具体的に私は事実は存じませんし、それからまた、その手紙の趣旨もどういう手紙であるか知りませんが、自衛官が新聞等を見まして、そして個人の意見をどなたかに手紙で送ることも、また個人の、本人の自由の範囲内じゃないかと私は思うのであります。それが恐喝に当たるとか、それがあなたの国会における言動を何かの力で制約するというんなら別でありますが、そういうことは、今お読みになった範囲内では感じないのであります。なだ個人の意思を言ったのじゃないかと思うのであります。
具体的に私は事実は存じませんし、それからまた、その手紙の趣旨もどういう手紙であるか知りませんが、自衛官が新聞等を見まして、そして個人の意見をどなたかに手紙で送ることも、また個人の、本人の自由の範囲内じゃないかと私は思うのであります。それが恐喝に当たるとか、それがあなたの国会における言動を何かの力で制約するというんなら別でありますが、そういうことは、今お読みになった範囲内では感じないのであります。なだ個人の意思を言ったのじゃないかと思うのであります。
手紙をいただいて、その文章を精細に調べたわけじゃありませんけれども、私のお受けしました感じでは、あなたに対して、その特定の個人の意見を述べたと思うのでありまして、私どもが、国会を通じましても、名前を隠して、かなり脅迫的ないろいろな投書がよくあるのが例でございます。いわんや、本人がむしろはっきり自分の名前を出していわれたというのが、これは個人として正々堂々としていいのじゃないか。で、それに対して一つあなたの方で弁駁なさるなら、また大いに弁駁なさる節があるのじゃないか。私は、それがあなたの国会活動なり、言論の自由を束縛しておるとまでは了解しにくいのであります。
私は、別に奨励をしているという意味じゃなくして、それが非常に圧力を加えてくるからけしからぬじゃないかというが、そこまでの問題じゃないのじゃないかと、こういうふうに私は受け取っております。普通の常識の範囲内で考えていただく以外にないのじゃないか、こう思うのであります。ことに、国会の発言は公開の席上でやるのでありますから、また、それに対して関係者なり、関係者外の者が幾らでも自由な発言をすることは、私は押さえるわけにいかないと、こう思うのであります。
私は、これはきわめて常識的にお受け取り願いたいのでありまして、私の方からあえてこれを奨励するという意味じゃございません。また、これが私の言葉を通して速記録にも載り、また、あるいはマス・コミの手をもって本人の手に渡るでありましょう。私ははっきりそれを奨励する趣旨でもないが、同時に、また憲法上、各人は自分の意見というものを、特定の人または一般に述べる権利を持っております。それを防衛庁長官として押さえるわけにいかないのであります。この点は御了解いただけると思うであります。
私も防衛庁長官として、きわめて冷静に——ただ手紙の内容そのものを見ておりませんが、お読みになった限度におきましては、自衛隊員といえども、憲法上の保障された発言の自由はあると思う。その限度内においてやっていくことは差しつかえない。ただ、これを奨励すべきだとか、そういうことではございません。きわめて常識的なことだと思う。ただ問題は、もちろん事実が、それと違っているのを、それを隠してやるとかやらないとか、具体論になって参りますと、これは一つ一つのケースでその人の態度というものを長官として私は批判しなければなりませんが、一般論として、国会での自衛隊あるいは自衛隊員の行動についての批判が新聞に載ったという場合において、意見を何らかの形で発言す
私は、一般にそういう反抗とかという気持でなくて、これは私は防衛庁長官であり、自分が指揮しておる自衛隊員だからかばうというふうにおとりになるかもしれませんが、そうでなくて、客観的に見て、やはりそれに対して、自分は、事実はこうじゃないのだ、それでは困るのだ、こういって意見を言うことを私はいかぬのだ、そういうことはおれに言ってこい、相手には言うなというほど私は自衛隊員の自由を束縛しては、かえって悪い結果になる。逆に、極端なことをいえば、他の手段をもっていろいろ意見にかわるべき行動をとるとか、あるいはむしろ無記名でやたらに投書を出すよりは、むしろ自分の意思を、はっきり自分の名前において意思を訴える方が、より以上将来に向かっていいのじゃないか
