ありがとうございます。 大臣は、先日、大熊町でふたばワールドというイベントに参加されてきたと思いますが、こちらに参加されての御感想を教えていただけますでしょうか。
ありがとうございます。 大臣は、先日、大熊町でふたばワールドというイベントに参加されてきたと思いますが、こちらに参加されての御感想を教えていただけますでしょうか。
二〇一四年、ちょうど八年前になりますけれども、震災から三年後にふたばワールドが川内村で再開されました。震災から三年たちましたけれども、川内村で行いました。そのときに、僕も民間人の一人としてこのふたばワールドをお手伝いしまして、当日、自分でコーヒーを二百杯入れながら、皆さんに振る舞ったりしておりました。復興庁や経産省の役人も一緒に、みんな手弁当で集まっていただきましたし、マイクロソフトやグーグル、ヤフーといったインターネットの企業の仲間たちも一緒に手伝ってくださいました。 多くの方が、まさに今大臣おっしゃっていただいたように、あのときも、本当に三年間そういうことができなかったものが、これは震災前からあったイベントですけれども、よう
ありがとうございます。是非取組を促進させていただきたいと思います。 JRの新橋駅のところでも様々な取組が行われているやには聞いております。是非、多くの国民の皆さんに、安全性と、そして、いろいろお買い求めいただく機会を提供いただきたいというふうに思っております。 最後になりますけれども、先日、仙台に行ってまいりました。ホスピス学会がありまして、そこに出る若いナースの方から、荒井さん、参加してほしいと言われて行きました。彼女は震災の当時は高校生でして、僕たちのやっている復興のプログラムに参加してくれた、当時、震災の直前にお父さんを亡くされた高校生でしたが、今は立派なコミュニティーナースになって、コンパッションコミュニティー、人が
立憲民主党の荒井優でございます。 盛山大臣、初めまして。僕は一期生ですので、ちょうどこの文部科学委員に三年、仕事をさせていただいております。 三年の中で、盛山大臣で四人目の文部科学大臣の所信表明を先般伺いました。僕は大臣をやったことがないので教えていただきたいんですが、この大臣所信というのは、大臣がどこまで手を入れられるものなんでしょうか。僕は、実は、この一番前半の書き出しの部分は非常に感銘を受けながら聞いてはいたんですが、実際、大臣がどの辺まで書くものなのか、お教えいただけますでしょうか。
ありがとうございます。 父は父で、息子は息子で頑張っておりますので、よろしくお願いします。 大臣は、大臣に就任されたときの記者会見で、まさに、文部科学の分野とはそれほど近くなかったものだから、これから勉強しながら一生懸命取り組んでいきたいというふうに新聞記者等に答えられたと思います。是非、一生懸命勉強しながら取り組んでいただきたいと思います。 三年僕もここに立っておりますが、四人大臣が替わりました。大臣の平均任期というのは一年なんだなというふうに思いますと、本当にあっという間に終わってしまうと思うんですね。文部科学大臣としてのリーダーシップ、そして文部科学省をしっかりと導いていただきたいというふうに思っておりますので、よ
大臣、僕は、現職の国会議員の中で唯一学校の校長をしてきた者ですので、僕、昨日、しかも、二十三教育団体の会合があったかと思いますが、大臣の後に立憲民主党を代表して御挨拶をさせていただきましたが、その際にも申し上げましたが、教育というのはまなざしだと思うんですね。もちろん、目の前にいる生徒もそうですが、その奥にいる生徒や保護者等々、また学校で働いている先生たちへまなざしをしっかり向けることが、よりよくすることだというふうに思っております。 今後もたくさんの学校を視察されると思いますが、学校を視察する際というのは、校長室に行き、そして、用意された教室に行って帰ってくるということが多いと思うんですが、僕は、こういうやり方ではなく、是非、
そもそも、なぜ、ずっとリーダーシップを大学に求め、また学長にリーダーシップを求めていたものを、今度はCSTIから言われたら、合議体にするということを決め、そして卓越大学だけではなくてほかの大学にも、さらには、ほかの大学といっても全ての大学ではなく、中途半端に、大きなということで、はっきりとした線もない中で決めていくのか。 合議体によって学校の経営がうまくいくと本当に思っているんですか。
