南北両政権のもとに、それぞれの地域に施政が行なわれておるという事実関係があるわけでありまして、国家といたしましては、世界じゅうの国がそれぞれその一方だけを承認しておる、そういうことでございます。
南北両政権のもとに、それぞれの地域に施政が行なわれておるという事実関係があるわけでありまして、国家といたしましては、世界じゅうの国がそれぞれその一方だけを承認しておる、そういうことでございます。
南北をそのように平等にはどの国も認めてないわけでございまして、その第三国の国家としての立場を離れて客観的に見れば、仰せのとおりでございますが、かりに日本の立場からしますというと、南ベトナムにある政府だけが唯一の合法政府である、こういうことになるのでございます。
ベトナムの十七度線にいま御指摘のように臨時軍事境界線がしかれておる。これはつまり休戦ラインでございます。この点は、朝鮮半島に、三十八度線の近辺に休戦ラインがしかれておるのと全く同様なわけでございます。御指摘のとおりこれは国境ではない。それじゃ、国境でないから幾らでも武装した軍隊を忍び込ませてもいいかというと、そういうことになったら休戦ラインというものの意味はなくなるわけでございまして、そういうように武力をもって浸透してはいけないとか侵略してはいけないとかいう観点におきましては、これは全く国境と同一視すべきものであるというのが国際の常識であると存じます。
ベトナムの北と南の関係が国家と国家の関係でないということは事実でございますが、それではこれは単純な一国内の内乱にすぎないのか——国内事項ということばをお使いになりますが、そう見るかというと、それもまた実態にそぐわないのでございまして、第二次世界戦争後の特殊事態として分裂国家というものができた。それで、その間に国際会議で定められたラインが引かれておる。これは休戦のために設けられたラインであって、これを越えることはもちろん許されないわけであります。したがって、これを越えたらこれは侵略になり、武力攻撃になる、そういうものを受けた側には当然自衛権がある、こういうふうに考えるのがもう現在の国際の常識でございまして、これは朝鮮動乱の際もいささか
一九六四年八月トンキン湾事件の直後に報告いたしております。
安保理事会は、ベトナムの北のほうと南のほう両方を呼んで事情を聴取しようとして——これには当時ソ連ももちろん賛成したわけでございますが、その招請があったのに対して、北ベトナム側は、国連にはベトナム問題を取り扱う権能なしということでこれを拒絶し、そのまま安保理事会としては実体的な審議に入られないままになっております。
私どもといたしましては、両方の規定の優劣を論ずる必要のない、両方矛盾するところはない、かように考えておる次第であります。
第二十五条の解釈につきましては、これは法制局にお願いしたほうが正当かと存じますが、この規定の直接の目的とするところは、日本政府あるいは国としてその施策の上で、社会福祉、社会保障、公衆衛生の向上、増進につとめるということでございまして、原子力潜水艦の入港を認めるという問題とは直接関係がない、かように考える次第でございます。しかし、かりに関係ありといたしましても、政府として安全でないと思いながら入港を認めたとすれば、あるいはこれにひっかかるという議論が成り立つかもしれませんけれども、政府としては安全であるという確信の上でいたしていることは先ほど来御説明申し上げているとおりであるわけでございます。
そういう協定は承知いたしておりません。
小加盟国であったらどういう取り扱いになり、低開発加盟国だったらどういう取り扱いになるという取り扱いの区別がございましたら、特定の国がそのいずれに該当するかということをこまかく一々の国にわたって論ずる意味があるわけでございますが、先ほど来大蔵省の当局から御説明がありますように、小国だからといって忘れられちゃ困るという気持ちをくんでこういう字が加わっただけのことでございまして、「特別の考慮を払うものとする。」という対象としては全然同じでございますから、個々の国が小加盟に該当するかどうかは特に論じなくてもよろしいのではないか、かように考えます。
そういうことを検討の上この字がこの協定作成にあたって入れられたわけではないわけでございまして、ここで個々のものが、これは入ると思いますとか、入らないと思いますとか言っても何ら権威のないことでございますし、この条約の運営上必要のないことである、かように考える次第でございます。
