努力いたしましょう。
努力いたしましょう。
それぞれ部局が分かれておりますと、ともすれば御指摘のようなことが起こり得ると思いますが、そういうことが起こらないように、総合的に考えねばならない立場が大臣であり官房だろうと思うのですが、そういう気持で御指摘のようなことが極力起こらないように注意したいと思います。
善処いたします。
ただいま申し上げました通り善処いたします。
たびたび申し上げた通りでございます。同時に、御質問の当初にお答え申し上げたようなことも、それがすべてではむろんございませんけれども、やはり父兄側及び教職員側にも十分お考えをいただきたい。総合的に並行的な措置を講ずることが万全であろうと心得ております。むろん今御要望の点は、先刻も申し上げました通り、善処いたしたいと思います。
山口県の、今御指摘の問題は、私もちょっと聞きかじってはおりますが、私の承知しております限りでは、それほどの御心配になるような弊害は出ないのじゃなかろうかと、甘い考えかしりませんが。私は実は個人的なことを申し上げて恐縮ですが、スポーツばかりで時間をつぶしてきた男なものですから、個人的にはけっこうなことだという気持もしますが、しかし、同時に公立学校の本来の設置目的が阻害される、いわば本末が転倒するようなことは断じて黙過しがたいことでございますから、できればもっと具体的な事情も捜査いたしまして、矢嶋さん御心配になる気持は十分わかるような気がいたしますから、学校教育と、せっかく国体を山口県で開こうということになっての県民全体の一つの希望なり
お説のように、スポーツ振興法というがごときスポーツについての国民的な立場からする基本的な考え方を確立しておいた方がよかろうというお説であること、私も承知いたしております。さらに、具体的にはオリンピック組織委員会等でも話題になっておりまして、私の仄聞したところによりますると、こういう問題は、政党間の政策の争いというものでなくて、超党派的に取り扱ってしかるべき課題だから、立法措置を考えるとすればむしろ議員立法でやったらどうであろうというお説が非常に強いと承知いたしております。まあそうでないにいたしましても、文部省としても考うべきことだともちろん思うわけでございますが、現在のところは、そういうお取り扱いを願えればさらにいいんじゃなかろうか
できることならば議員立法でお取り扱いいただけばその方がよくはないかと、こう思っております。
そうでございます。
私はせっかく東京で国際オリンピック大会が開催されます限り、できることならば、十八種目全部金メダルを一つちょうだいしたいくらいの心意気を国民は感じ始めておると思います。そういう気持で選手強化費等もわずかではございますが、従来よりはオリンピックに備えてという考え方のもとに、予算案に計上して御審議を願っておるような次第でございます。しかしながら、義務教育課程の、ことに実際は中学でございましょうが、中学の生徒たちが県外競技に出場するということは、高等学校の場合よりも、もっと厳粛に教育本位に考えられるべきこともこれは当然でございますので、心意気は心意気としましても、教育目的との矛盾撞着ないようにということを第一義に考え、いわば選手強化の目的と
文部省にオリンピック課を設けろということは、矢嶋さんを初め、ずいぶんだくさんの方からハッパをかけられまして、概算要求で大いに張り切っておりましたけれども、負けまして、予算はついておりません。おりませんが、それは弁解じみておそれ入りますけれども、国際オリンピックというのは今度幸いにして東京で、日本で行なわれますけれども、何を申しましても国際オリンピックということでありますと、倫理的な気持が先に立つわけでございまして、一般のスポーツ、それから特に恒常的な組織として文部省内に国際オリンピックを具体的に意図したような課を作るかどうかも、再考してみればそれほど血道を上げてがんばらぬでもいいんじゃないかと、まあ思ったわけでございます。むしろ結果
結論が妥協によって出てきたわけでございます。それと同時に、半分くらいが心境の変化を来たしたと率直に申し上ぐべきでございますしょう。さっき申し上げたような意味合いにおいて予算査定権を持った側の言うことにもある程度意味がありそうにも思いました。それで妥協したわけでございますが、半分ばかり妥協して、今申し上げたような準備室ということで課を設けたより以上の効果を上げる方法はないものかとただいまのところ考えておるわけでございます。さらに三十七年度予算が問題となりましてから再検討を加えたいと思います。
