本土並みということは、沖繩県民の生活の条件あるいは環境、そういうものも本土並みに近づけていこうではないか、これが振興開発十カ年計画の趣旨でもございます。それからまた、基地の問題につきましても、やはり本土並みにしていこうではないか、こういうふうなすべての要件において本土並みにしていこう、格差をなくしていこう、こういうふうに理解をいたしております。
本土並みということは、沖繩県民の生活の条件あるいは環境、そういうものも本土並みに近づけていこうではないか、これが振興開発十カ年計画の趣旨でもございます。それからまた、基地の問題につきましても、やはり本土並みにしていこうではないか、こういうふうなすべての要件において本土並みにしていこう、格差をなくしていこう、こういうふうに理解をいたしております。
総務長官ではなくて、沖繩開発庁長官として答弁をさしていただきたいと思います。 おっしゃいましたように、基地周辺に、児童その他の教育にも悪影響を及ぼすということでございますが、その点は確かにそうであろうかと思います。それからまた、雇用面におきましても、土地の利用ということにおきましても、沖繩の振興開発の中でこれが障害になっているのも事実であります。やはり沖繩の今後の開発のためにも、本土との格差をその意味でなくするためにも、第一次産業、第二次産業の振興に努めなきゃならないわけでございますが、その意味でも土地の利用面で相当な制約になっていることは事実であります。
おっしゃることは、いまのような狭い沖繩の本島の、しかも那覇地区にそれくらい基地が密集してきておると、そこへ人口ももちろん密集しておるわけでありますから、将来これをどうするのかと、こういうふうな御質問であろうと思うのですが、それでよろしゅうございますか。
それはおっしゃるとおりでございますから、沖繩の基地は日米安保条約によって、基地協定によってこれはつくられて、国際条約によって設けられているものでありますから、そう一概に簡単にこの縮小ということはなかなかむずかしい点もございますけれども、しかし、その縮小の方向に政府が全力を挙げて、いまおっしゃったようなことをなくするためにも、沖繩県民のためにも、縮小のために全力を挙げていかなきゃならぬということは方針として持っておるわけでございます。先ほども国土庁長官も申されましたように、また防衛庁長官も申されましたように、整理統合の方向でいくと、こういう方針を堅持して今後とも着実にそれを進めていきたい、かように思っておる次第でございます。
おっしゃいますように、いままでは日米安保協議委員会におきまして、米軍と外務省、防衛施設庁が窓口になりまして話し合いを進めておりましたけれども、より以上計画的に県民の要望に基づいて、あるいは沖繩市の稠密な人口地帯をいかに緩和していくかというふうなことに基づいて計画的にやれと、そういう計画はできておるのかどうか、こういうふうな御質問であろうと思いますが、実際は、先ほど来防衛施設庁長官が申し上げましたように、この委員会でやっておるだけでございますので、今後峯山委員の御説のとおり、県民の要望を組み入れた形の、開発庁もよくその協議の中に参加をいたしまして、将来の沖繩全島の開発計画の中において、特に人口稠密な那覇地区の開発には慎重にこちらの要望
先ほど来申し上げましたように、関係省庁が相集まりまして、そのような政府の基地縮小の整理統合といいますか、それの原案を作成してまいりまして米軍と交渉はいたします。ただ、相手のあることでございますから、その計画どおりいくかいかぬかは別にいたしまして、強力に米軍と協議をいたしてまいりたいと思います。
仰せの趣旨はよく理解できますので、政府の方におきまして、返還計画を自主的に県民の要望を組み入れたものをもってつくっていきたいと思います。
新法案の方では、基地内は防衛施設庁、基地の外は沖繩開発庁、こういうぐあいになっております。県の試案におきましても、また社公共の三党提案におきましても、これは全部沖繩開発庁でやったらどうだ、一本化したらどうだ、こういうふうな御提案がございました。これにつきましていろいろと検討を加えてみましたけれども、基地の中はやはり日米安保条約、基地協定その他によって、なかなか外部の人間では入れません。それからまた、過去五年間防衛施設庁がずっと努力されてこられておって、人的関係ももうできております。そういうことを勘案してみますと、やはり基地内は防衛施設庁、基地外は沖繩開発庁がやるのが合理的ではないか、その方が実効が上がるというふうな結論をもちまして、
この勧告を開発庁長官の行政裁定にしたらどうかという御意見もございました。しかし、これはなかなか民事体系となじめないということをもって勧告ということに言葉を置きかえていただいたわけでございますが、この勧告の前に、審議会をつくりまして、地元の有識者、関係者、これを集めて審議会をつくり、その審議会の議を経て、あるいは関係町村との協議の上で、その上でこの勧告をするということでございますので、決して独裁的に、独断的に、基地外は沖繩開発庁、基地内は防衛施設庁、これが線引きのような勧告をするわけではございませんので、これはある程度の効力がある勧告である、かように考えております。 これでどうしても解決つかなければどうするんだと、こういうことでご
第一点の総理府令で定める審議会の件でございますが、この人選につきましては公平にやるつもりでおります。 第二点の附則の問題でございますが、この五カ年の間に全力を挙げて地籍を明確化し、県民の御要望にこたえるつもりでございます。