この話を聞いていると、CSTIと文部科学省の関係と何だかよく似ているような感じがしているんですが、つまり、文部科学省だけではいろいろなことが、大きなことが決められないので、中期的な若しくは戦略的な内容に関してはその上部組織であるCSTIで物事を決めて、その実行として文部科学省があればいいというような発想に極めて近しいんじゃないかというふうに思って、僕は本当に残念でならないんですね。文部科学省というこの大きな組織単体で物事を決めて、若しくは、この合議体だけで本当に進むとは僕は到底思えないんですが、それをはね返して、CSTIが何を言おうと、文科省としては文科省の考え方で、長い間大学を運営してきた経験もあるはずなのですからというふうに思っ
そうですね、このCSTIの会議には文科大臣も含まれていますので、まさに合議体というような形でやられているんだというふうに思いますが、でも、そうすると、肝腎のその所属機関、今回でいうと大学も、学長が合議体になったからといってうまく運営がいかないのは、今の文部科学省のこの迷走ぶりにも表れているんじゃないかというふうに思っています。 資料の一を御覧ください。先ほど柚木さんからもお話がありましたが、二〇二〇年の五月二十一日に有馬元文部科学大臣が日経ビジネスのインタビューで答えられているものです。この見出しから、国立大学の法人化は失敗だったというふうに元大臣が吐露されているわけですね。ここに幾つか線を引っ張りましたが、まさにこの中で大臣は
このインタビューの一番最後のところに書いてありますが、線を引っ張っていません、国立大学法人化によって若手研究者を雇用できなかったことについて、私に責任がありますと元大臣としておっしゃっているわけですね。あと何年生きるか分からないけれども、世界並みのレベルにするまで徹底的にやりたい、二〇二〇年の五月にこういうふうにおっしゃっています。でも、残念ながら、その七か月後に有馬大臣は亡くなられているんですね。まさにこれは遺言のようなインタビューではないかというふうに思うんです。 二つの論点があります。国立大学の法人化そのものがどうだったのかということと、そして、それとは切り離されていますけれども、運営費交付金がなぜこんなに毎年下がってきた
そうですね、まさに、大学病院がもうかっていくから運営費交付金は減らしてもいい、そういうような発想になってくるわけですが、でも、全ての国立大学が大学病院があるわけでもありませんし、そもそも、大学病院の運営の利益と、それとこの研究の話というのは全く別なはずなわけですよね。 僕は、でも、これは財務省だけの責任ではないと、当然ですけれども思っています。やはり、文部科学省として、この大切さというものを訴えてこなかった二十年があるんじゃないかというふうに思っています。そういった文科省のやる気のなさ、結果的にですよ、結果的にやる気のなさみたいなものが、こうして大学のマネジメントに手を加えようとすると、まさに信頼関係がなくなっているからこそ、い
これは、そのときにそういうふうに柴山文科大臣がおっしゃられて、今現状どういうふうになったのか、その辺は教えてもらってもいいですか。
資料の六番を御覧ください。文部科学省に、現状、どういった職員がどこの大学に幹部職員として出向しているのかというのを伺ったところの資料を全ておつけしています。 本当は柴山大臣にこれを見てどう思うのかを伺いたいぐらいなんですけれども、もちろん個々の文科省の職員は、一人一人の方は、行って一生懸命頑張っているというふうに思います。僕も知っている方、何人かお名前がありますので、その方のよしあしではありません。 でも、これだけの大学にこれだけの人数を送っているということに、やはり文部科学省は、大学の自律化、つまり国立大学法人の自律化というものを目指しながら、こんなに人を送っている。恐らく、柴山さんが思ったときよりもまた元に戻っているんじ
二〇〇四年に国立大学が法人化されて、国立大学の法人化とは一体何なのかというのをこの間、今日の質疑でもさせていただいております。 そもそもこの国大法の、国立大学を法人化したことに対しての振り返りだったり、そもそも、今、二十年がたつわけですけれども、一体どうなのかというのを文部科学省が振り返ったことはあるのかどうかと思って、いろいろと検索をしてみました。そうしたら、まるでさらっとホームページに載っていたものが資料の、一個手前に戻っていただきますが、三枚目にある、「「国立大学法人の在り方に係る検証」について」というページがありまして、そこの取りまとめの資料を今日ここにお持ちしているわけですが、この内容に関しては、どのような経緯でやるこ
