軍令三十三号の解釈につきましては、米国政府からも明瞭な発表があるわけでございますので、疑問の余地はないと思います。この米韓協定の第六条は、この文言にもございますように、韓国にありました戦勝国、つまり連合国の国民の財産について日本側が戦争中に何か措置をとっておって、それを日本の財産だと思って韓一国に渡しますと、連合国の国民が不利益をこうむることになりますので、その点についての注意を喚起したものでございます。
軍令三十三号の解釈につきましては、米国政府からも明瞭な発表があるわけでございますので、疑問の余地はないと思います。この米韓協定の第六条は、この文言にもございますように、韓国にありました戦勝国、つまり連合国の国民の財産について日本側が戦争中に何か措置をとっておって、それを日本の財産だと思って韓一国に渡しますと、連合国の国民が不利益をこうむることになりますので、その点についての注意を喚起したものでございます。
最初アメリカと同様の解釈をとっておりながら、日韓交渉のある段階においてこれと違った解釈をとったということは、この間戸叶委員に申し上げたとおりでございます。しかし、アメリカ解釈と同じ解釈をまたとるようになって以後において、日本政府当局の者が日本国民の財産、権利、利益がそのまま残っているとお答えしたはずはないはずであると、かように考えます。
ただいまお読み上げになりましたのは、昭和二十八年十月二十二日の情報文化局長の談話でございまして、これは先ほど来申し上げておりますように、日韓交渉のある段階において米国解釈とも、平和条約締結の際の国会で御説明申し上げました政府の見解とも違った、一番日本に腹一ぱいの主張を韓国との交渉の上でやっておった段階の発表でございます。いまの見解とは違います。
日ソ間の場合には、御指摘のとおり、平和条約という名称を用いなかったのは、領土問題について最終的な決着がついてないからでございます。平和条約という名称を用いるかどうかという点は、そういう点が非常に関係があるわけでございますが、ある国際約束に共同宣言という名称を用いるか、条約という名称を用いるかということは、条約というか協定というかと同じように、特に実体的な影響のないことでございまして、主として形式的な観点から、いずれに決してもよろしい問題だと思います。
ソ連との場合には平和条約という名称を用いなかったことが要点なのでございまして、共同宣言という名称をとったか、条約、協定という名称をとったかは別の問題でございます。
大韓民国の管轄権の及ぶ範囲が朝鮮の南半分であることは御指摘のとおりでございますが、しかし、大韓民国の存在というものは併合条約と完全に相いれない状態であるということは、これは明白でございます。したがって、そういう完全に矛盾した状態が生じたときからこの併合条約は失効したものと認めるのが相当であるというわけでございます。併合条約自身は、地域的に南半分とか北半分で有効、無効とかいう種類の条約ではございませんので、そのときをもって併合条約が全体として失効したと認めるのが一番適当であろう、かように考えるわけでございます。
政府の承認と外交関係の設定は別のことだということは、先ほど外務大臣からお答えしたとおりでございますが、この口上書には、外交関係が設定されるまでこうこうする、外交関係を開設したいという意思が明示されておるわけでございまして、これが承認の意思を表明するものとして十分であることは明らかであると思います。ただあなたの国を承認するという表現を端的にとった場合だけを、従来国際法上明示の承認と申しておりまして、いまみたような間接的な表現をとっております場合は、従来用語上黙示の承認と呼ぶことになっているわけでございます。
黙示の承認、明示の承認といいましても、効果は同じことでありまして、それほどやかましく言う必要はないかと思いますが、従来の国際法の教科書でございますと、どうもそういうのは黙示の承認ということになっておる。私も実は岡田先生と同じように、そういうのは明示と言ってもいいのではないかと思いますけれども、従来の国際法の学者の用語例に従って申しておるにすぎません。 なお、承認は、これはまた国際法の講釈をするようで申しわけありませんが、一方行為でございまして、あの口上書を発出したときに、日本政府は明らかに承認の意思を表明したわけでございます。その後外交関係がどういうふうに進んだかということとその意思の表明とは別個の問題でございます。
平和条約の第二条の朝鮮の独立、その際には、当然その前提として国家がなくてはならないから、そっちのほうから説明をするということも可能かと思います。私どもは、しかし日本の意思ということが重要なのであって、その意思という点においては、前々から御説明申し上げておりますが、事実上は、日韓交渉を始めてから日本は韓国政府を承認する意思決定をいたしておったわけでございますが、しかしこの間は外交権がございませんので、事実上の関係にすぎなかった。それが平和条約の発効によって外交権を持つと同時に法律上の関係になった、かように考えるのが一番合理的であろうと考えておるわけでございます。先ほど申し上げました口上書云々の点は、それを示すものは何かという御質問に対