お答え申し上げます。総理から概略お答え申し上げましたことで尽きているようなものでございますが、幾らか補足させていただきます。 御指摘の通り、終戦後の日本の教育界において、ともすれば科学技術が、軽視されたとは言えないまでも、とかく断片的であって、総合性が欠けておると批評されるようでございます。そこで、当面、科学技術者の需要に応じ得ない状態であることは万々御承知でございますが、当面のことは応急措置を、もろもろのことをやりまして何とか間に合わせるとしまして、長い目で見て、科学技術教育をもっとみっちりやらなきゃならないという要請にこたえねばならないと思います。従いまして、小中学校、高等学校から科学技術教育のもっと基礎学力をつけるという考
先ほど来の質疑応答で、お示しの文部省所管の行政財産がどうして文部省所管となり、現状に至っておるかということは一応明らかになったと思います。御承知の通り、文化財保護行政は、文部省の外局として文化財保護委員会がこれを管掌する。文化財保護行政の実態については、文部大臣が積極的に指揮監督権等はございません。ただ文化財保護委員の人選をして国会の御承認を受けるということと、それから文化財保護委員会で文化財保護行政上、こういう予算が必要だという概算要求書を作られて、それを文部省所管概算要求に一括して大蔵省に届け出る。そうして文部省の官房が文化財保護委員会の事務局長と一緒にその予算の成立に協力する。それ以上のことは文化財保護行政それ自体にタッチでき
よくわかりました。たとえば法隆寺にいたしましても、江戸城の史跡等にしましても、風雨にさらされて荒れほうだいでよろしいということで運営しておるようではございませんので、必要なる維持修繕等はやっており、またそれに必要な予算も乏しいながら一応あります。それと同じように、御指摘の厳島の史跡、あるいは名勝保存という建前でもって国有財産の最小限度の補修は国が責任持ってやるべきもので、ただそこまでかゆいところに手が届くような補修予算がなかったために放置されておることかもしれません。ともかく文化財保護行政の末端の一応の担当者は広島県教育委員会だと存じますが、具体的には地元で広島県教育委員会の担当の人たちを督励していただいて、もしすでに配付された予算
お説の通り着手するのがおそすぎたと思います。しかしどうやら三十六年度に着手できましたことを御同慶に存じておりますが、この研究所に幾ら金額がいくかわかりませんけれども、大原さんと同じ気持でおります。世界一のりっぱな研究所であらねばならぬ。ことに広島に設けられましたゆえんのものは、不幸ではありましたが、いわば人体、実験的な結果が現地にある、また初めその面については暗中模索でありましょうが、今日まで十数年間専門家が直接生死の関頭に立つ人を見て、既存の医学知識がさらにその面から練摩されていると思いますが、蜂谷博士を初めとして広島大学の先生たちにも日本でトップ・レベルの経験を持たれたその道の方々がたくさんいらっしゃると思うのですが、そういう人
抽象論としてはお説ごもっともだと思います。
特別変わった考えを持っておるわけではございません。教育基本法に示すような、政治的に教育の場がそこなわれてはいけない、右であろうと左であろうと、あらゆる政治的な影響から教育の場を中正、に守っていくべきもの、かように心得ております。
戦前の教育は帝国憲法の趣旨から出まして、天皇親政の立場から行なわれておったと思います。私もその当時の教育としてはよくわかりませんけれども、おそらくは子供たちの幸福をひたすら念願する角度で教育は行なわれておったと思いますが、今教育基本法にいうところの政治的に中立であるという角度から戦前の教育を批判する能力は、ちょっと私持ち合わせがございません。
子供たちが自主的な判断を持つように育てていくということは、これは当然の教育目標かと思います。ところが戦後の教育のあり方を一国民として見ておりますと、すべてとは申し上げませんけれども、民主教育の名のもとに子供たちが本能のおもむくままに行動することが自主性を発揮することであるがごとく誤って教育された子供たちが相当あるように私は思うわけでありまして、その自主性の尊重、批判力の育成ということ、そのことはだれしも異存はないと思うわけですが、その場合に、何としても感じやすい年ごろのがんぜない子供たちですから、教師個人の政治的な見解あるいは政党所属等は自由であるといたしましても、観念的には自分自身の政治的、思想的な考え方等はその人個人のことだから