そのとおりであろうかと思います。
そのとおりであろうかと思います。
ボーイングの初期故障の問題は、いわゆる事故という問題じゃございませんで、エンジンのトラブルその他による遅延ということが毎回のように起こったわけでございます。そういう意味で、大変大きなエンジンでございますので、これを使用するには相当の期間がかかるということがわれわれの前に実証されたわけでございます。 それから、日本航空との関係につきましては、できるだけ両社協調して同時に導入したいという気持ちを持っておったことは事実でございまして、日本航空ともそういう関係で相談を進めておったわけでございます。 それからいま、乗客が非常にふえておるというお話でございますが、私たちはその乗客の増に対応すべく非常な航空機の増強をいたしております。それ
いま御指摘の面も確かにあると思いますけれども、われわれが四十六年の六月に導入延期を決定する以前に、昭和四十六年二月にもうすでに日本航空は導入延期を決定いたしておるというのが現状でございます。
ロールス・ロイスの倒産があったから延期したというようなことは全くございません。当時は先ほども申し上げましたように、ボーイングの747とダグラスのDC10とそれからロッキードとこの三機種を検討いたしておりました段階でございまして、むしろ一番おくれておりましたロッキードについては機種としてはやはり第三番目の順序の感じを社内的には持っておったかと思います。 ただ、それが非常に違ってまいりましたのは、旅客需要の増加がわれわれの予想したような状態にならない、したがって国内線としてはジャンボを投入することは経済的に無理であるということが明確になってきたということ。それからもう一つは、先ほど申しましたDC10の問題につきましては、ちょうど全日
実は十月中旬にダグラス社から、騒音についてもう一度アメリカの航空局の証明をとってくる、そしてそれがもしロッキードに比べてDC10の方が同等であるとかあるいは低いという場合には、ひとつぜひこれを考慮してもらいたいという話がございまして、よろしゅうございます。そういう資料が出ましたら準備委員会をもう一度開きまして徹底的に検討いたします、それが出るまでは機種決定は絶対にいたしませんということを、私はダグラス社の代表に約束したことを覚えております。
恐らく別にオプションというような問題はなかったかと思います。あるいはそれがオプションであったかもしれません。それがオプションではないかと思います。
私は、いまその手続的なことを明確にお答えすることができないわけでございますが、恐らくその決定直後にオプション契約をやり、正式契約は四十八年の初めに行ったのであろうというふうに考えております。
正式契約は、具体的なスペックを決定する、あるいはいろいろな細かい経理的な問題等もございますので、正式契約の決定というのはやはり何カ月か時間がかかるわけでございます。私たちの場合には恐らく四、五カ月かかって正式契約ができたのではないかと思います。それまでの間はやはりオプションであったと思います。
事実的な問題は、実はもう少し調査の上で御回答させていただきたいと思います。
会社の方針を決定いたしまして、直ちに具体的な契約の準備に取りかかるわけでございます。したがって、その場合には、一機一機何月幾日引き渡しというような問題も全部決定いたしまして、そうしてデザインその他も決定いたしまして契約していくわけですけれども、その準備に非常に手間取りまして、結局正式に調印するまでにはやはり四、五カ月の期間がかかるというわけでございますし、その間の状況をどういうふうに呼ぶか、ファーム契約というふうに言うのかオプションと言うのか、そういう技術的な問題は私はわかりませんけれども、方針を決定して、その線に沿って一機一機、そのデリバリーの時期あるいはそのいろいろな仕様、スペックというものを両社の間で相談いたすわけでございます
その時点ではまだ決意をいたしておりません。もちろん、社内的にはダグラスの連続事故というものが大変大きな影響を及ぼしたことは先ほども申し上げたとおりでございますけれども、なおダグラス社から騒音についての新しい証明が出されるということを期待して、決定の最終段階に入ることを猶予しておった、そういう時期でございます。 〔正示委員長代理退席、委員長着席〕
役員会は、その前にももちろん各本部の意見を聞くとか、いろいろなことをやっておりましたけれども、最終的な社内の役員会は十月二十七、八日に行ったというふうに記憶いたしております。
社内的な最終決定をいたしますと同時に、日本航空と両社入りまして、そして最終的な結論をお互いに話し合って、それを発表したということでございます。
実は、先ほど申しましたようにダグラス社から最終の騒音証明を送ってくるというその最終のリミットは、たしか十月の二十五日ないし二十六日であったんじゃないかと思います。したがって、これはダグラス社に対して、もし新しい事実が出れば準備委員会をさらに開いて決定をおくらせる場合がありますということを言っている段階でございますから、そういう段階でこういうものになるであろうとかこういうものにしたいとか、そういうことを外部の方に申し上げるということは絶対にございません。
機種選定の最後に残っておった事務的に詰めなければならぬ問題というものは、やはりそういうダグラスの騒音問題ということが、これは選定準備委員会でずいぶん長い間検討してまいりましたけれども、十月中旬になりましてダグラス社から正式に文書をもって全日空に対して新しい騒音証明をとりたいからという、そういう正式の申し出がございましたので、やはりその結果を明確にしてかからなければこれは選定準備作業は終わらないわけでございますから、その前に停止条件づきとかなんとかというようなことを考えるというような状態では決してございません。
選定準備委員会における事務的なデータの問題としてはこの一点だけでございますが、総体的に最終的にどういうふうにするかという問題、ボーイング747の問題も含めましてどうするかという問題は、まだ役員全部を集めて最終的にどうするかという話をしているというような状態ではございませんでした。
それがオプションというものによって行われたかどうかということにつきましては、先ほどから申し上げておりますように、全く私は知らなかったわけでございます。ただ、何か疑問があるという感じをどこからかわれわれ聞かされておったために、三井物産に対してそういうことを確かめたということも事実でございます。また、この前の委員会でも全日空のための飛行機をつくっているんだぞということな言われて、そんなばかなことはあり得ないんだということでいよいよ明確にそれを確かめなければいかぬという状態になったことは事実でございます。
オプションがあったという事実は、実は私は全く知らなかったことは事実でございます。ただこの選定作業を進めている間に、何かこうおかしいという感じを持つような事態があったということだけは事実でございますので、そういうことでその過程の間に三井物産に対して確かめたということでございます。これは大庭前社長がお答えになった後でございます。正式の選定作業を進める際にそういう疑問が出てきたということで確かめたわけでございます。
大庭前社長からそのようなお話を承った事実は全くございません。
当時の、もう五年前の記憶でございますので明確ではございませんけれども、実は大庭社長がおやめになるということは、突然私に大庭さんから告げられたわけでございます。そういう状態でございまして、そのときに同席いたしましたのは私と先日証言いたしました渡辺副社長の二人でございまして、私一人で大庭社長のお話を承ったという事実はございません。また、先ほどからお答えいたしましておりますように、ダグラス社との間のオプション契約をしたからよろしくというお話を聞いた記憶は全くございません。