが、あのスピ
テロに屈せず対応していく、それは私も全く総理と考えは同じです。しかし、今の部分についての私の質問には総理はお答えになっていない。 私が聞いたのは、二人の命が危機的な状況にさらされていて、そしてそのリスクが現実的に外務省から説明をされている中で、きちっとその部分にも配慮をした言葉を選ぶことが必要だったのではないかということを言っているわけですね。もう一回、そこを答えていただきたい。 それともう一つ、総理にお伺いしたい。 それは、先ほど外務省から、総理には説明があったという話がありました。メールのやりとりですね。すなわち、ISILと思われるそういうテロ組織に拘束をされているということ、さらには、恐らくは身の代金が要求をされて
テロリストの思いをそんたくするなんというのは論外です。そんなことは私は一言も言っていません。 ただ、目の前で拘束をされている二人がいて、その命がどうなるかというのは、国民の命を守るのは政治の役割ですから、それは考えた上でスピーチをするのが当然でしょう。 総理、もう一つお伺いします、ここについてはもう水かけ論になるんでしょうから。 総理、積極的平和主義と今回の中東訪問の関係なんですが、これを少し御説明いただけませんか。 総理は、就任以来、積極的平和主義ということを言われてやってこられた。今回のこの中東訪問もその一環というふうに考えてよろしいですか。
今回、総理が中東に訪問をされた。今の時期に中東に行けば、これは当然ISILについて厳しい姿勢で臨み、そのメッセージを出すことになるわけですね。総理はその判断をされた。 私は、これまでの日本外交、さまざまな評価はあるというふうに思いますが、総理の考え方とこれまでの外交というのはやや違うのではないかというふうに思うんですね。 さまざまな国際貢献をしてきたけれども、そのことを余り喧伝して、こういうことを日本はやってきたということを言わなかった、これが日本の評価につながらなかった、そういうことを言う方もいらっしゃいますが、一方で、見えないところで日本は世界じゅうのために貢献をしているということが評価をされてきた部分もある。言うならば
我が国が世界の一員としてテロをなくしていくためにしっかり貢献をしていくべきだという考え方は、私も合意をします。そこは私も総理に賛成します。 しかし、現実的に、過去の国際情勢を見たときに、それはアフガンもイラクもそうですけれども、さまざまな国際的な取り組みをしてきた中で、テロが撲滅できてこなかったという歴史もあるわけですね。その中で、日本は日本で独自の役割をさまざま果たしてきた、これも日本のこれまでのあり方だったわけです。 もうこれ以上総理にこの件は聞きませんが、来年には、日本が久しぶりに国連の安全保障の非常任理事国になる、さらにはサミットの議長国になる、そういった中で、積極的平和主義のもとで日本が世界の先頭に立っていくんだと
総理、もう一回お伺いします。 そうしますと、総理は、戦争犠牲者の中に戦争指導者も入るというふうにお考えなんですか。
私も歴史の勉強は自分なりにしてきたつもりでして、戦争指導者と言われる人たちの中に、最大限の努力をしたり、それぞれ本当に努力をされた方がいることは認めますよ。 しかし、我が国は、あれだけの犠牲者を出して、そして戦争を乗り越えてここまで来ている。私は、戦争犠牲者の中に戦争指導者は入らないと思います。犠牲者ではない、少なくとも。 総理、もう一回お伺いしますが、そうしますと、戦争犠牲者の中に戦争指導者が入るということについては排除しないということですね。もう一度お伺いします。
太平洋戦争が始まったのは一九四一年ですが、この一九四一年に総力戦研究所というのができていまして、そこでさまざまな検討がされたことは恐らく総理も御存じだろうというふうに思います。一番それをわかりやすく書いたのが猪瀬直樹さんの本でありまして、「日本人はなぜ戦争をしたか 昭和十六年夏の敗戦」というこの本ですね。 これは、実は石破大臣がしばしば若い人に、読むべきだということで推薦をされている図書で、私もこの本を読んで、その後、歴史について改めてさまざま考えるきっかけになりました。 聞いておられる方、少し承知をされていない方もおられると思いますので説明をさせていただきたいと思うんですが、一九四一年、太平洋戦争開戦前夜に、我が国は、各省
この報告は、当時の総理である近衛首相、そして当時陸相であって後に総理になった東条英機陸相、この二人も当然聞いておられる。そこも含めて、戦争指導者についての責任をここでしっかりとやはり我々は認識すべきだろう、そういう観点から、石破大臣には、彼らは戦争犠牲者かということを聞いているんです。これは政治家としてぜひお答えいただきたいと思います。
総理、今お帰りになりましたが、ちょっと席を外しておられましたので、もう一問だけ石破大臣にお伺いします。 総力戦研究所の教官をやられたのが堀場さんという方でありまして、この方がいろいろな記録を残されています。私、基本的に全て読みました。その中で、研究の成果を政府が採択してくれたなら大東亜戦争は恐らく起こらなかったであろうとつけ加えたという記述がある。やはりあの戦争には突入すべきではなかった、私はそう思います。 大臣にぜひお伺いしたいのは、やはりこのときに我が国は、その前も含めていろいろな経緯はあったけれども、特にこのときに我が国は国策を誤ったであろう、これはもちろん村山談話に入っている言葉ですが、この村山談話を離れても、私は、
