最初にやりましたのは一九六四年八月、トンキン湾事件の直後でございます。
最初にやりましたのは一九六四年八月、トンキン湾事件の直後でございます。
一九六五年二月、北爆開始の際にもいたしました。それからことしの正月にも安保理事会の議題にのせようとしてアメリカが提案いたしまして、わが松井代表も一議長として一生懸命努力したけれども、結局功を奏さなかったということは御記憶に新たなところだと思うのです。
アメリカが現在とっております軍事行動の法律的な根拠といたしましては、国際連合憲章第五十一条、集団的自衛権でございます。
「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の国有の権利を害するものではない。」、こうあるわけであります。そのあとにも続きますが、根本は、ここにありますように、自衛権というものは一般国際法に基づく国家の固有の権利である。したがって、この国際連合憲章によって創設されたものではないわけでございます。どこの国でもことごとく自衛権はあるわけでございます。その自衛権を行使する主体としては国ということになっておりますが、いまのように、いまのベトナムのように、一つの国家であるべきものが実際上二つの政権のもとに分かれておるような
国連加盟国とここに書いてございますのは、これは国際連合憲章であるから国連加盟国と書いておるのであって、これは何も国連加盟国以外の国が自衛権を持つことを否定する意味じゃもちろんないわけであります。したがって、先ほど私は、この自衛権というものは国際連合憲章が創設したものじゃなくて、すべての国に備わっておるものだ。その意味は「固有の権利」とわざわざ書いてあることからもわかるし、また「権利を害するものではない。」と、つまりこの憲章のほかの規定をそういうふうに解釈してはならない。ほんとうのその根は一般国際法にあるということが五十一条の条文の書き方にも明らかにされておるわけであります。
政治論は別としまして、法律論としてはそのままの適用と考えてよろしいと思います。
アメリカ合衆国は国連の加盟国でございますから、どこにおける軍事行動についても国際連合憲章の制約を受けるわけでありまして、アメリカの行動についてのお尋ねでございましたから、これはアメリカのこの五十一条に基づく集団的自衛権の行使である、かように御説明したわけでございます。
五十一条は、国際連合憲章の中に書いてございますので、国際連合加盟国としては、自分が攻撃を受けた場合でもこういうように行動しなくちゃいけないぞと、すぐ報告しなくちゃいけないと、それで安全保障理事会がこういう適当な行動をとったらすぐやめないといけない。こういうふうな規定のし方になっておるわけでございます。国際連合としましては、国際連合加盟国でないものにこういうような制約をつけるわけにはいかないわけであります。これは国際連合憲章であるからここに「加盟国」とあるのは当然でございまして、だからといって、それではほかの国には自衛権がないのか。ほかの国は武力攻撃を受けたら受けっぱなしにしなくちゃいけないのかというと、そうではなくて、これは一般国際
外部から違法な武力攻撃を受けまして、それに対して、それ以外に自己を防衛するに手段がないときに行使する武力でございます。これが従来からいわれる自衛権で、国際連合憲章のことばでいえば個別的自衛権ということになるわけでございます。そういうものを助けるための軍事行動も国際連合憲章では許されているのでございます。これは集団的自衛権ということばで呼ばれているわけでございます。
本来ならば、直ちに安全保障理事会が平和回復のための手続をとるべきたてまえになっており、そういうふうに第五十一条は予想しておるわけでございますが、御存じのとおり、アメリカが一九六四年八月、初めて集団的自衛権を行使して、公海上で武力を使用しましたときに、安保理事会にそのことを五十一条に基づいて報告したわけでございますが、安保理事会がその問題を取り上げまして、両方の言い分を聞くために南北両ベトナムを招請したところが、南のほうは応じましたけれども、北がこの招請を拒絶した、そこで、安保理事会としては実質的な審議に入ることができない、したがって、また当然適当な、この五十一条で予想しておるような「国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認め
侵略ということばは国連憲章にもあるわけでございますが、浸透ということばは国際法上の用語じゃないわけでございまして、武装した人員を隠密に忍び込ませるという姿を如実にあらわすために使われておる通俗の用語でございます。ただ、侵略という国際法上に言いますときに、これは制服を着た武装tた部隊が、隊伍を整えて、白昼堂々とその国境を越えるときだけが、侵略とか武力攻撃に該当するのじゃなく、隠密にそういう武装した人員を送り込ませるというのも、そういう形の侵略もあるわけでございます。北越が南ベトナムに対してやっている行為も浸透でございますが、同時にそれが武力の様相を伴っておりますので、これは侵略に該当する、こういうことでございます。
浸透ということばであらわされる行動としましては、必ずしも武装した人員を送り込ませる場合だけじゃないだろうと思うのであります。かりに政治工作員みたいなものを浸透させる場合には、これは侵略にはいかなる意味においても該当しないわけであります。したがいまして、先ほど私は、武装した人員を送り込ませるような形の浸透であるならば、これは侵略に該当する、かように御説明申し上げたわけでございます。
アメリカは、侵略を受けております南ベトナム側の要請に応じて、武力をもってこれの防衛を援助しておるわけであります。国際法上の観念をもって説明すれば、これは国際連合憲章第五十一条の集団自衛権の行使として許されている行為でございます。
侵透であれば侵略でない、侵略ならば侵透ではないはずだ、そういうふうに二つの観念が同じレベルで全くまつ二つに分かれるものじゃないのでありまして、侵略で、侵透の形で行われるものもあり、侵透の形で行なわれないものもある。現在の侵透は、武装した人員を送り込んでやる侵透であるから、これは侵略に該当するというわけでございます。
侵略ということを定義づけることはかえって適当でないというようなことで、なかなか定義づけについて一般的な国際条約として成立したものはございませんが、これは御指摘のとおりでございますが、また一つのよりどころとして、先例として申し上げますならば、ソ連その他の東欧諸国の間に、一九三三年に結ばれた侵略の定義に関する条約というのがございまして、その中には、「他の一国に対する開戦の宣言」、これがまず第一に掲げてございますが、その中の一つにはこういうのが入っております。「各自の所属領域において編成されて他の一国の領域に侵入した武装部隊に対する支援の付与、又は、被侵入国の要求があるにもかかわらず、右の武装部隊からすべての援助若しくは保護を奪うために、
この条約の規定そのものに直接政府の見解を申し述べる筋合いではないかと存じますが、具体的な内容につきましては、先ほど来申し上げておりますように、武装した人員を隠密に忍び込ませるような形の侵略も侵略に違いない、こういうふうに考えております。
捕虜になりました者が、捕虜になる前に戦時国際法規違反の行為をしておったような場合には、捕虜にした国は戦争裁判にかけられるということになっております。
個人の兵隊が、たとえば無事の住民と知りつつ殺傷するというような行為をするとか、あるいは自分のほうにつかまえておった相手国の捕虜を残虐な行為をして苦しめて、それが逆に今度自分が捕虜になったときにそのことが相手国にわかっておって、今度は自分が裁判にかけられる、そういうような例が具体例としてはあり得ると思います。
私はその兵器の性質をよく存じませんが、従来の戦時国際法上は不必要に苦痛を与えるような兵器は使っちゃいけないということになっております。
ベトナム民主共和国という国号を称しておる政権があることは、外務大臣から答弁のとおりでございますが、日本政府はこの国を承認しておらないのでございます。