さように心得えております。
さように心得えております。
私は先ほどお答えいたしましたように、大体もうこの法案の適用されるようなことがあれば、むしろいいのじやないかと思つたりするのです。そこは教職員だけの給與がよくなるということは想像されないのでありますけれども、併し、大体他の一般公務員との均衡ということと、それから今御懸念になりますように、万一これが限度がきめられるというような場合を想像するといたしますというと、国家財政が著しく弱体化されたときというような場合を想像するより以外ないと、こう考えております。
これは大体この第二條におきましては実支出額となつておりますから、一定の限度というものを示していないわけです。基準も何もこれにはないわけでありますから、財政のいわゆる技術面から不必要であろうとも、一応こういうことで押えるというのに過ぎんのじやないかと、こう思つております。昨日教材費について御説明申上げましたように、いわゆる給與費が上ると、それとスライドして教材費が上るというのか、財政的には非常に何と言いますか、技術面から言つて、受益、利益を受けるほうから申しますと、そのほうが非常にいいのでありますけれども、財政を預かる面から言えば、一定の限度を、そう給與が上ると同様にその都度上げられるということに危険を感ずるのと同じように、第二條の実
先ほど私二つの理由を申しましたように、その二つの理由に基いて、根拠を持つてそれ以上負担をするということは、国家財政として困ると、こういう場合を言うのでありまして、まあその一般の均衡も何も失してもおらず、或いは各府県内においても、都道府県内における他の公務員との均衡も失しない場合、この制限を加えるということはない。でその二つの理由に基いての制限以外は適用は受けないと、それで先ほど国家財政云々を申しましたけれども、それはその二つの理由によつて、それでもまだ余裕があれば或いはやれるかも知れんと思いますけれども、それ以上はいわゆる国家財政を脅やかすものだというような解釈をつけられないこともないのですから、その意味の制限だと、こういうように御
御発言になりました趣旨と同感そのものでありますことを私からも重ねてここで明言をいたしておきたいと思います。
これは原案の趣旨で行くのが私一番いいという覚悟を今でも持つているのです。大体まあ現在の実情では教材費というものは給與費の十分の一に偶然当つておるわけなのでありますから、現状を基礎として考えますときに、その十分の一というものを法律で明確にしておくことが賢明だと心得ましたので、強くそれの折衝を重ねたのであります。その途中に、折衝の過程において衆議院に提出したのでありますけれども、財政技術面から申しましても、昨年来御説明いたしましたように、その折衝功成らなかつたわけでありますので、まあこの二百円、生徒児童一人当り二百円見当を以て算定をするというのが政令できめるという内容になつておるのでありますが、無論現在の物価を標準とした場合における二百
無論只今御発言になりました通りの気持でいるわけなんでありますが、恐らく文部省なり役所に勤めておりますものであれば、それだけで答弁ができていると思うのでありますが、議員の立場から又お願いもありますので、一言だけ発言をお許し願いたいと思うのでありますが、この法案が原案作成につきましても、すでに御承知の通り非常な紆余曲折を経まして、あれが文部省並びに大蔵省、地財委との三者における妥協案というので作成をしたわけなんであります。一応これならば落着くという見通しでやつたのでありまして、併しその妥協案自体も決して満足すべきものではございませんでした。不本意ながら譲りに讓つて行つたわけなんであります。又その当時練つておりますときに、参議院におきまし
非常に讃辞を最初賜わりまして恐縮に存ずるのでございます。これは本当に苦心をいたしましたところをおもだるく御覧を願つておつたと思いまするが、與党でありまする関係上、地財委が持つております五百億近いところの平衡交付金の中からとることになるのでありますので、文部省としても出したくとも目分のほうでは出しにくい案であります。それから地財委のほうも決してこれをセクシヨナリズムというようなちつぽけな考え方からでなしに、本当に自己の所管しております職務にまじめに忠実であればあるほど、この案に対して反対の意向を持つのは理の当然でございますので、私はこの特に地財委のほうから各委員会においでになりまして、発言をなさり、説明なさり、又当初は反対の声明書の説
