向こうの旅券は、日本政府としては、正式の政府の文書としては認めがたいわけでございまして、そこで御存じのとおり、中共から日本に入国したいという人には、一般の場合の旅券に査証するという手続でなくて、渡航証明書を発給するという手続をとっているわけでございます。したがいまして、外交旅券とかいうものは、面接日本との関係では表面に出てこないわけでございます。
向こうの旅券は、日本政府としては、正式の政府の文書としては認めがたいわけでございまして、そこで御存じのとおり、中共から日本に入国したいという人には、一般の場合の旅券に査証するという手続でなくて、渡航証明書を発給するという手続をとっているわけでございます。したがいまして、外交旅券とかいうものは、面接日本との関係では表面に出てこないわけでございます。
あまり好ましいことじゃないかもしれませんが、世界じゅうの国がそういうことばでみんなつかっておりまして、翻訳しないことばになっております。たとえば「アグレマン」とかいうのもその例でございますが、むしろそういうことばはそのまま、そのものずばりでつかったほうが、「好ましからざる人物」なんというよりは、あのことかというふうに理解できるわけだと思います。
いわば普通名詞といたしまして、この条約では大使館、公使館と言わないで、そういう呼び方をいたしております。
この協定が核兵器の引き渡しを禁止するところまで及んでいないのは、御指摘のとおりでございます。ただ、御存じのように、この協定は、そういう方向へ向かって一歩でも現在の段階で進めるところだけ進めようという趣旨から、実際に可能なところを取りきめておるというわけでございます。
核兵器の実験をしますことは、現在の国際法上禁止されているとは言えないわけでございます。この条約に加盟する国の間では、ここに規定された範囲の実験である限りお互いに禁止される、条約上の義務としてやらないことになるわけでございます。それじゃ、この条約の法的な効果として、ここにあげられてない実験はいままで違法であったものが合法化されるかということじゃなくて、いままでも禁止されてない状態がそのまま続いていくということになるわけでございます。
さようでございます。
兵器のみならず、すべての核実験について、第一条に規定されている種のものは禁ぜられるわけでございます。先ほどは、いままでこの第一条に規定されている範囲外のものは従来どおりだと申し上げましたが、これは、御質疑が、禁止されているとか違法であるとか、そういう法律問題の御質疑だったものですから、そうお答えしましたけれども、いま御指摘のように、また前から御説明申し上げておりますように、この条約はより広範な軍縮目的の達成のための第一歩としての意味を持っているわけでございまして、すべての核実験の停止をこの条約の当事国としても目ざしておるものだということは、御指摘のとおりでございます。
つまり、第一条に掲げられているものは。といいますのは、地下実験というものはまだ禁ぜられてないわけでございます。
何も限定はないわけでございますが、たとえばダムを建設するのに核爆発を応用するとかいうようなこともあるそうでございまして、兵器の実験以外のすべての核爆発を意味しているわけでございます。
さようでございます。兵器でないからよろしいということではないわけでございます。
「防止すること」ということばの意味の御質疑だと思いますが、これは、この条約に加盟してないものが爆発を起こさせようとするのを防止するという意味ではございませんで、やはり、条約の当事国の領域内で何か当事国政府以外の第三者が爆発を起こさせようとでもする場合にはこれを防止する、そういう義務を負っているわけでございます。実際問題としてはちょっと考えられませんかもしれませんけれども、自分がやらないのみならず、人にもやらせないことについて自分が責任を持てる範囲についてのことでございまして、ほかの締約国でない国がその領域内でやろうとすれば、これを防止することはできないわけでございますから、そこまでの責任を負っている意味ではないわけでございます。
自国領域内のことでございますから、それぞれの国内法によりまして当然できるはずであると思います。
ちょっと御質疑の趣旨がよくわかりませんでしたが、もう一度……。
ちょっと私の説明のしかたが悪かったかもしれませんが、この「防止すること」というのは、締約国のAが、締約国の中の他の国Bが爆発を起こさせようとするのを防止する、そういう意味ではございませんで、締約国Aの政府が、締約国Aの領域内において締約国Aの政府以外のものが何か爆発を起こさせようとしている場合に、これを防止する、そういう趣旨でございます。締約国同士間のお互いで悪いことをするのを防止しよう、そういう意味ではございません。
罰則というものはございませんが、そういうような条約違反の事態が起こりました場合には、この条約の基礎がくずれてしまうわけでございまして、存立の基礎が失われて、条約の目的がもう達せられない。そこで、ほかの国も、法律論を申し上げると、爆発を自由に起こさせるようになる。そういうことにならざるを得ないと思うのでございます。
仰せのとおりでございますけれども、ただ、条約でこういうような実験をしないという約束をある国が安心してするためには、ほかの国が実験をしたら自分もその拘束から免れるということがありませんと、またこういう約束をおいそれとはできないわけでございまして、御指摘のように、それに対して何か罰則でもつくることによって事態が法律的に技術的に救済されるような性質のことでございましたら、そのほうがいいわけでございますけれども、実験禁止をしておいて、実験が行なわれれるというようなことになりますと、他の当事国としましては、もう自分も実験して自分の利益を擁護する以外には道がない、そういう客観的な認識に立ってこういう規定の仕組みになっているわけでございます。
この条文にもございますように、異常な事態が起こって自国の至高の利益を危うくしておると認めるときでございまして、これは締約国のその場合における判断に終局的にはまかされておるわけでございますけれども、そういう判断は締約国としては軽々しくなすべきものではないということは御指摘のとおりでございます。しかし、他面、この条約のたてまえから言いますと、脱退することを軽々しくしてはいけないということがある反面に、異常な事態というもの、つまり、実験をするなんということが非常に重大なことなわけでございまして、その両方の重大性がちょうどマッチしていると申しますか、これで均衡をとるよりほかに方法はなかった、そういうように条約作成の参加国の間では認めたわけで
見方の問題であるかもしれませんけれども、むしろそれは実験をすることを軽々しくできないようにしたほうが、脱退を軽々しくできないようにするよりも、実験する以上はほかの国に脱退されてしまうぞ、そのほうがむしろこの条約の目的に合うのではないかという見方もあり得ると思うのでございます。
私は、この条約としてはこれが一番バランスのとれたやり方ではないかと思っております。
この二つのことばを特に使い分けたというわけじゃございませんで、前文の場合には、実験が行なわれなくなる状態を客観的な立場から述べているディスコンティニュアンスという原語になっております。それから、第一条では、これを締約国に義務づける内容を叙述というかっこうになるものですから、禁止ということにしたわけだろうと思います。