平和条約第二条を含む平和条約全体の発効によって、そういうように日本が大韓民国と従来持っていた関係が法律上のものになった、それが承認だということも言えるかと先ほど申したとおりでございます。それを黙示の承認といってもよろしいわけでございますが、もう一つの口上書のほうも、また内容からいって黙示の承認と言うほかないものでございます。ほんとうにおまえの国を承認すると言わなければ、明示の承認とは従来の用語例で言わないから、そう申しておるわけでございます。
承認というのは、その当事国の意思がポイントでございまして、日本の意思は大韓民国の承認にあったことは、先ほど来申し上げているように、日韓交渉開始以来はっきりしておるわけでございます。事実関係はそうだが、法律上の関係が平和条約の発効によって初めて明らかになった、こういうことを申し上げておるわけでございまして、日本政府は、平和条約以前にも以後にも、朝鮮——何でございますか、民主主義人民共和国なるものを承認する意思を明らかにしたことはございません。
平和条約第二条が朝鮮全体を意味するということは仰せのとおりであります。しかし、それだけで日本の意思を推定するのが間違いなんでございまして、先ほど来申し上げておりますように、日本政府の意思を推定する材料としては、日韓交渉をそれ以前から始めておったこと、それからサンフランシスコ平和条約当事国が、大部分が大韓民国を承認し、また国連も、国連尊重の趣旨を平和条約に盛られていること、いろいろございましょう。それからその一つとしてまた口上書ということもございましょう。そういうものからいって、日本の大韓民国承認の意思はきわめて明らか、特に口上書では明らかでございますが、朝鮮民主主義人民共和国の、政府としての承認を推定せしめる材料は何もないのでござい
平和条約第四条のものと若干時間的なズレもあります関係もありまして相違がございます。おもなものといたしましては、例の管轄区域が変動いたしまして、東のほうで大韓民国の領域が上に広がっていっておるわけでございます。この地域は平和条約当時は、第四条の地域に入っておらなかったわけでございます。それから今度の請求権の処理にあたりましては、合意議事録にも明らかにいたしておりますように、拿捕漁船の請求権関係を含めましたので、したがいまして、そういう点でも第四条とは範囲が異なっておるわけでございます。
まず西のほうの部分、へこんでおるほうは、これは軍令三十三号は適用があり得たわけでございます。その後大韓民国の管轄区域内にはございませんので、今度の協定では関係なくなったわけでございます。束のほうは、事実関係をまず申し上げますと、北鮮の側の当局が一九四六年ごろから没収したりなど処理いたしまして、終局的には北鮮にある政権が憲法の規定で没収するということにいたしております。それが休戦協定でまた大韓民国の管轄下に入ったわけでございますが、大韓民国のほうは、これは敵の財産である、反逆者の財産でございますか、そういうことで没収措置をとったということでございます。したがいまして、この協定の第二条第一項にございます実体的な財産、権利、利益としては何
朝鮮を統一すべしということが国連の現在の政策でございます。いま現在の段階で、朝鮮が二つの国に分裂されてしまうというような仮定に立っての議論は、こういう場所で、政府の立場では慎むべきことかと存じます。
北鮮との関係、交流のことは、従来どおり何ら変更を考えていないということがいままで述べられております方針でございます。したがいまして、これを、いま方針としておられないことを前提としていろいろ論議するのはいかがかと思いますが、かりに全くの仮定の問題としまして、日本人の個人が北鮮の裁判所に訴え出たといたしましても、北鮮で行なわれておる法制上は、憲法がそういう規定になっております以上は、請求は認められないだろうということは申し上げられるかと思います。全くこれは理論上の問題として申し上げるわけでございます。
不動産について慎重に考慮するということにいたしましたのは、不動産の場合には第三者の権利が設定されていることもございますし、またこれを現に使用しているものの利益も考えてやらなければならない、そういうことでございまして、結局そういうようなものの権利利益を尊前するために今度の国内法では、日本人が現に保管している不動産だけをその保管しておる日本人に帰属せしめることにいたしました。したがいまして、その反面におきましては、結局日本人以外の第三国人あるいは韓国人等が住んでおる不動産、そういうものには手がつけられない、そういうところが慎重な考慮のあらわれであると、かように御了承いただきたいと思います。
日本が承認したときに大韓民国が独立したものだというたてまえをとるわけではございませんで、大韓民国が独立したのは一九四八年八月十五日であるという歴史的事実を否認するものではないわけでございます。ただ承認の時期が五二年四月二十八日になりましたのは、そのときに初めて日本は外国を承認し得る立場にも立ったわけでございまいます。
事実上の関係はその前から日韓交渉もやっておりましたし、もう承認はほとんど、普通の場合だったら当然推定されるような行為をやっておったわけでございます。しかし、これはほんとうの主権国家としてフルに外交関係を持っておりませんでしたから、法律関係といたしましては一九五二年四月二十八日と考えるのが相当であろう、かように考えているわけでございます。
政府といたしましては、併合条約それ自体は韓国の独立のときに失効した。併合以前に結ばれておりました条約は、それぞれの条件が成就されたときに失効したかあるいは併合時まで生きておったものは併合時に失効した、かように考えております。