平和条約の規定の第一義的な意味は、朝鮮が日本から分離独立することを認めるということでございます。その際に、日本といたしましては、そこに三つの政権ができておったわけでございますが、それ以前からの関係もございまして、当然に大韓民国を承認したわけでございます。この大韓民国の承認ということばと朝鮮の独立を承認するということばが同じことばになっておりますために、若干混乱が生ずるかもしれませんが、観念としては別に区別して考えるべきものだろうと思います。
平和条約の規定の第一義的な意味は、朝鮮が日本から分離独立することを認めるということでございます。その際に、日本といたしましては、そこに三つの政権ができておったわけでございますが、それ以前からの関係もございまして、当然に大韓民国を承認したわけでございます。この大韓民国の承認ということばと朝鮮の独立を承認するということばが同じことばになっておりますために、若干混乱が生ずるかもしれませんが、観念としては別に区別して考えるべきものだろうと思います。
私はありと認めていたと申したつもりはないのでございますが、もし申したら誤りでございまして、事実上あったということでございます。日本が両方の、まあ一つの国であるべきところに不倶戴天の関係にある三つの政府がある場合に、両方とも承認できないというのは、日本と朝鮮だけの特殊の関係じゃございませんで、同種の状況にあるドイツその他と同じことでございまして、日本の意思いかんでどうにもすることのできる問題じゃないわけでございます。
違っていたとおっしゃる、どこが違っていたのか私よくわかりませんが、むしろ同じであると私は考えております。
朝鮮という地域を頭に置いておるという点では全く同じでございまして、ただ、その地域が違った状態にあったということはこれはまた当然のことで、前は日本の領土であったわけでございますし、その後はああいうふうに二つの政権ができておったという事実があるわけでございます。
国連決議百九十五号がいままではずっと再確認されてきているということはしばしば申しましたが、この再確認する決議がその後引き続きできておるということは、いわば副次的にこちらの有利な材料として申し上げておるわけでございまして、そのことと、百九十五号で明らかに示されているような大韓民国政府であるその客観的な事実に変更がない限りは、この第三条にとやかく変更を加えるとか、そういう必要は毛頭起こらないわけでございまして、決議がもう繰り返されないとかなんとかいうことと、客観的事態とは区別して考えるべきことだろうと思います。
朝鮮独立問題に関する決議の票数が大体お示しのようなふうに変遷していることは事実でございますが、それと第三条とは関係がないのでございまして、第三条は、百九十五号に明らかに示されておるとおりの政府であるということを確認したにすぎないのでございます。その客観的事態が変わらない限りは、第三条には影響がないわけでございます。
基本関係条約第三条の問題から離れて、今度は承認の話になってきたようでございますから、そっちのほうの説明を申し上げますが、承認というのは、政府の承認は先生もよく御存じのとおり、国際法上では一ぺん承認したら取り消しはきかないものだということになっております。ところで、この大韓民国ができて、国連決議百九十五号ができましてから大韓民国を承認した政府は、ほとんどすべてこの決議を引用しまして大韓民国政府を承認いたしておるわけでございます。それと日本は全く同じ立場でございます。したがいまして、この決議がその後否決されるとかなんとかいうことはみだりに予想すべき問題じゃないと思いますが、そういうことじゃなくて、あのときの現実の状態に根本的な変化があれ
サッチと言っただけでは何のことかわからないわけでございまして、あのサッチは、第二項に書いてあることを全部受けておるものといままでも御説明申し上げておりましたが、あの第三条に、第二項に書いてあることを全部書けばそれでいいわけでございますけれども、それでは長たらしくなりますし、そこで決議に明らかに述べられているとおりのということで、その意味をあらわしたわけでございます。
私の説明が不十分だったと思いますが、「唯一のこの種の」ととたんに言いましても、「この種の」とは何のことだかわけがわからない。そうすると第二項を全部引用せざるを得ない。それならば「決議に明らかに示されているとおりの」でかえって明確ではないか、こういうことでございます。