国内法でございますと、おっしゃるとおり、非常に厳密にそういう感情などはまじえないで法文を作成されるのが筋でございますが、条約協定の場合には、それぞれの会議に参加しておる国を満足させるために、特にそれの結果弊害が起こらない場合にはこういうような無害な文句が入れられるということはあるわけでございまして、この小加盟国という字入ったがために特に弊害がなければこれをとるという必要もないかと存じます。
北ベトナム、南ベトナムという二つの国があるということは、一般的にはなっておらないわけでございます。ただ、武力使用の禁止とか、そういう関係におきましては、これはそれぞれ独立の単位として考える。これは朝鮮の場合でも同じことでございまして、休戦ラインでございますとか、そういうものもあたかも国境であるかのごとく考えて、これを武力をもって侵してはならないということが国際的な常識になっておるわけでございます。
独立国同士間の戦争でないことは明らかでございますが、それじゃ純然たる一国内の内乱と同一視していいかというと、そうじゃないのでございまして、十七度線に引かれておる休戦ラインというものは、ほかの国も参加した国際会議で引かれた線でございます。これはあたかも、たとえばいまの朝鮮でどっちか一方が休戦ラインを侵したら、それは単なる内乱とは認められないのと全く同じことでございます。したがって、いまのこのすべての戦闘状態というものは、国家間の戦争か内乱か二つに一つしかないというふうに考えないで、これはこういうものとして特別に現在の世界ではある事態である、こういうふうに理解したほうが現実に即する、かように考えます。
ジュネーブ協定というものは、単一の協定ではなくて、いろいろ政治的なことも盛り込んだ文書等も休戦協定の中にあることは事実であります。ただ、そういう選挙のことなどに関しましては、南ベトナムやアメリカはこれに参加しておらない、休戦協定自身にも参加しておらないわけでございますが、休戦協定についてはこれを尊重するということを一方的な宣言で別に誓約をしておる、こういう関係に相なっておるわけでございます。
二つの国がないことも事実でございますし、その領域内に二つの政権があって、そのいずれもが全体に現実に支配を及ぼしていないのも事実でございます。これは分裂国家という、最近の世界において生じた特異な事態なわけでございます。協定の内容その他によりまして、現実の支配を及ぼしていない限りは、加盟したといっても実効が及ばないような協定もあるわけでございます。このアジア開銀の場合には、実効の及んでいない地域も含めて入っているんだと観念してもこの協定の運用はできないだろう、かように考えるわけでございます。これはそれぞれの協定なり条約の性質によって判断せざるを得ない問題だと存じます。
毒ガス禁止宣言で、日本語訳でも「その他」といたしておりますが、この宣言の正文である英語では「その他」という表現になっておりますけれども、もう一つの正文であるフランス語ではそこが「類似の」となっておるわけであります。条理上から申しますと、もし「その他」というのがほんとうにその他というだけの意味でございましたら、ガスは、毒性でなくても何でも全部禁止されるということになるわけでございますが、この宣言の趣旨から申しましてそういうことじゃないわけでございまして、やはり窒息性とか毒性、それと類似のガスというフランス語の本文に従って解釈すべきものだろうと思うのでございまして、これは学者の説もすべて一致しておるところでございます。
「その他の」という宣言の意味につきましては、先ほど申し上げたとおりでございますが、現実に使われたガスがどういう種類のものであったかということにつきましては、私どもとしては何ら資料を持ち合わせておりません。
こちらからこちらの取り調べた結果をソ連政府に知らせまして、日本側としては、事実はこのとおりだったというふうに了解しておるが、もう一度よく事情を調べてもらいたい、特に、事件発生後、日本側に通報するまでに五日間もかかったということの事情をよく調べてもらいたいということを申してやりました。その後、それに対してはまだ応答がないという状況でございます。
私、会議に出て直接聞いておったわけじゃございませんが、おそらく大使としましては、それぞれの任地において、一般にどういうふうな意見が行なわれているかというようなことを報告した一環としまして、そういうような見方がカンボジアでは行なわれているということを申したのが若干ずれて報道されておるんじゃなかろうか、かように考えております。