個人名義の通帳に入れさしたわけであります。
個人名義の通帳に入れさしたわけであります。
もうすでに訴追されておりますので申し上げておきます。油糧配給公団発足のときにおきまして設立委員会—これは普通の会社の創立総会に該当するものであつたと思いますが、それが開かれましたときに、当時一番大きな問題は職員の給與をどうするかという問題であつたわけであります。職員の給與につきましては、前年度に油糧配給公団よりも早く発足いたしました六つの公団につきましては、公団にして統制機関の職員を引継いだ場合には、統制機関の職員の現在の給與をそのまま引継ぐことにするという閣議決定があつたのであります。従いまして先発の肥料配給公団、配炭公団等におきましては、公団の公務員になつた場合でも、引続き統制機関の給與の基準と実際額が給與として支拂われたのであ
計画的というのではなく、そのときの情勢から言つて、政府から一方保障をされておつた点に安心をし、さらに各有効な交渉がなされておりましたので、多分そういうことはうまく行くであろうということも考えてやつておつたのでありますから、そういうことを計画するとかしないとかいうのでなくて、絶対絶命に追い込まれたわけであります。
農林大臣が設立委員長でありますが、そのときは出席されませんで、農林事務次官が議長として代理にその席につかれたわけであります。
たしか笹山さんであつたと思います。
どういうやり方ですか。
そういうことはもちろんいいと言われるはずはないのでありまして、極力善処する、各委員ともその政府の善処に信頼申し上げたわけであります。
交流という意味がどういうことを意味しますか、私の了解いたしますのでは、油糧配給公団をやめて油糧産業へ行つた人はあると思います。しかし油糧産業から公団へ入つた人はないと思います。
ちよつととつさに思い出せないですが……。公団が発足してから油糧産業へ行つた人ですね。
和泉という公団の九州支部長が油糧産業へ参りました。
そうです。それから公団の水産油脂室長西川熊吉君が油糧産業へ参りました。
そうであります。
関東支部次長の藤林君も行つております。
総務部長になりました。
はあ、役員で総務部長です。
取締役兼総務部長です。
帝国油糧の職員が持つておりましたので、帝国油糧の職員で公団の職員になつた者は、それを持つておつたと思います。但しそれは理想的のことから言いますれば、公団法に一応制限規定がありますので、それをそれぞれ帝国油糧から油糧産業に行つて、公団に行かなかつた人たちが買いとる予定であつたと思いますが、それができないためにそのまま持ち続けたと思います。そしてやむを得ずそれを妻子名義にしたと思います。
そう御了解願つていいと思います。それと同時に人事院規則が出まして、油糧配給公団の職員は一般職になつたものですから、人事院規則によりますと、そういう特別の関係等を詳細に具陳すれば、人事院の許可が得られるという規定がありますので、許可を得られるように申請を用意しておつたと思います。但しその場合人事院規則が優先するのか、公団法の規定が優先するのかについては、まだ検討していないのです。
間違いございません。
その規則は承知しております。同時に人事院規則も承知しているわけです。