四国共同提案は、次の内容の規定を加えようというものであったわけでございます。「一般原則として、直線基線のために許される最大限の長さは十海里とする。その基線は、第一項によって正当とされる場合に、海岸線の突端の間、この突端と海岸から五海里以下の鳥の間、またはこのような島の間で引くことができる。もっとも、この直線基線上のどの点も海岸から五海里以上でないならば、より長い直線を引くことができる。」
四国共同提案は、次の内容の規定を加えようというものであったわけでございます。「一般原則として、直線基線のために許される最大限の長さは十海里とする。その基線は、第一項によって正当とされる場合に、海岸線の突端の間、この突端と海岸から五海里以下の鳥の間、またはこのような島の間で引くことができる。もっとも、この直線基線上のどの点も海岸から五海里以上でないならば、より長い直線を引くことができる。」
まだ事務当局レベルの話でございまするので、さよう御了承いただきたいと思いますが、現在、大体領海及び接続水域に関する条約と、公海に関する条約につきましては、これに加入するという方向で検討いたしております。順調にいけば、近く国会に御承認をお願いしたいと、かように考えております。 大陸だなに関する条約につきましては、御意見もよくわかるのでございますが、まだそういう結論を事務的にもいたす段階に至っておりません。
中華民国との平和条約の場合には、中華民国という戦前からあった国との条約といたしまして、そういう国の政府でなければならないような規定が、戦争状態の終了だとか北京議定書に基づく権益の放棄だとか、いろいろうたわれておるわけでございます。しかし、また同時に、いろいろ貿易関係だとか、適用範囲が限定される――現在の支配下にある地域にだけに限定されなければならない条項が含まれている。そういうことでああいうような条文の形になったわけでございます。 しかし、大韓民国との条約におきましては、初めから国連決議に明らかに示されているとおりの大韓民国政府と今度の条約関係が結ばれるということでございまして、中華民国との場合とは場合が違うということでございま
お説のとおりでございます。
追跡権につきましては、領土、領海内において法令を侵したものに対する処罰取り締まりのために公海にまで追跡することができるわけでございますが、漁業水域につきましては、そういう規定は設けられておりませんので、領海を侵さない限りは追跡権が公海にまで及ぶということはないわけでございます。
法律論としては、私が申し上げていることは確かに言えると思うのでございまして、領海内の取り締まりのために、追跡権というものは公海に及ぶことが認められておるのでございます。その原則、今度の協定で公海自由の原則に対する例外的な制限を設けておらない限りは、公海自由という国際法の原則に立ち返るはずでございまして、漁業専管水域内の取り締まりのために追跡権を設けるという規定がない以上は、私が申し上げたように、法律論としてはならざるを得ないはずである、かように考えております。
ある国の領域の一部が独立します場合に、宗主国と新独立国との間に、ある種の協定が結ばれるということは通例だと思います。しかし、今回の条約はその例によったわけじゃないのでございまして、大韓民国の独立ということはすでに一九四八年に行なわれておるわけでございます。今度の一連の条約は、すでに独立しておる大韓民国と日本国との間の国交を正常化するための条約でございます。この条約は絶対にこういう形のものが必要であったかというお尋ねに対しましては、純粋の法律論といたしましては、絶対に必要なものとは言えない、かように考えます。
先ほど申し上げましたのは、絶対に必要であったかという点についての直接のお答えでございますが、しかし、岡田先生もよく御存じのように、条約・協定では、絶対に必要であるとは言えないような協定も、そのほうが適当であるとか、ぐあいがいいとかいうことで結ばれることは非常に多いわけでございまして、文化協定などはすべてそうだと言ってよろしいかと思います。今度の基本関係に関する条約につきましては、いろいろ過去のいきさつもございますし、将来の関係をはっきりした、しっかりした基礎の上に置くために締結したほうが適当であるということは、間違いなく言えることだろうと思います。
交渉の経緯に関することでございますが、その点、私あえて否定いたしませんけれども、いずれにいたしましても、条約と言いましょうが、共同宣言と言いましょうが、別に実質的に影響のある問題ではないのでございまして、共同宣言だからといって、こういうような重要な内容を持ったものであれば、やはり憲法上の条約として国会の承認をお願いしなければなりませんし、要するに、これは名称だけの問題であったわけでございます。