この法律がどういうような変化があり、どういうような強味がでて来たかということについてはすでに御存じの通り、今までも国家で負担はしておるわけなのであります。国庫負担法というのはございませんけれども、地方の平衡交付金の中に打込まれまして国家がやはり負担はしておるわけなのでありますが、そのうちどれだけが教育費であるかということが需要額の算定基礎には盛られておりますけれども、地方のこれは自由にせられておりますものの中からこれだけは教育費であるということを明確に摘出いたしまして行くところに、私たちといたしましては教育財政確立の精神が生きている、こう考えるのであります。例えて見まするというと、昨年のベースアツプに伴いまして、教職員の給與だけでも
この法案を提出いたしました理由は、御発言の中の前半にありましたように、相当教育財政というものが、他の行政面の費用と比較いたしまして、このまま放置いたしますならば相当不仕合せを受けるであろうということについては同感でありまして、これを何とかして食いとめるばかりじやなしに、圧迫を受けるのを阻止すると同時に、より以上教育の目的を達成しなければならんための財政的の確立をやつておかなければならんというまあ本旨であります。そのうちにやはり地方自治体が持つのもいわゆるこの無償の原則という一環ではあると思うのであります。最終の責任はどちらにあるか、これを明確にする意味において、いわゆる最終の責任は、補償は国庫が負うのである。いわゆる国の財政で最後の
これは生産か消費かということになりますというと、恐らく参議院における皆様がたの御質疑なり御発言の要旨はこれに関して私今日初めてでありますが、衆議院におきます岩間君の属しておられますかたたちのグループの中から……。
そういうかたたちの御発言の要旨から申しますというと、若し生産というような言葉で行きますというと、いわゆる国家の一つの目的のために尊い人間をその方面へかり立てるという、一つの人間を道具と見るような非難を受けるきらいがあると考えるのであります。恐らく文部大臣も、そういう意味の御質問ではございませんけれども、やはりこれに似た教育目的というものについては、文部大臣の考えておられるのは、完全なる社会人としての完全な人格の完成といいますか、それを目的とするというような意味の御発言をしておられるのでありますが、私たち片足宗教界に踏み入れておりますものといたしましては、やはりこの天與の、神、仏から與えられております人間にはいろいろな使命があると思う
わかりました。只今私申しましたような意味において、政治にどういうふうに教育に力を入れて行くべきかという若し話を進めるといたしますならば、何物にも優先して教育というものの完成を求むるために努力をしなければならん、若し生産というものを上げようとするならば、この教育というものが完成されて初めていわゆる生産というものに目標があれば、これはより少いものでより効果の上る行き方ではないか、或いは社会治安というようなことから考えましても、教育というものに重点をおく、人間一人々々の完成を目指す教育に重点をおくのが大事であつて、いわゆる治安との兼ね合いにおいてこの教育をも重視して行かなければならないのではないか。或いは生産面におきましては教育の発展によ
このパーセンテージにつきましては、この算定の方式にはいろいろあると考えるのであります。恐らく二十二、三年頃の標準から行きますというと、全体の国費の六%から、それから現在におきましては、一〇%程度になつておるのでありますけれども、これは国費だけの問題でありまして、地方自治体などの財政面から参りますというと、教育費に三分の二を占めておるというようなことにもなるわけでありますが、併しそのパーセンテージよりも現在の国家財政を概括して考えましたときに、余りにも教育予算というものは、非常に少いのじやないかという感じを持つておるのでありまして、いま少しいわゆるこの学校の施設、設備その他相当これを擴充して行く必要があることは、私たち微力でありますけ
