わかりました。することの是非は別として、そういう手続を踏もうというお考えがあることはわかりました。それでなかったら架空のものを相手にしてわれわれは議論しなければならぬから、したがって、それが免許がおりなければわれわれはこれを一人前のものとして法案の対象にすることがむずかしいのじゃないか、そういう考え方を持っておるのです。よろしいですか。
わかりました。することの是非は別として、そういう手続を踏もうというお考えがあることはわかりました。それでなかったら架空のものを相手にしてわれわれは議論しなければならぬから、したがって、それが免許がおりなければわれわれはこれを一人前のものとして法案の対象にすることがむずかしいのじゃないか、そういう考え方を持っておるのです。よろしいですか。
どうも私の質問と局長の答弁とちょっとすれ違うんですが、わかりますか。私の言うことは不十分でよくわからなかったら言い直しますが、私の言っておるのは、東京ターミナルとうものは、これを東京ターミナルとして認可をして、そして認可をした一人前のものをこの法案に基づくところの出資者にするという形をおとりになるのか。そうじゃなしに、それはさて置いても、とにかく現在ある架空のこの東京トラックターミナルという会社を出資相手としてあなたのほうでは考えておられるのか、この点を聞いておるのです。ですから、その中であなたのほうの考えておられるやり方のこまかい問題じゃなしに、この処置だけをどういうふうにおやりになるのか、これを聞いておるわけなんです。
評価の問題は、私は、いま問題にしているんじゃないですから、これはちょっと預けておきます。 それからもう一つ、この資料によるところの中仙道経由で東京に入ってくる事業者は、二十三事業者中八社、こういうことでありますが、これはその他の東海道それから甲州街道、陸羽、水戸、千葉、それぞれこの系路別にすると、この二十三事業者というものの数はどういう数字になりますか。中仙道系の八社はわかっていますね。
いや出資二十三事業者の……。
これはダブってをっても、そういうことを聞いておるわけですが、さらにもう一つ、その次に、五百五というのが路線業者ですが、この五百五の路線業者をさらに街道別に極分するとどういう数字になるのか。これはあとでいいですが、いまわかりますか。
そこで、先ほどのこの出資二十三業者の中の、これはあとでひとつ聞かしてもらいますが、私この数字をお聞きした理由は一その前に、この森弘義さんが社長である新日本運輸、豊岡市というのは、あの豊岡ですか。
城崎のこっちの豊岡ですね。 そうすると、これが事業者別にダブっておる動向はよくわかりませんが、出資業者の中で、これが十になるのですか、先ほどお聞きすると、各社がそれぞれ東京にいわゆるたまり場といいますか、ターミナルのようなものを持っておるというのですがそれを考慮に入れながらもなおかつ先ほどの数字で示されたように、中仙道系には三十五路線業者、そして出資業者は八、東海道方面では、東海道だけで五十三業者、出資業者は十、こういうことになるのですが、本来なら常識的には第一期のターミナル着工というものは、中仙道筋ではなしに、むしろ東海道筋に第一期着工としての施設の目標を置かれるべきじゃないか、こういうふうに考えるのですが、この点特に何かあな
そうすると、局長はいま初めて言われたのですが、あなたのほうの考え方として、この板橋に場所を選んだということは、流通団地としてのいわゆるテスト的なものをいろいろな条件から考えてこの場所に選んだ、こういうことなんですが、実際上の必要性の問題というのは甲乙があるとしても、とりあえず板橋を選んだという主たる目的というのは、いわゆる流通団地のテスト的なもの、こういうことですか。
具体化したものがということでなしに、必要性という面ではどうなんでしょう。実際当面この東京に集中するところのトラックを整理する、いわゆる流通渋滞をなくしていこうとするその手段としての板橋ということではないのですね。それもあるけれども、その他のいろいろな条件で、板橋が一番いい条件のもとにあるから、流通団地としてのテスト的なものを第一次としてここにきめた、こういうことですか。
この板橋に選ばれたという関係と、現在ターミナルとして申請を出しておる会社との関係というものは、どういうふうに理解したらいいのですか。
東京トラックターミナル株式会社というものは、そうすると、この法案にあるところの日本自動車ターミナルをつくるために必要な措置として急造した、こういうことですね。
そうすると、この特殊会社はかりにできない場合でも、東京トラックターミナル株式会社というものはできるわけですね。