喜屋武議員がおっしゃいますように、あの戦争下における悲惨な状態、それから終戦後における二十七年間の米軍施政下における状態、そして四十七年に復帰された。で、その復帰に際して沖繩県民の方々の期待も大きかったことと存じます。で、復帰五年、いまのような状況にあるわけでございますが、この復帰に際しまして日本の全国民は沖繩県民の方々に与えたもろもろの御不幸、またさっき先生はしわ寄せということをおっしゃいましたけれども、そういうことに対して大きな負担と、そしてこれを何とかしなきゃならぬ、お返ししなきゃならぬという気持ちは強く持っておったことと信じます。しかしながら、昭和四十八年の暮れにああいうふうな石油ショックというものが起き、世界の経済は混乱し
ただいま議題となりました私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 独占禁止法については、昭和二十八年以来、実質的な改正は行われておりません。この間のわが国経済は、競争の中に生かされた民間経済の活力に支えられ、めざましい発展を遂げてまいりました。しかしながら、最近における経済を取り巻く環境は著しく変化しており、わが国の経済は、従来のような高度経済成長を期待することはできず、安定成長に向かって大きく変貌を遂げようといたしております。このような環境のもとで、今後のわが国経済の一層の発展を図るためには情勢の変化に適応し国民の理解の得られるルールを確立し
確かにおっしゃいましたように、与那原村、読谷村の割り当て地というのが一番むずかしい問題だと思うんです。すでに市街地になっておりますし、非常に困難をきわめるということは覚悟いたしておりますが、ただいま提案者が申されたように、審議会の議を経て地元町村、県知事その他の御相談の上で勧告をさしていただくということ、それから、つぶれ地の補償もでき得る限りやっていく、交換分合のあっせんもでき得る限りやっていく、こういうことを組み合わせまして、この解決のためには万全の力を注いでみたいと、かように考えております。
おっしゃいました財政措置は、そういうことで、政府委員が答弁しましたように、国道に関しましては全額国庫補助ということでございますし、そのほかの土地区画整理とか土地改良法に対しましては、最高の補助率を適用することにいたしております。 それからまた、土地が最終的になくなった、しかし所有権を持っている人は依然として残っておる、国有地をやったらどうか、まあこういうお話がございました。まあこれは大蔵省管轄のことでございますから、私がここで沖繩開発庁長官としてはっきりとお約束することはできませんけれども、矢田部議員の提案は一つの提案でございますので、これはそれなりに、いよいよ最終的に、そういうふうに土地が足りない、所有権者はまだ残っておる、こ
第一点の、実施官庁として、実施機関の長として十分な裏づけをもって実行に当たってほしい、こういう強い要望でございましたが、いろいろな財政措置については十分に考慮の上やってまいります。 第二の要望は、地元の関係町村、それからあるいは県とよく相談してやれと、こういうふうな御要望であったと思いますが、これはもちろん十分に相談の上でやってまいりたい。われわれが考えて独走するようなことは一切いたしません。地元と協力をし、相談をし、それでやってまいりたいと存じます。
ただいま振興開発十ヵ年計画についての前半の五ヵ年はどうやったんだと、それから、今後の後半五ヵ年はどうするんだというふうな御質問であったと思いますが、前半の五ヵ年につきましては、空港、港湾、道路、上水、下水、そういうふうな生活関連の設備投資はもちろん含めまして、相当な促進があったことと信じております。これは数字的にも明らかになっております。二、三例を申し上げますと、一人当たりの県民所得につきましても、昭和四十六年には、全国平均を一〇〇にいたしますと五四・五%であったものが、昭和五十年には全国平均の一〇〇に対しまして七五・一%というふうな上昇を見ております。それから、もう一つ例を申し上げますと、高校の進学率の向上でありますが、これは昭和
非常に残念なことでございます。今後ともそういうふうなことがないように祈念をいたしております。
四十七年に復帰されたわけでございますが、その引き継ぎましたときに、琉球政府の方で地域の不明確な地点につきましては、まだ十分な調査がされておりませんでした。そこで、四十七年、八年は地籍の不明確な地域を調査しようではないかということで、県当局と御相談の上で、その不明確の地域の調査に費やしたのが事実であります。そうして四十九年には、その不明確になった地点をいかように今後やっていくかという点に努力を注ぎました。その結果、基地内は防衛庁、基地の外は沖繩開発庁というふうな担当に分かれまして、この地籍の明確化のための実行に移ったのが五十年でございます。五十年、五十一年と、それぞれ防衛庁におかれては基地内、われわれ開発庁におきましては基地外において
ただいまの基地のことにつきましては防衛庁の管轄でございますので、防衛庁、施設庁の方からお答え願いたいと思います。
ただいまの御質問の第一点でございますが、これらの立法化によって地籍の明確化が促進すると思うかということでございますが、まさにそのとおりでございまして、いままでは実際面に適応した措置、行政面の措置とか、財政措置とかいうことでやってまいったわけでございますが、今度はこういう法的根拠をちゃんと明確化していただきましたから、これらを非常に強いものとしてわれわれも推進に踏み切ることができる、かように思います。 それから第二点の勧告ということでございますが、これもいままでになかった措置でございまして、強制権はございませんけれども、しかし、その前に審議会に諮って、そして機関の長は勧告することができると、こういうことになっておりますが、これは非