これはちょうど二〇一〇年から始まったと思いますけれども、まさに民主党が政権を取ったときに、ちょうど国立大学が法人化されてから六年後のその時点において、一体この国立大学法人化というものはどうだったのかというのを検証したんだというふうに思います。 当時、大臣は川端達夫文部科学大臣でしたし、副大臣は鈴木寛副大臣だったと思います。川端さんと鈴寛さんにそれぞれお電話をしまして、このときの経緯というものを教えてもいただきました。皆さん、それぞれにお二人とも思い入れがあり、かつ、やはり大学のその後の状況についても大変心配をされてもいました。 でも、実はこの内容を見ていただくと、非常に立派な内容で、これ以外にも実は幾つも資料があるんですが、
大臣、今日はあと三分ほどになりますけれども、今日、三十五分というお時間で初めてお話しさせていただく中で、特に大臣が、文部科学行政についてはこれからしっかり学んでいきたいということを記者会見でもおっしゃられていました。 今日、何人かの大臣のお名前も挙げさせていただいてきましたし、文部科学行政が、特に国立大学の在り方に関しては、この二十年間、それぞれ大臣を担った人たちですら、やはり今の大学の在り方について、国立大学の現状について、大変懸念を感じていたり、何とかしていきたいというふうに思いながら、それを遺言のようにおっしゃられた方もいたり、そして、記者会見のときに言って、その年は確かに国立大学の自律化が図られたかもしれないですけれども
冒頭に申し上げました大臣の所信表明、「社会が激しく変化する中で、変化を力にし、」まさにこれそのものが文部科学省、そしてそのリーダーたる大臣に今求められているときだというふうに思いますので、是非しっかりと頑張っていただきたいというふうに思っております。 本当は、国大法、もちろん重要ですけれども、でも、国立大学のことを今話し合うのであれば、今そこに通っている学生たちの状況が今大変苦しいことに対して、本当は立法府、行政府ももっとやるべきなんじゃないかというふうに僕自身は思っております。物価が高くなってきた、景気が悪くなってきている中で、大学生も学費や若しくは奨学金、ローンを返すのに一生懸命アルバイトをしている。ただ、その中で、国立大学
よろしくお願いします。 立憲民主党の荒井でございます。 今日がひょっとするとこの国会における最後の質問の機会に僕はなるかもしれませんし、それは、つまるところ、二年間弱、衆議員をしてきていますけれども、ひょっとしたらこれが国会議員として最後の文科委員会での質問になるかもしれません。 僕は、この文科委員会で最初に質問したときも、そして永岡大臣が最初にいらっしゃったときも同じことを申し上げたつもりですが、僕は、文部科学委員になりたくて国会議員をやっております。 まさに日本の教育を変えていくことがこれから日本にとって一番大事だというふうに思っていて、その思いだけで政治家をやっていますので、今日は、そんな意味で、ひょっとしたら
ありがとうございます。後で僕の方から中学校の方にもう一回お電話しておきます。多分、間違いなく来ると思いますので。 御質問ですね。という中で、学校の改革がやはり遅過ぎるんじゃないかと思います。先生たちの働き方に関しての調査もいたしました。大分時間が、出てくるのもかかりましたし、今、これから中教審で議論するというお話もございます。確かに、三万校、日本には学校がありますから、その調査を収集して分析して、確かに時間はかかるんだと思いますけれども、でも、子供たちは、この前、松江中で会った子たちは、来年にはもういないわけですね。あの学校にはいなくなるわけです。本当は一年とか半年でもっともっといろいろなことをやらなければいけないし、実は、学校
是非是非、特に若い職員の皆さんには、学校現場で、せめて一年間、やはり学校というのはワンクール経験しないと学校のことが分かりませんので、ワンクール一年間、特に文部科学行政に携わりたいという思いを持ってこの役所に入ってきた人たちには、是非一年間、学校現場、いてほしいと思います。教育委員会ではないと思うんですね。やはり学校なんだと思います。 そして、僕は、可能であれば校長補佐みたいな仕事をして、校長も忙しいんですよね、実は。その中で、校長の右腕としていろいろ学校全体を見て回るという仕事をすると本当にいい仕事ができていくんじゃないかと思いますので、是非御検討いただきたいというふうに思っております。 大臣、何か所見がありましたら。