努力をしてきました。
努力をしてきました。
二重取りという表現は適切でなかったと今でも思います。あの時もちょっとお答えしたと思いますが、二元的に出ておることが適切ではないと、こういうことに言うべきであったと思っております。
私がそのことに言及しましたのは、常にそうでありますが、日教組のILOに対する一結社の自由委員会の結論、そのことを氷解する意味においてそのことに言及すること以外に言った覚えがございませんが、その意味において、結社の自由委員会の結論としては、ILO八十七号条約批准と同時に在籍専従者の制度を廃止するという日本政府の態度が妥当だという結論を出した、そのことは、注釈を加えるならば、お説のとおり俸給は組合から出ておる、しかしながら、専従者としての在職期間に対するその期間は、今もお話のとおり通算されることになっておることは現行法上周知のことであります。ですけれども、本来、自主運営、労使不介入ということを建前とする八十七号条約批准を機会に、その条約
もちろんでございます。
認めます。
認めます。
持っておりません。
持っておりませんと申しました。
直接にはないと理解しております。
たぶんそう書ぃたと思います。
同じく文部省、教育委員会、学校長という立場で、全国民に対して教育行政の面でサービスする意味においては、同じ系統に属するものと心得ております。したがって、その意味において地方長官という名称が今日あるはずもございませんが、通俗に、いわば私の気持を率直にわかってもらう意味合いにおいて、地方長官会議みたようなものだという意味合いのことをどこででも申し上げております。就任以来、小中学校の校長会、都道府県市町村の教育委員長、教育長会議等に対しましては、万障繰り合わして出て祝辞を述べ、あるいは所信を開陳するということは私の職責からしても当然なさねばならないことと心得ておりますから、その意味で、せっかくお集まりでございますから、常に万障繰り合わして
それは一種の比喩的な表現でございまして、新しい憲法下に地方長官会議などというものがあるはずがないことは万人の知っていることであります。今の知事会議にいたしましても地方長官会議などとは申しません。そのことは私も知っておりますし、小中学校の校長さんたちもむろん知っております。その場においてさような言葉を使うということは、いわば教育の責任者として文部大臣の立場において、現場でそれぞれの学校の責任者として御苦労願っておる方々に、ともに顔を合わせて語り合う機会を得ることが、私が光栄にも思い、喜ばしくも思い、そういう意味で当然なすべきことだ、こういうことを念頭において、手っとり早く一種の比喩的な、なかば冗談に聞いていただくことも当然予期しながら
誤解は私は起こらないと思います。相手によりけりでございまして、良識を持ち、地方長官会議などというものが物理的にも存在しない。この新憲法のもとにおいて、そういう用語を使うこと、そのことがむしろ親近感をそそるくらいのユーモラスな表現だと思います。したがって、そのことをもっとほかの言葉で言える方法はないかは、検討はいたしますけれども、まだ絶対にそのことを言ってはならないということまでは私は思いません。
地方長官会議という用語を使いました私の趣旨は、先刻申し上げたとおりでございます。むろんもっと適切な表現ということを私自身も考える努力はいたします。
私の日教組征伐と申します意味は、日教組の定めております。持っております教師の倫理綱領と名づける組合綱領が不当なものだからであります。そのことを誤りを指摘し、反省を求めるということが日教組征伐ということであります。
日教組征伐の意味は先刻申し上げたとおりであります。日教組征伐などという出、言葉はなるべく使わないで、内容的なことで解明したいと思います。
いろいろと御批判はあろうかと思います。なるべく洗練された用語を使って自分の考えを解明するということは、心がまえとして当然なさねばならぬ、こう思います。
先ほど読み上げられました、私がここで発言しましたこと、そのことに触れまして、自分の間違いであったことを訂正をした、そういうことを言ったように思います。
二重取りであるということをあらためて言った覚えはございません。
これは先刻来お答え申し上げておるように、日教組のILO提訴の問題を解明するということでそれに触れました。