軍事予算が四六%占めたときがあるということがよく最高の例で言われておるのでありますが、我々としてそういうような漠然とした計算から申しますならば、少くとも国家予算の二五%以上は占める教育財政でなければならん、こう考えておるのでありますが、併しこれは国家の財政の何といいますか、成り立ちその他によつて違うと思うのでありまして、各国の例をそのまま引くわけにもいかんと思うのでありますが、終戦になります前の国家予算、軍事予算が四六%だということを一口によく言われる、そういうことを基準にして考えましたときに、文教関係に熱意を持つものといたしましては、現在の倍くらいはどうしても必要じやないか、こういうように考えております。
私大体こう見ております。その財政の建て方自身が皆違つておるようでありますから、一律にそのパーセンテージをそのまま鵜呑みにするわけにはいかんと考えております。今も私が申しましたのは、テン・パーセント近くなつたというのは、今の日本の国家財政だけの面を言うておるのでありまして、地方財政と引くるめて考えたときには、まだ少しこのパーセンテージは上つて来ると考えております、ほかの所のパーセンテージではどういう出し方をしているかということからも検討しなければならぬから、一律に他の教育費と同じパーセンテージを、各国のやつをそのまま持つて来て、日本の文教予算とのパーセンテージを比較で多い少いを論ずることができないという面から見ておりますが、併しながら
最近ここ二、三年の間は増強の傾向にあることだけは認められると私は思つております。併しそれは物価の上昇等があつて自然のものではないではないかということの御解釈はあるかも知れんと思いますけれども、併しそれを離れて、例えてみれば研究費或いは育英資金その他の教育関係といたしまして、まあ人員の増加があつたというようなことだけでは上昇の傾向にはあると、それから文部関係のいわゆる教育予算というものが、六・三のあの予算の行詰りが二十四年度にあつたのでありますが、あれを打開するようなことのために全国的の運動が起りまして、又地方にPTA或いは教育委員会その他が起つて、教育というもの、特に又教育予算に国民が関心を非常に拂つて来た、或いは学校給食その他のよ
岩間議員の御発言中には、同感共鳴するところも多々あるのであります。併し総体的に考えて、今申しましたように、御列席の委員各位などの御啓蒙の賜物だと思うのでありまするが、教育予算というものに国民全体が非常に関心を持つております。まあこの勢いで一つ教育予算の擴充ということに我々は邁進しようと思うのでありまして、これだけ取れたからもう十分というようなことは毛頭考えておらんのでありまして、ここに御列席の文部大臣も、只今あの発言をなさつたのでありますけれども、閣僚の御一人としてあれだけのことより以上は言えないだろうと思うのでありますけれども、教育予算が他の予算と比較いたしまして殖え方がどうだつたと、こういうように若しあなたが御質問なさるとするな
これは最初ちよつと申上げたと思うのでありますが、最終の補償というものは国庫がやらなければならんということを明確にするためでありまして、PTAその他の寄附金は、あれはシヤウプ勧告のときでも四百億の寄附金を解消するのだという精神で、地方財政というものが改革されたのであります。併し、遺憾ながら現在の実情においては、PTAから百億に近いところの教材費というものが補填せられておるわけでありまして、我々といたしましては、これをも一つ解消して行きたい。で、父兄の負担においてというのではなく、個人々々の負担というものを増加せずに、いわゆる国家財政においてこれを負担して行くべきだと、こういう気持を持つておるわけでありまして、その一端が第三條であります
これは岩間委員の御発言をそのまま提案者の発言に振り替えてもいいと提案者自身考えておりますが、あの原案自身も、あれは現状を、大体この法案で減つて行くようなことを阻止する。まあ起債その他の枠を、あれを原案では明確にしておるのでありますけれども、これさえも負担の軽減ということにはなつていないわけです。又国家が建築費その 豊他について負担するとは明言しておらないのです。ただ起債の枠を明確にしただけでありまして、国家の補助その他というものを明確にして、初めて相当一歩前進するというところになると思うのでありますが、それも甚だむずかしかつたために、不本意ながら今お手許にあります修正案となつて来たのでありますけれども、併しこれを第一歩