この条約は国連決議をそのまま引用しましたので、国連決議で領域という観念に触れておりませんから、この条約でも触れておらないわけでございます。
国連決議に示されているように、大韓民国というのは、統一朝鮮がなかなかできないので、国連の委員会が観察し得る範囲内で、ああいう政府をつくったといういきさつが詳しく書いてあるわけでございますが、あのとおりの政府でございまして、そうしてその管轄権は、したがって南の部分にしか及んでいない。しかしこれはいわば仮の姿であって、理想は統一朝鮮であるわけでございます。統一朝鮮になりましたら、その領域は当然に朝鮮半島全域に及ぶべきものであるということはこれはまたこの国連決議の趣旨からも明らかなところであると思います。
大韓民国の現在の支配及び管轄権がその本来あるべき姿になっておらないから、わざわざ国連でも領域という観念を入れなかったのだろうと私は想像するわけでございます。したがって日本政府が簡単にここできめつけるわけにはいかないので、客観的事実は歴史的にああいうことで明瞭だと思うのであります。
領域ということばも定義がはっきりきまっておることばではございません。管轄権が及んでいる範囲だけを領域という場合もございましょうし、それともあるいは潜在主権が及ぶところも領域だというところもございましょうし、あるいは将来統一されるべき本来の国家の姿のところを領域という場合もございましょうし、一つに、一義的にきまっておりませんから、さっき申し上げましたように管轄権はこう、そうして将来統一朝鮮の領域となるべきところはこう、こういうふうに申し上げるより、客観的事態がそうなんですからしょうがないのであります。
私は正確な用語は記憶しておりませんが、米韓相互防衛条約で、現在大韓民国政府が支配している地域及び合法的にその支配のもとに入ることのあるべき地域に適用があるというような表現があったことは記憶いたしております。
先ほどもちょっと申し上げましたように、この領域、テリトリーということばは多義的に使われる。したがって、この米韓条約でテリトリーということばを使っておりますが、これは地域というのと全く同じでございまして、つまり休戦ライン以南と同じことでございます。この管轄権の及ぶ範囲という意味では、国連決議でも基本条約第三条でも非常に明瞭でございますので、私は戸叶先生が領域の問題をお取り上げになって御質問になったときは、それとは違う意味で、もう少し何かふくらみのある意味で、この主権の将来及ぶべき範囲とか、現在はこうだけれどもとか、そういう別の意味で領域をおっしゃっているものと思って、ああいうぐあいに申したわけでございますが、この米韓条約の領域は、この
この米韓条約に使われているような意味の領域でございましたら、非常に日韓基本条約でも明瞭なわけでございまして、これは第三条で示されておるわけでございます。
領土と領域ということばは普通同じ意味に使われていると思います。領域ということばを私どもが避けておりますのは、この第三条の根拠にしております国連決議で使っておらないから領域ということばを避けておるわけでございまして、米韓条約で領域といっているのと、基本、国連決議などでエリアといっておるのは、全く同じ意味である、かように考えます。
第四条(b)項の解釈につきましては、実は平和条約が国会の御承認をいただきますときには、当時の西村条約局長はちょうど米国解釈みたような説明をいたしておったのでございます。しかし日本側といたしましては、韓国側と交渉いたしますときは、若干交渉技術上の考慮も加えまして、その後いろいろな方面の学者の意見も徴しまして、最大限ああいう主張が可能であるならば、まず日本のイニシアルなポジションとしてはああいう態度をとるべきではないかということで、ああいうベースで交渉いたしたわけでございます。したがいまして、弁解になるようでございますが、あの米国解釈に急転直下変わったわけではなくて、もとは、平和条約が締結された当時は、実は日本政府もああいうふうに国会で
いまおあげになりました項目について、全部取りきめがあったかどうか正確に記憶しておりませんが、取りきめたものは発表しております。
簡単に申せばそのとおりでございます。