大体日本の自衛隊の考え方といたしましては、ただいま伊藤先生のおっしゃったような考え方に大体のっとってやっておるつもりでございます。
もちろんこの戦略は情勢判断をもとにはいたしております。しかし、情勢判断のこれは絶対的の保証があるわけでは私はないと思います。たとえば大国間におきましても、核を使ったから全面戦争になるとか、核を使わないから全面戦争にならぬとか、簡単にはこの保証の問題はあり得ないと思うのであります。保証というものは、それぞれの考え方、政治的な考え方もありましょうとも、ただ一応世界の大勢の中から見ました判断としては、大きなる核というものが中心になってそれぞれ戦争の抑制力——普通よくはやる言葉でございますが、核の手詰まりというような表現で、核同士によっては全面戦争にいきやすい、こういう考え方がまず私は世界の大勢ではないか。そこに、ですから核はできるだけ持た
源田空将が、個人として多少の戦略的な意見を述べる場合はあると思います。また、多少戦略的な意見を持っておるように私聞いております。ただ同時に、日本の自衛は、源田空将だけの個人の考え等ではなくて、また、御承知の通り、三つの自衛隊がございます。これらを十分に均衡させながら考えていく。また同時に、もう一つは、かりに個人として多少いろいろな考えを戦略的に持ちましても、それらを統幕でよく調整し、同時に、それをまたさらに内局を中心に補佐をしてもらって、また、そこには一つの基本的な考え方としては、国防会議の構成もございます。最高指揮官としては総理大臣もございます。また、財政面その他を通して、法律面を通して、国会の御意見というものを十分承っていく、こ
どういう機会に源田空幕長がそういう意見を吐いておるか、また、御存じの通り、意見には前提がいろいろついておると思うのであります。その全体を総合して考えて参りますと、私は、源田君の立場におきましても、現在の防衛庁の考え方に矛盾をして、ない、言いかえますれば、現在の自衛力、あるいはこれから国力、同情に応じて漸次漸増して参ろうという自衛力は、当然やはり限定戦争抑止を通して、世界のやはり平和の一翼としての、平和を到来する、あるいは安全を到来するための抑制力に当然働き得ると、こういうふうに私は考えておる次第であります。
核の問題、核兵器、核装備の問題につきましては、政府としては、従来、また現在も、総理大臣初め、核は責任を持って自分たちは装備しない。もちろんこれは自衛隊法どころではなくて、さらに原子力基本法というのがございまして、いわゆる核の力というものは平和利用に限る、法律にも規定されておる。ただ問題は、さらに一歩進めまして、その基本となる憲法でございますが、憲法の問題になって参りますと、政府一体となりまして解釈は、核と名がつけば、いかなる核でも、もう憲法上は使用できないという解釈は出てこない。自衛力を認められる以上、自衛のために、言いかえれば、防衛としての核ならば、これは憲法に禁止をしているものでない、こういう今日まで憲法上の解釈を政府としては統
実は問題が憲法上の理論の問題になっておりますから、いかにも将来、政策上も核を持つような御意見も出るわけでありますが、一応現在とにかく国会の意思を体し、原子力基本法というものが、核の威力というものを平和利用ということで法律がまずきまっております。それからいま一つは、政治全般として、自衛力は最小必要限度の自衛力ということでいっておる。自衛隊法において別にこの問題を禁止しておりませんけれども、自衛隊法というものもございます。そこで、従来の憲法理論として私どもは御説明を求められた場合におきましては、憲法理論としては、核というものは一切禁止しているのではないんだというこの解釈は、どうしても私どもとしては、やはり今後もこの解釈はとらざるを得ない
私ども、御存じの通り、たびたび申し上げます通り、原子力基本法なり、現在の政治としまして、絶対に核兵器、核装備はしない。ただ、憲法の解釈として、核と名づけば一切禁止しているのじゃない。言いかえれば、防衛的な意味において核というものは憲法上は持ち得るという理論に立ちます。ただ、これを具体的に、それではどの程度が憲法上許されたるものであるかということは、今後の核並びに核の制御の仕方、こういうものの開発状況に応じて、われわれは十分にこの具体の問題としては検討して参らなければならぬ。ただいま民間から出している防衛年鑑に一人の自衛官が意見を発表しているようでありますが、必ずしも私はその意見が全面的に正しいとも信じられないのであります。核の開発が