この問題はそんなに十四年間言い合っておった問題ではございません。ほとんど議論をいたしませんで、ただ日本側といたしましては、向こうが条約ということを希望するのに対して、すぐさまそれにオーケーしなかった。まあ、内容が固まってから条約でもよかろうというふうに言った。ほとんど議論はいたしておりません。別にこれが実質的な問題じゃないのでございまして、われわれとしても、交渉技術上、そう何でも言うことをすぐ聞くよりは、ある程度譲歩する材料にためておくということもあるのでございまして、その点、別に特別の意味はなかったのでございます。
国際連合憲章の原則と申します場合には、憲章第二条の原則であるということは、これは疑問の余地のないところであると思います。日本の条約先例といたしましても、今度初めて第二条を入れないというようなことじゃないのでありまして、インド、ビルマ、インドネシア等の平和条約には、第二条ということは特に断わっておりません。
これは特に重要な点でもないと思いますけれども、(「重要だ」と呼ぶ者あり)交渉経緯につきましては、申し上げることを控えたいと思いますが、これは第二条と書いてございましてもございませんでも、原則であることには絶対に疑問の余地はないと思います。
交渉の経緯につきましては一々申し上げかねますが、この第二条の第何項と第何項というような、ソ連方式みたいなことを提案したりいたしたことはございません。
すべての条項について、そういうふうにいたして交渉いたしたわけでございます。
国連憲章の原則と申す場合には、先ほど申し上げたように、第二条の原則であるということは、これはもう一点の疑いをいれないところでございますが、なお、この前文を置いたとか、あるいは本文中に、国連憲章の原則に適合して云々というような字句を入れたことによりまして、日本が吉田・アチソン交換公文なり、国連軍協定なりによって、朝鮮動乱の関係で負っておる義務以上の法律上の義務を負ったことには全然ならないのでございまして、これは国際連合加盟国が、すべて朝鮮動乱に出兵しなくちゃならないという義務を負っていないと全く同様でございます。
第二条の意味は、併合条約及びそれ以前のすべてのいわゆる旧条約が、現時点において無効であるということを確認したわけでございます。その点に関する限り、何らの食い違いもないわけでございます。ただ、それにいろいろ説明的に、初めから無効だったとか、いつまで有効だったとか、その条約の本文に書いてないことについての、いわば法律論みたいなことで、何か説明のしかたが違っておるというのが実情だと思います。
いまの先生の御指摘の点は、どうも法律論じゃないように思いますが、一応、法律論として申し上げますというと、日本は平和条約で朝鮮の独立を承認したわけでございますが、そういう条項を、このサンフランシスコの条項を「想起し」というのが、すでに基本条約の前文にもうたわれておるわけでございます。そうしますと、この併合という事実が、法律上もうあったということを前提にしておるわけでございます。したがいまして、法律論としては、初めから無効だったというのは、一体、どういう法律の理論構成になるのか、私も全然想像がつかないようなわけでございます。
「唯一の」という文字と「合法的な」という文字が並んで使ってはないと、国連決議には。これは御指摘のとおりでございます。しかし、「合法的な」という字は「唯一のこの種の」という字の前にあるのでございまして、「この種の」というところの種ということの中には、「合法的な」というものも含まれておるわけでございます。したがいまして、それだけを見たら誤解のおそれがあるのじゃないかということは御指摘のとおりでございますが、しかし、そのあとにすぐ続けまして、「明らかに示されているとおりの」と、アズ・スペシファイドと英語ではなっているわけでございますが、このスペシファィドという字は、説明を申しますと、日本語でもスペックというのが日本語になっておるようでござ
この二、三年に、こういうふうにやかましく食い違いが論議された条約を締結した記憶はございません。
基本関係条約の第二項についてのお尋ねと思いますが、御指摘のように、この項では「国際の平和及び安全の維持のために、」というところにぽつがあるわけであります。したがいまして、これは「平和、安全の維持のために……協力する」、こういうふうに読むのじゃございませんで、「両国が国際連合憲章の原則に適合して緊密に協力することが国際の平和、安全の維持のために重要である」、こういうふうに読むわけでございます。これはぽつ一つでえらく意味を深く読み込むじゃないかとの疑問があるかもしれませんが、英文ではこの点を非常に明瞭に、日本文よりもっと明瞭になっているわけでございます。