石破大臣のこの部分に対してのこれまでの御発言は非常に一貫をしています。私もそこは同じ見解です。 そこで、総理にお伺いしたい。 一九四一年夏にシミュレーションをして、敗戦がもう間違いないと言われていた。そして、それを政府は当時採用しなかった。やはりどう考えても、私は、国策を誤った瞬間がこのときにあったと思います。そして多くの日本人が犠牲になった。 総理、村山談話について聞くのは次の辻元さんがやられますから、私はそこについては聞きません。やはり我が国は国策を誤った、このことについては総理としてはっきりお認めになるべきだというふうに思いますが、いかがでしょうか。
どこの時点で誤ったかというのは、幾つかのタイミングもあったと思いますし、そこについては確かにいろいろな検証があるかもしれない。ただ、このときも含めて明らかに国策を誤ったがゆえに、国民を犠牲にし、そして世界の中でさまざまな、それこそ我々が反省をしなければならない、そういう事態を引き起こしてしまった。そこの国策を誤ったということについて総理はお認めにならないんですか。 もう一回お伺いします。ここは、談話と関係なく、総理の基本認識として極めて重要なところです。国策を誤ったというお考えがあるかどうか、もう一度御答弁いただきたいと思います。
国策を誤ったという最も基本的なところは、総理はお認めにならない。戦争指導者が戦争犠牲者であるということについても否定をされない。私は、今の答弁を聞いていて、総理はやはり歴史の修正主義者だという批判を免れないと思いますよ。 そのことは、この国の戦後七十年をきちっと総括し、新たな歩みに前向きな政府として、さらには国会として進むということにならない。そのことを申し上げて、質問を終わりたいと思います。
細野豪志でございます。 私は、きょうは、福島の問題、原発の問題について宮沢大臣と、当然総理もでありますが、そして、国民の年金の問題について塩崎大臣そして総理と議論してまいりたいというふうに思います。 まず、宮沢大臣にお尋ねをいたします。 配付をした資料をごらんください。 まず、配付をいたしましたこの資料は、小渕経済産業大臣のときに、九州電力の川内原発の再稼働に向けた政府の方針を示したものであります。 まず、確認をいたしますが、大臣はかわりました。しかし、私は、これは経産省の方針として鹿児島県知事に示されたものというふうに理解をしていますが、この理解でよろしいでしょうか。
今確認を宮沢大臣にいただいたペーパーの二段落目にはこういうことが書いてあります。「原子力政策の推進に当たっては、東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故を片時も忘れてはなりません。事故を真摯に反省し、被災された方々の心の痛みに誠実に向き合い、廃炉・汚染水対策と福島の復興・再生に全力で取り組んでまいります。」こう書かれています。 宮沢大臣の閣僚就任の記者会見を見まして、私は正直言いまして目を疑いましたし、もう一回映像で確認をして耳を疑いました。すなわち、三年半以上原発事故からたっているにもかかわらず、国会議員の中に行っていない人がいた、そして、しかも、その方が原発政策の責任者として就任をされたということに大変驚きました。 改め
なぜお行きにならなかったのか、東京でそういう法律をつくっていたとか、そういう話をされましたけれども、私は福島の皆さんには理解されないと思います。 この間、何人か福島の方とお話をしましたが、正直言ってちょっと信じがたいという、全ての方がそういう反応でした。ある方は、こういうことをおっしゃいました。震災後一度も来たことがない宮沢経産大臣という人は、東京電力の株を持っていらっしゃるという意味だと思うんですが、東電は応援するが、福島を応援する気はないらしい、こういう発言も私は直接聞きました。 大臣、ちょっと確認をしたいんですが、きのうの経産委員会での答弁でこうおっしゃっているんですね。何となく、私の生まれや、父から聞いている話では、
私は、この福島の問題に関しては党派は関係ないと思っているんです。したがって、これまでも、政権の中で福島のために一生懸命やっている方については、ここは個人的にはいろいろな形で協力をしてきました。しかし、残念ながら、少なくとも今の宮沢大臣からはそういう気持ちが伝わってこないし、本当に期待ができるのかということについては私は疑問を持っています。 そういう意味で、宮沢大臣が経産大臣として職務をやっていく資質を本当にお持ちかどうかということも含めて、原発について議論をしたいというふうに思います。 先ほどお見せをしたペーパーの中で、二枚目の二番目のところ、川内原発の安全性について具体的に記述をしたところですが、この三行目にこう書いてあり
このペーパーを経産省が出したことというのは非常に意味が大きいんですね。これは、経産省は、安全性を確認するのは原子力安全委員会の仕事ですよ。しかし、再稼働そのものを説明し、住民の理解を得るのは経産大臣の仕事ですから、この福島第一原発と川内原発、当然この事故を受けてやっているわけですから、この違いがしっかりわかっていないようでは話にならないんですね。 原発、この二つは明確に型が違います。違う原発です。それは御存じですよね。
川内原発は何という型の原発ですか。