ただいま御引用なさいました防衛年鑑の一等陸佐ですか、高杉君という人の論文でございます。私は、まあ防衛研修所なり防衛庁の諸君なり、大いに研究していろいろな意見を吐いてくれることは、防衛知識普及のためによろしいと思います。ただ問題は、憲法上の議論から発展して、これを具体的に当てはめた場合の科学的な水準といいますか、その場合に、私はさっき全面的にこの意見が支配するとは考えられないと申し上げましたのは、ある時点々々においては、あるいは高杉君のような意見も立ち得るかもしれない。将来、核というものの開発というものは、とにかく私どもの想像以上にやはり各関係国ではやっておられると思います。現に私もアメリカへ参りまして、原子力の小型な炉というものを拝
核の問題は、もちろんわが国としては科学技術庁と申しますか、そういう面で平和利用の面から研究はされていると思います。また、関係国、言いかえれば、原子力を利用している国々は、それぞれの立場で研究している。従って、それらのデータを集めて、あるそのときそのときの意見というものを、防衛庁の諸君が勉強の、また、依頼を受けたときに発表することは、私は当然であり、また、ものによってはいいことだと思います。ただ、それを受け取って解釈する場合に、ただいま御承知の通り、この席でも憲法上の理論の問題から発展して、具体的に当てはめたらどうか、私は具体的に当てはめることは非常に困難でございます。しかし、御引用もありましたから、そういうような論説であれば、それは
御存じの通り、原子力の開発と申しますか、これも戦後において急激に発展して参ったものでありまして、これは理論の問題として非常に高度の問題でざごいます。また同時に、これは別の例を引きますが、宇宙開発も似たような問題であります。これらを急速に、何が今正しいか、ある時点におきましては、一つのデータの集め方、その他によって、そういう高杉君のような理論も立つかもしれません。しかし、これも将来憲法論から実際具体化、適用される場合においての御議論でございますから、将来において核がどうなるかということを、今各国のデータを集めるのも、おそらくちょっと困難であろう。従って、あくまでも憲法の理論の問題で、実際の政治の問題としては、総理大臣初め、政府一体にな
研修所その他各幕の諸君が、自分の能力においてできるだけ正確なデータで発表すること自体は、私はけっこうなことだと思うのであります。ただ問題は、それを直ちに材料にして、将来にわたっての見通しまではっきり結論づけようということは、むしろ私はそのこと自体が無理ではないか。御存じの通り、宇宙開発とか核開発という問題は、人類が大問題にしておる。非常に科学的にもまだ前途複雑なものを持っておると思います、科学上におきましても。いわんや、ですから日本の科学技術庁におきましてさえも、いろいろな議論が出てくる段階であります。さらに各国ともこれに努力しておる国々は、膨大な組織と、非常な国家機密をもってやっておる段階でありますから、われわれとしてはデータを集
事柄が細部にわたりますから、装備局長から御説明申し上げます。
兵器の開発と申しますか、防衛装備、艦船、飛行機あるいはその他の防空装備、言いかえますと、ミサイル等、国力に応じてこれが漸次国産化されることは喜ばしいことだと私は考えております。従って、今後もあの昨日発会いたしました産業団体あるいは関係者が、国力、国情に応じ、言いかえますれば、日本の技術を高め、同時に、また日本の資本力なりその他を考え合わせて、着実に国産化を推進してくれることは、私はありがたいことだと思うのでございます。
アメリカでは、一つのペントミック師団という意味で、小型化をはかっていることは事実でございますが、わが国の陸上自衛隊といたしましては、むしろそれよりは、従来警察予備隊として管区制度で発達して参りました比較的大きな単位のものを、日本の地形あるいは国力国情等に合わせまして効率をあげる、また、独立戦闘隊としての戦闘力を発揮させる、こういう趣旨でございまして、アメリカのように、そこに原子核の一つの核装備の中心を置いてということは毛頭考えておらないわけでございます。長い間の自衛隊における運用、経験、これに基づいてわが国情に合わした効率発揮という点が中心でございます。