そうすると、いまほっておいても、とにかく免許をやればこの東京トラックターミナル株式会社というものはできていく、こういうことになる。今度の特殊会社については、先般のあなたのほうの答弁では、これは会社ができた上でその運営は実績にまかす。本日もそういうような御意向でしたが、この運営をまかすということはともかくとして、それに対して必要な指導ということもこれは当然必要なことなんですが、当面もしこの特殊会社ができるとした暁には、結局現在の出資者であるところの東京トラックターミナル株式会社の代表者が設立運営責仕者になる、大体常識的にこういうことになりますか。
もう一度繰り返してお聞きしますが、大臣、この東京トラック株式会社は、免許をおろして、そしてはっきりした事業形態をとれるようにおやりになるのですね。それからもう一つは、特殊会社がかりに流れた場合でもこの東京トラックターミナルというものは当然免許がおりれば事業を継続する能力もある、こういうことになるのですか。これは確認をしておきたいと思います。
私が先ほどから繰り返して質問したのは、もう少しざっくばらんにおっしゃってくださいということを前提にして言ったのです。それに、東京トラックというのはこの特殊会社の法案がかりに通らない場合でも、一人前に事業をやっていくような姿になるものだというように局長はおっしゃるから、そうするとこれはいよいよ別なものだということをあなたのほうでは強調されているわけなんです。先ほどから質問に対する答弁を聞いておっても、大体いまあるところの卵が大きくなって、かえったら、これは特殊会社になるのだということは、この法案の趣旨からわかっているのだけれども、そのことをはっきりあなたにおっしゃってもらおうと思っても、あなたのほうでおっしゃらないから、そうするとこの
勝澤委員のほうから私の尋ねたいと思っていることもだいぶ聞いていただきましたので、私はその先にわたって若干お伺いしておきたいと思うのです。 先ほど資料で見た加悦鉄の場合には、資料を見ただけでも、まことにどうもよく企業の経営がやっていけるものだと思うのですが、現在あなたのほうは、貨物は主として硫化鉄鉱を運んでいるのですか。 それからもう一つ、御承知のように石炭関係の鉄道、こういうものについては、現在まである程度助成金というものが出ておったのですが、あなたのほうはそれはいま打ち切りになっていますか。戦前はどれくらいもらっておりますか。
それから本日参考人としてお見えになっておる北鉄、上田丸子さんも、これはいままで鉄道という関係で補助金が出ていましたね。これはそれぞれ将来われわれが最終的な意見をまとめる上で参考になりますから、あとで私鉄関係で一括して示してもらいたいと思いますが、この打ち切られたのは例のシャウプの税制勧告のころからですね。ですからそれまでにどういう数字で中小私鉄に対する助成金、補助金が出されておったのか、その数字をひとつ示してもらいたいと思いますが、これはよろしいですね。 それからその次にお伺いしたいのは、われわれが常識的に知っていたことは、数年くらい前までは、大体バスはほとんどが黒字で、そして、少々鉄道で赤字があっても、そのバスの黒字で補えてお
もうちょっとお伺いしたいのですが、これは私が申し上げたほうがいいんですが、はっきりいってもらったほうがいいと思うのですが、人件費というものは、バスの料金が押えられていることにも影響していると思うのです。 それからもう一つは、大都市においては、バスの稼働率が非常に悪い。これは交通混雑のために稼働率が悪い。したがって、平常なら——平常な状態なんといったら表現がちょっとおかしいですが、大体百台で運行系統が立てられるところが、百五十台なかったら実際にどうにもならない。結局、稼働率が悪いものだから走れない。走れないけれども動かしている、ていさいと、それからいろんな関係からですね。とにかくそのために車と人の準備が要る。そういうものが人件費増
これは古谷さんがお見えになっておるから、そういう関係の新しい赤字の要因というものが人件費以外にあると思うのですが、これは、一般的な常識として、バスやタクシーはもうかるものという常識がずっと、ここ三十年ごろから非常に強くなっておるので、この点については、やはりそういう関係の資料といいますか、示していただきたいと思います。 それから、いろいろとお聞きしたいこともあるのですが、またの機会がありますから、その次にお聞きしたいことは、これは勝澤委員も触れられておりましたけれども、その内容で、大体柴野さんの交通行政に対する基本的な考え方というものはわかりましたが、そのうち、もう一つ、交通機関の料金の決定の問題の中で、もちろん、運輸省のやり方
私は、この法案の審議に先立ちまして予備的知識を得るために若干の質問をしたいと思うのですが、まずお伺いしたいのは、この「数字でみる自動車」に出ている数字で見ますると、路線トラック業者だとかあるいは区域トラック業者、こういうものの数字が出ていますが、これは三十八年度ですが、これ以後の数字というものは、実際にはどういうふうに変わっておりますか。