はい。
はい。
そのとき私は拘置所におりましたから……
私のうちでもらつたということはないわけです。私の知る限りでは、出て来まして聞いたところでは、救援委員会というもので、大豆協会が正規の会議をして、そうしてそうした金を出したということをあとで聞いております。
友人知己が、いろいろ差入れもいるだろうし、何とかしてやろうということでつくつてくれたそうでありますが、その点は私は知らないわけであります。
どういうことと言いましても、差入れ等も、そういうことを友人知己がやつてくれ仁ということを、あとで――私は入つておる間そういうことはわかりませんでした。
そういうものが出たということは、あとで聞いたわけであります。
そのことは、私は出て来まして、親友の松田君が、君のことを皆がいろいろ心配しておるから……
前の総裁です。私はそれについても、別に深くは尋ねないのですが……
はい。
九月二十一日は私がもうすでに公団をやめまして、大豆協会の方にも同じく辞表を出したわけですが、何も油糧配給公団の副総裁をやつておるから、大豆協会の仕事を頼むのではない。引続き大豆協会の仕事をやつてもらいたいということで、公団をやめて以後、そういう地位についたわけです。
大豆協会の常務理事を引続きやつていたのです。但し大豆協会には常任理事というものがおるから、副会長として盡力してもらいたい。しかし副会長というのは定款にないので、総会までは一応名前は常務理事だが、副会長として大豆協会の仕事をしてもらいたいということが、理事会で決議があつたわけです。そうしてそのとききめられた報酬が、月々二万円とつてくれということでありましたが、まだ病後でもあるし、他に仕事もあるから、一年に大体十万円くらいとるようにしたらどうだというようなことで、そのときに車馬賃として半年分もらつたのですが、前回の証言と食い違つていないと思うのです。
公団在職中とつていないということを申し上げたはずだと思います。
そうです。そういうポストにつけたわけですから……
前もついておつたですが、前は無給です。今度は本務になりましたから……
そうです。
仕事の内容はかわりません。
私はそれについて、しいて聞こうともしませんし、また名前なりそういうことは聞かぬ方がいいというので……
全部落着してからという意味だと思いますが、私もそれによつて、何ら精神的に圧力を受けるのを好みませんから、せつかくそういう申出があつたのですから、聞いていないのです。
そういうことは別にありませんが、特別にそういう深い意味もないものですから、そういうふうに別にしいて聞こうとも思いませんし……
直接まだそのときの理事会の議事録等も読んでおりませんが、大体そういう趣旨ではなかつたかと思います。