それは先ほど答えた通りであります。
それは先ほど答えた通りであります。
地崎君よりかくのごとき問題を党の幹部会に持出されたことは私は記憶にありません。
それも先ほどお答えしたのですが、少しあなたの方へは声が通りにくいかと思います。もう少し前に進んでください。先ほどお答えした通り四月の十二日に東京へ來た。そのときに、初めて幹事長の地位についた……。
報告を受けた記憶はありません。
はあ。
それは最高幹部の中で一度報告を聽こうではないかというような説を出された方があり、地崎君も、もはや自分は書類一切残務整理を終つたんだから、一應話をしておきたいと言われた。だれが招集したか知りませんが、あるいは私が招集したかもしれません。それははつきり覚えておりませんが、だれか、あるいは私がみんなに傳えたかもしれない。そういうことはあり得ると思うのです。
それは私が招集したかもしれないと思いますが、しかしそこははつきり記憶に殘つていないと申し上げたわけです。
そういう問題は当時の民主党の組織としては、最高委員というものが合議制でやつておつて、その主席が齋藤君であるというのですから、幹事長は無論最高委員の命令を執行する役におることは間違いありません。
先ほど委員長からそれと同じ質問を出されて、私はさつき答えたばかりです。それと何にも違つたことはありません。
先ほど答えた通り、さような問題は地崎君から一々具体的に報告があつたような記憶はもつておりません。
はあ。
民主党には別にそういう法則は一つもつくつておりません。
はあ。
ごくまれな場合にはそういうことはあり得ると思います。
はあ。
苫米地義三君であつたように記憶しております。
私の幹事長時代にも、そういうものの届出をしたことを覚えておりませんから、おそらく会計の事務員が從來の慣例に基いて書類を整理しておるのだと思います。
さあ、私はその辺のことをどういうふうに取扱つたかは、ちよつとも相談を受けておりませんから、知りません。
実は民主党の届出に対して責任を負うとか負わぬとかという議論をしたことはないので、從來最高顧問というか、最高委員であつた齋藤さんが、引続き判を押されたんだろうということを、今になつて想像するのであります。それ以上の詳細のことは私にはわかりせん。
あります。